熱過ぎないくらいがちょうど良い
『メシうま』とは……
飯が美味いことである……ッ!
一仕事終えた後や、ひとっ風呂浴びた後だったり、親しい友人や恋人と囲む食卓は飯が美味い……というのが通説である。
こじんまりとした神社のまたこじんまりとした境内で、1人のしがないOL、榊成実と自称神様は今日も夜な夜なお供えで人知れず『メシうま』に興じるのであった……。
「さて、と。」
成実はいつもの神社の石造りの階段の前で立ち止まっていた。
「どんな顔して会えば良いやら……。」
昨日のエア二人羽織で自称神様の胸中を知ってしまった成実は、昨日までのように自称神様と自然に話せない気がして神社に入れずにいた。
「何事もなかったように接するのが優しさか……、それとも話した上で受け入れてあげるのが神様のためなのか……。」
ひっくり返したパレットのようにいろんな色でごちゃ混ぜな頭を強めに抱えて思考を巡らせる。
「…………いや、『受け入れる』ってなんだ?」
ピタリと止まって自問自答する。
「…………、受け入れちゃったら、神様とらぶらぶしちゃうのか……?」
頭の中がトルコアイスのようにグニャングニャンと形を変えて伸び縮みする。
「いいや、ないない!神様だってお供えを楽しみにしてるだけだし、悪友みたいなもんでしょ!ハハ……。」
なんとも空虚な乾いた笑いが夜空に溶けていった。
「よし!」
両手で頬をパシンと叩いて腹を括る。
「とりあえず、会ってそれからだ……ッ!」
何も思いつかないなりに覚悟を決めてちょっと高めの石造りの階段に足をかけ、もう一歩踏み出
……そうとしたら足元の障害物に躓いてバランスを崩した。
「おわっ!?」
何とか身体を捻って背中から階段に倒れ込むと、階段に腰を下ろした様な体制になった。
「いてて……、なに?」
躓いた場所を見下ろすと、そこには胎児の様に丸まった自称神様の姿があった。
「……って神様!?」
「……、」
自称神様は無言でぎこちなく頷いた。
顔はよく見えなかったが、チラチラ見える首や耳が真っ赤になっているのを見るに……、
「まさか、さっきの聞いてた……?」
「……………………キコエトッタワ、バカ///」
自称神様は風に草が戦ぐ音にかき消されそうなか細い声で返事した。
階段を登る前はこっちは自称神様のことが全く見えなかったが……、神社の敷地に入ると認識できる様になるのだろうか?
「……のぼろっか。」
「……ウム///」
いつも2人で並んで座っていたお賽銭箱の前に着くまで、自称神様はもの言わぬ背後霊となった。
「まあとりあえず……、」
くたびれたコンビニのレジ袋をガサガサ鳴らし、モクモクと湯気を立ち昇らせる船の様な形をした紙製の器をお賽銭箱の上に置いた。
「これでも食べなよ♪」
「なんじゃこれは……?」
自称神様が規則正しく器に盛られた丸い物体を不思議そうに見つめた。
「たこ焼き♪」
「ほう……。コンビニなる所には何でも売っているんじゃな……。」
「ま、まあ……ね。」
嘘である。
今日はいつもの帰り道から足を伸ばして、たこ焼きのチェーン店までわざわざ寄り道をしてきた。
正直ネタ切れ気味というのもあったが、なにより
「おお……!楊枝が刺さるぞ!そんなに固くはないのだな♪」
自称神様が楽しく食べられるものを、と考えていたら漠然とたこ焼き屋さんに足が向かっていた。
「……っと。」
くたびれたコンビニのレジ袋の中に隠したたこ焼き屋さんのレジ袋を自称神様に見られないように、コンビニのレジ袋の口を結ぶ。
『気を遣った』なんて思われるのは本意じゃないし……。
「あ"っっっっふぁあ!!??」
不意に悲鳴が聞こえて振り向くと、自称神様は口を覆った両手の隙間から蒸気船のように湯気を吹き出し涙目になってモグモグと口を動かしていた。
絶対にたこ焼きを吐き出すものかという執念の仕草である。
そんな『いつも』が帰ってきたことに安堵して思わず口が緩んだ。
「美味しそうだね♪」
「熱いなら先に言わんかうつけ者ッ!」
「言う前に食べちゃうんだもん。」
「なんじゃ、そのまるで私が食い意地の化身みたいな物言いは!?」
自称神様の顔が近くなる。
視線を落とすと、自称神様が持っている器の手前、右の端っこのたこ焼きを食べていたようだ。
「私もた〜べよっと♪」
「おいっ!?まだ私が食べてる途中じゃぞ!?」
レジ袋の中から出しておいた二膳目の割り箸をパキンと割って、立ち上がり自称神様が食べたであろうたこ焼きを一口。
「うま♪」
「 」
自称神様がものすごい表情をしていたが、自称神様が持っていた紙の器は消えていない。
「……ききき、貴様ッ!人のお供えを
自称神様は気づいていないみたいなのでちょいちょいと自称神様の手の中にある器を指差した。
「どうして…………、え?」
ようやく気づいたのか、自称神様は器に視線を下すと、ポカンと口を開けた。
「……ある?」
「へへ、どーよ♪」
得意げにピースサインを突き出した。
「……何でじゃ?」
