it's a 逸話
『メシうま』とは……
飯が美味いことである……ッ!
一仕事終えた後や、ひとっ風呂浴びた後だったり、親しい友人や恋人と囲む食卓は飯が美味い……というのが通説である。
こじんまりとした神社のまたこじんまりとした境内で、1人のしがないOL、榊成実と自称神様は今日も夜な夜なお供えで人知れず『メシうま』に興じるのであった……。
こじんまりとした神社のそのまたこじんまりとした境内のお賽銭箱の前で、1人のしがないOL、榊成実は100円硬貨を握りしめていた。
自称神様の出てくる瞬間が見てみたい……!
今まで数回、お賽銭箱に100円硬貨を投げ入れては自称神様と駄弁ってきたが、自称神様はいつも決まって成実の背後から現れていた。
「ホログラムみたいにスーッと……いや前にチラッと死んだ的なこと言ってたし火の玉か……、それとも大穴で魔法陣……、」
成実は自称神様の出てくる瞬間に興味津々だった。
「……よし!」
成実はお賽銭箱にピッタリ背中をくっつけて腰を下ろすと、後ろ手に100円硬貨を投げ入れた。
「さあ来い……!」
コインの音が寂しく境内にこだますると、それっきり沈黙が続くばかりで、人っ子1人現れる気配は無し……。
「……あれ?出てこない。」
自称神様の姿が見えないことを不審に思った成実は、立ち上がって境内を見回した。
「おっかしいな……。100円玉ちゃんと入らなかったか?」
立ち上がってお賽銭箱を見下ろすと、向こう側に色白な脚がスラリと伸びているのがちょっぴり見えた。
「……。」
成実はその脚の主に確信を持っていたが、あえて口には出さず、そろりそろりとお賽銭箱の横から回り込んで、
「ワァァァアア!!!」
「ほわぁぁぁああ!?」
おっきな声で驚かすと、御御足の主、自称神様はお賽銭箱に頭を打ちつけのたうち回った。
「何をするッ!?……くぅぅ……!」
「さっさと出てこないのが悪いんでしょ?」
「それは……!成実が火の玉とか魔法陣とか言うからじゃろう!出てきづらいわっ!?」
「え〜、いいじゃん。毎回貢いでるんだし何か見せてくれたって。100円あったら安めのお菓子買えるんだよ?」
「うぬぬ……、確かに、それもそう……か……、」
自称神様は割と真剣に取り合ってくれているようだった。
きっと生前の自称神様は真面目でお人好しだったのだろう。
「……じゃが、前にも言ったじゃろう?海を割ったり復活したりなんてのは無理じゃし……。」
「神様だけど神じゃないんだもんね。」
「うむ……。」
何度言ってもややこしいな……。
「思えば、今んとこ100円貢いで餌付けしてるだけだしなぁ……。」
「餌付け言うなっ!?///」
「『神様餌やり1回100円』ってどっかに書いておけば?新しい収入源になるかもよ。」
「ば……、バカにしよってぇ!///」
「じゃあ何か、ないの?」
「ううむ……、」
『何か』とは言ってみたが、実際のところこの自称神様にはどんなことができるのか、全然知らない。
「神様って、今までも何かご利益的なことしてこなかったの?」
「ご利益……むぅ……。」
「ここって神社だし、受験とか就職とか恋愛とか、色々お願いされるんじゃない?」
自称神様は顎を触って眉間に皺を寄せて少し唸ると、
「『頑張れーッ!』って応援したり、白装束の襟を直したり、番の片方を押して密着させる……くらいなら……。」
「結構色々やってくれてた……!?」
「そう、なのか……?ちゃんとご利益、できてたら良いんじゃが……♪///」
自称神様はちょっと嬉し恥ずかしという様子で抱えていた膝に顔を埋めた。
そんな自称神様を見て成実は……、
「じゃあ神様、ご利益カモンッ!」
下心全開で両腕を広げてハグ待ちをした。
「……えと、何をすれば?」
自称神様は成実の意図が分からず首を傾げた。
「ハグだよハグ。ええっと……抱擁!」
「抱擁……か。よし!」
自称神様も成実を真似て両腕を広げた。
「……。」
「……。」
謎の膠着状態に2人揃って首を傾げるも、一向に沈黙が終わる気配はない。
「……いや、来てよ!?」
「私がするのかっ!?」
どうやらお互いにハグ『待ち』をしていたようだ。
「言ったじゃん、ご利益『カモン』って!」
「なんで今『かもん』が出てくるんじゃ?」
何か、2人の間で食い違いが生じていることは明らかだった。
成実は必死に思考を巡らせた末、自称神様のイントネーションから一つの結論を得た。
「……『家紋』じゃないわっ!?」
「違うのか!?」
「『come on』だよッ!?」
「私に英語を使わせるなッ!」
2人は両腕を広げたまま、クワガタ虫の喧嘩のような絵面で捲し立てた。
「……はぁ。嫌だったら無理にとは言わないけど
「嫌じゃないッ!」
意外にも自称神様は食い気味に否定してきた。
「え?じゃあ来てくれても良いじゃん。」
「成実がハグしたいんじゃないのか……?したいなら、すれば……良いじゃろう……///」
「じゃ……、じゃあ、お言葉に甘えて……。」
真夜中の境内で喧嘩する2匹のクワガタ虫はジリジリとそのまま間合いを詰めた。
やがてもう少しでハグできそうというところで、自称神様はピタリと止まって俯いてしまった。
「……やっぱり、他の願いに変えられぬか?」