自称神様は未だに疑問が晴れないようなので説明してあげることにした。
「神様、前に言ってたでしょ?お供え物の仕様。」
「あ、ああ……。」
「細かいことは覚えてないけど、神様が食べる前にお供え物の本体に何かあると没収されちゃうんだっけ?」
「そうじゃ!じゃから、成実が食べた時点でこっちのたこ焼きは消えるはず……。」
「はぁぁぁ……。」
「な、なんじゃその『しょうがないなぁ』みたいなクソデカため息は……!」
「お供え物の仕様には続きがあったよね?『神様が食べ終わったものは食べても大丈夫』って。」
ようやく気づいたのか、自称神様はハッとした。
「まさか成実、さっき食べたのは……。」
「そ。神様が食べたとこのたこ焼きをわざわざ選んで食べたってわけ。一塊じゃなければ案外どうにでもなるね♪」
これはいつか、ビン型アイスで試して発見したお供え物の仕様の抜け道探索の続きである。
前に試したのは、2つで1つなものの片割れの1つの本体を成実が先に食べても、もう一つの片割れはちゃんとお供え物として使えることだった。
今回試したのは、8つで1つなものの1つ1つについて、お供え物の霊体が先に食べられたものを成実が食べても、他のたこ焼きはちゃんとお供え物として使えるということだ。
まだわからないことはあるが、案外一緒に食べようと思えば方法は沢山あることがわかった訳で、成実は自信たっぷりにお賽銭箱に肘をついて自称神様に笑ってみせた。
「なんだか、抜け穴みたいで悪いことしてるみたいじゃな……///」
自称神様はお賽銭箱の反対側に回り込むと、成実の真似をして肘をついて向き合った。
「じゃあ早く次食べて?私お腹ペコペコなんだけど。」
「まったく、しょうがないやつじゃのう♪」
自称神様はニッコニコしながら次のたこ焼きをお箸で半分に割って、片割れを頬張った。
……さっきので学習したな?
「ふふん♪美味いのう、メシうまじゃのう♪」
「……もう片方食べてくれないと私が食べられないんだけど。」
「どれ、次のたこ焼きを半分に……♪」
自称神様は焦らす気らしかったので、いつでもお箸をたこ焼きの本体に突き刺せるように構えて見せた。
「ばっ!?やめんか!冗談に決まっておろう!?」
自称神様は慌てて半分に割れたたこ焼きの片割れを口にした。
「まったく……冗談もわからんのか。」
よっぽどたこ焼きがお気に召したのか、小言を言う自称神様の口は緩み切っていた。
「じゃあ私も……♪」
自称神様が食べたたこ焼きをお箸で半分に割って片割れを口にした。
「お、おい。あんまり弄るんじゃないぞ……!?」
「大丈夫だって♪……神様が変なことしない限りは。」
「なんじゃとお!?」
ここに来たときはどうなるものかと思ったが、またいつも通り面白おかしく食べ物で盛り上がれていることに緊張の糸が切れ、思わず
「良かった♪」
胸の内が溢れてしまった。
「なんじゃ急に……。」
自称神様は不気味がって次のたこ焼きに意識を集中したがすぐにピタリと手を止めた。
「……まさか、私の望みを叶えるために……?」
どうやらバレてしまったようだ。
「まあ……そんなとこ///」
恥ずかしくなって急に自称神様の顔が見れなくなってしまった。
「前に取り憑いたとき、私と『一緒に』食べてるイメージがたくさん流れてきたから……さ?お供え物の仕様思い出して、これならいけるかなって……///」
「そうか……。私のために、成実は色々考えてくれておったのじゃな……♪」
なんでいちいちうっっれしそうな顔するかなこの神様は……。
「なんか背景ピンクだったのは謎だけど。」
「うるさいわっ!///」
あ、いつもの顔に戻った。
「ところでさ?」
「なんじゃ……!」
「神様が言ってた『らぶらぶ』って具体的に何?」
「ブッ!?」
自称神様は口に含んでいたたこ焼きを吹き出しそうになったのを両手で押さえ込みなんとか堪えた。
「……、ん"っ!黙って食わんか……!」
自称神様は背中を向けてお賽銭箱に寄りかかった。
「……右から2番目、奥の。」
どれ食べたかは教えてくれるんだ……。
「はいはい。」
自称神様に言われたたこ焼きを頬張り、隣に回り込んでお賽銭箱に寄り掛かる。
「……。」
自称神様は成実の逆サイドに回り込むと、お賽銭箱に置かれたたこ焼きの本体へと押し込むように、ぐりぐりと肩を押し付けた。
「ほ〜う、これが『らぶらぶ』……。」
「うるさいっ!その方が成実が食べやすいってだけじゃ!///」
「うわっ、優し……。」
たこ焼きから湯気が出なくなる頃まで、2人は一つ遅れで交互にたこ焼きを食べる風変わりなリレーを繰り返した。
「ふぅ〜、ご馳走様でした♪」
「メシうまじゃったのう♪」
「ところで神様?」
「なんじゃ。」
「今日は取り憑かなくて良かったの?」
「ううう、うるさいわっ!///」
自称神様は神社の奥へと走り去っていった。
「……ま、こっちのが美味しかったかな♪」
たこ焼きの余韻に浸りながら、成実も神社を後にした。