「……え?」
「その、何というか……やっぱり嫌じゃ。」
目の前が真っ白になった。
「ああ!決して成実と抱擁するのが嫌という意味ではないぞ!?」
「そ、そう……。」
「その、上手く言葉にできんが……前に、『友だち』と言ってくれたことがあったじゃろう……?」
「ウインクの時ね。」
「だから、その…………、対価を貰ってそういうことをするのは……違うと思うんじゃ。」
「……そっか。」
「怒らないのか?」
「もちろん♪だって、ちゃんと友だちとして見てくれてるってことでしょ?」
「成実〜〜〜!!」
結局自称神様からハグをした。
「……落ち着いた?」
「……ん///」
「そ♪」
こうして見えるし、言葉も交わせるし、触れて体温を感じることもできるのに、自称神様の心音だけが聞こえない……。
ハグができて嬉しい反面、目の前の友だちが決して自分とは交わり得ない存在であることを思い知らされているようで、心臓が鷲掴みにされるような苦しさを覚えた。
「……何て顔をしておる。」
気がつくと目の前に自称神様の顔があった。
「ッ!!??」
成実はものすごい速さで後ずさった。
「……うむ、とりあえず元気はありそうじゃな。」
自称神様は赤くなった成実の顔を見ると、ストンと息を吐いて安堵の表情を見せた。
「……そうだそうだ、ご利益じゃったな。」
自称神様が得意げに胸を張る様子を見て、期待に胸が躍った。
……が、
「ご利益って言うけど、神様って何の神様なの?」
「何の…………?」
自称神様は面食らった様子で目をパチクリさせていた。
「学業とか金運とか恋愛とか、このお願いならここの神社だ〜!ってやつがあるものでしょ?」
「……私は『自称』神様ぞ?」
「自分で言っちゃうんだ……。」
「ただの死人に神通力などあるものか。」
サラッと、自称神様が死人であることが明かされた。心臓の音が聞こえなかった段階でほとんど確信していたが、いざ言われるとやはり『死人』という言葉には、北風のように背筋を冷やす恐ろしさを垣間見た。
「まあ、強いて言うなら……、これじゃな。」
自称神様はスクッと立ち上がるとまっすぐ上を指差した。
「上……?」
自称神様が指差した先を見ると、由緒正しそうな木製の看板におっきく『恋愛成就』とそれはそれは達筆な文字が書かれていた。
「恋愛……。」
「どうじゃどうじゃ?ここはご利益ということで、成実の恋愛相談を受けてやろう♪」
自称神様が神仏にあるまじき俗で下衆な笑みを浮かべていた。
「神様が恋バナしたいだけでしょ……。」
「ぬぅっ!?何故わかった!?」
「顔に書いてある。」
「なにぃ!?私の顔には色々書いてあるのか!?」
「もののたとえだって……。」
「そ、そうか……。私の顔には何の文字も書かれていないのだな……!?」
「鏡でも見てくれば?」
「死んでるから映らない……。」
「あ〜……。」
さっきサラッと言ってはいたが、やはり自分が死人であることを気にはしている様子だった。
「……よしっ!」
境内に漂う気まずい沈黙に耐えかねたのか、自称神様が両手のひらをパンと叩いた。
「ご利益と言ってはなんじゃか、この神社のありがた〜い逸話を話してやろう!」
「逸話?」
「なんで神様のいない神社が、今日まで神社しとるのか……興味あるじゃろ?」
……言われてみれば。
「『言われてみれば』って、顔に書いてあるぞ?」
自称神様はしてやったりな様子でニマニマと成実の顔を覗き込んだ。
「鏡見るか?」
死人であるという事実も、こうして本人が冗談めかして煽れるくらいにはとっくに乗り越えているものだと言われたようで、成実は力が抜けるような感覚を覚えた。
「むぅ……。」
まったく、なんのんだこの神聖さのカケラもない自称神様は……。
「ま!とにかく決まりじゃな♪」
自称神様はお賽銭箱の上にどっかりと腰を下ろして脚を投げ出した。
「時は…………ええっと、ぬぅん…………だいぶ前。」
「いきなり怪しいんだけど。」
「黙って聞かんかっ。」
それから自称神様は目を瞑って得意げに語り出した。
「それは私が死んで割とすぐのことじゃった……。当時ここは生贄の儀式くらいでしか使われん森じゃった故、」
今、『生贄』って言ったよな……。
もしかして自称神様の死因って……。
「この土地に好んで足を踏み入れようとする者はおらんかったのじゃ!」
「……。」
とりあえず本人が楽しそうに話してるので今はスルーしておくことにした。
「ま、裏を返せばここは『何をしても人目につかない絶好のぷらいべーとすぽっと』だったわけじゃな!」
「さっき英語使わせるなって言ってなかったっけ。」
「自分で使うのは『おーけー』なんじゃ……!」
「はいはい……。」
「……ま、ここまで言えばわかるじゃろうが……この土地に神社が建つまでの間、私は何百もの番のらぶらぶを見てきたわけじゃなぁ。」
自称神様は得意げに目を瞑って何度も頷いた。
「おい。」
「私わるくなーいもーん♪」
自称神様は隙間風みたいなへったくそな口笛で誤魔化した。
「……とまあ、そこで賢い私は考えた。」
「『賢い』?」
「黙って聞かんか……!」
「……は〜い。」
「……とまあ、そこで『とっても賢い』私は考えた。」
盛ったな……?
「このらぶらぶを利用して胸糞の悪い儀式をできなくしてやろうとなあ……♪」
自称神様が今日一番下衆な笑みを浮かべた。
「で、どうしたわけ?」
「そりゃもう、らぶらぶしてるところに邪魔立てしようとする輩を見つけたらこう……葉っぱや枝をガサガサしたり、後ろから肩をトントンして
「心霊現象……。」
乗り越えるどころが、自称神様は積極的に死人であることを利用するくらいには逞しい人物だったようだ。
「そーゆーことじゃ。なんてったって私、幽霊じゃしな♪」
「神様じゃなくて?」
「そうそう、私が神様を自称したのもちょうどその頃じゃ。『この場所なら誰にも邪魔されずらぶらぶできる〜』って噂が広まってな?それがどうしたことか、恋愛成就の神様がいることになってたんじゃ。」
「お〜、立派に神様してるじゃん。」
「じゃろう?そしていつしか、『こんな場所で神聖な儀式などできん〜!?』言うて生贄の風習も廃れ、不気味なもんが取っ払われて、あれやこれやで恋愛成就の神社の出来上がり……!」
「そんなもんなのか……。」
「神話だってほとんど下の話じゃろう?」
「ものすご〜く風評被害だけど、確かに……?」
ひと通り話し終えたのか、自称神様はお賽銭箱から飛び降りると成実の前に回り込んだ。
「というわけで、成実の恋愛相談を聞かせてもらおーかっ!」
「えぇぇ……。」
「恥ずかしがらんでも良い♪気になる子とかおらんのか?」
自称神様は肘でツンツンと脇腹を小突いてきた。
「ほれほれ〜、ほれほれ♪」
「そんなこと言ったって、ここ数年狭い職場でおんなじメンツの死んだような顔しか見てないし……。」
「こんな顔か?」
自称神様は両手の人差し指で自分のほっぺをつついてキャピっと成実の顔を覗き込んだ。
「神様の方が生き生きしてるよ。」
「私、死人じゃぞ……。」
自称神様が青ざめた。
「現代社会の平民はみ〜んな生ける屍なの。」
「現代怖ぁ……。でも、成実は生き生きしておるぞ?」
「フフ♪誰のせいだろうね?」
「?……って、話が逸れておる!成実の気になる子、せめて好みでも教えんかっ。」
自称神様は成実のスーツの袖を摘んで成実の腕を振り子のように大きく揺すった。
「教えなきゃダメ?」
「ご利益じゃからな!」
自称神様は目をキラキラさせてまっすぐじいっとこちらの目を見つめた。
どうやら好みを聞き出すまで解放する気はないようだ。
「私の好みがあるとすれば……ウインクが上手にできる子かな♪」
「なにぃッ!?」
ちょっとした抵抗のつもりで言ってみたら、思いの外に自称神様がダメージを受けていた。
「なんで神様がダメージ受けてるわけ?」
「あれ?確かに……。」
自称神様は眉間に皺を寄せてムムムと唸った。
「もしかして、
「な……ッ!?//////」
自称神様は白装束の白が引き立つほどに全身が真っ赤に茹で上がった。
「と、とにかくじゃ!///絶対上手にういんくできるようになってやるからな〜!」
自称神様は境内の裏へと走り出すと、小さくなっていく後ろ姿が景色に溶けるように消えていった。
「ちょっと、お供え……。」
成実は持ってきていたレジ袋から板チョコを取り出しお賽銭箱に置こうとしたところで、自称神様の言葉が脳裏によぎった。
『その、上手く言葉にできんが……前に、『友だち』と言ってくれたことがあったじゃろう……?』
『ウインクの時ね。』
『だから、その…………、対価を貰ってそういうことをするのは、違うと思うんじゃ……。』
『そっか。』
『怒らないのか?』
『もちろん♪だって、ちゃんと友だちとして見てくれてるってことでしょ?』
『成実〜〜〜!!』
「……。」
成実は板チョコをレジ袋に戻すと、代わりに財布を開いて、ありったけのお札.をお賽銭箱にねじ込んだ。
「お賽銭はこれで最後にするよ。……次からはお望み通り、タダで会いに来るから覚悟しておいてよね♪」
この日、成実は初めてお供えをせずに神社を後にした。




