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カツ丼食うか

『メシうま』とは……


飯が美味いことである……ッ!


一仕事終えた後や、ひとっ風呂浴びた後だったり、親しい友人や恋人と囲む食卓は飯が美味い……というのが通説である。


こじんまりとした神社のまたこじんまりとした境内で、1人のしがないOL、榊成実(さかきなるみ)と自称神様は今日も夜な夜なお供えで人知れず『メシうま』に興じるのであった……。

1人のしがないOLである榊成実(さかきなるみ)は今日もまた仕事を終えて、コンビニのレジ袋を片手にぶら下げこじんまりとした神社の古い石造りの階段を登る。


真っ暗な境内には、当たり前だが今日も誰もいない。




「この神社、巫女さんとかいるのかな……?」




無音の境内を歩き回る。


いつもは真っ先にお賽銭箱に100円硬貨を投げ入れる所だが、気になってしまったので先に散策してみることにした。




「お賽銭箱……は最後で、」




まずは視界に入った……、なんて言うんだろうか。チョロチョロと水が流れてくる所に柄杓(ひしゃく)がズラリと立て掛けられている。もちろん、屋根完備。




「夜でも水は出てるんだなぁ……。」




いつもはやらないのだが、せっかく立ち寄ったので柄杓を一本手に取り溜まっている澄んだ水を(すく)って両手に水を引っ掛ける。




「冷た……っ!?こりゃ冬にやるもんじゃないわ。」




早々に柄杓を戻し、手を拭いて末端冷え性製造機……改めこの謎スペースを後にする。




「滝行とかする人は凄いな……。」




いつものお賽銭箱の前に戻り、再び境内を見渡す。


……いちいち戻ってくる必要なんて全くないのだが、成実にはこの場所がメインステーションと化していた。


今度はさっきの謎スペースと参道を挟んで向かいに建っている小さな小屋が目に入る。




「ここは……、」




特に目的がある訳でもないので興味のままにフラフラと足を向かわせた。




小屋の前に立つと、ちょうど目線の高さよりちょっと低いところからおっきな窓がついており、(すだれ)が上から下ろされている。


その横には番号が振られた引き出しが、ざっと見て百とちょっと……。




「あ〜、おみくじ……。」




この場所はおみくじ売り場であることがわかった。


思えば小さい頃は年始にこんな所でお守りとかおみくじを買ったような記憶がある。




「いつ開いてるんだろ……。」




成実はいつも仕事帰りに立ち寄るので、この場所が開いているところを見たことがなかった。




「今度神様に聞いてみようかな。……巫女さんにも会ってみたいし。」




おみくじ売り場に背を向けると、視界の片隅で朱色の袴の裾のようなものが物陰に引っ込むのが視界に入った。




「ナマ巫女……ッ!?」




思わず咄嗟に変な造語が口から飛び出す。


成実は今まで一度も拝むことのなかったこの神社の巫女という存在に胸を躍らせずにはいられなかった。


足音を殺して物陰へと近づくと、建物の裏で砂利を踏み締める音がかすかに聞こえてきた。


向こうに聞こえてしまいそうな程にうるさくドンドコ鳴り響く胸の中の祭り太鼓を服の上からグッと押さえ込み、一気に回り込むと




「「あ……。」」




そこにいたのは白い装束に朱色の袴を履いた、山吹色の一つ結びの長い髪にちょっぴりつり目な……。




「私……?」




自分と瓜二つの巫女さんがそこにいた。




「ええっと……、大丈夫ですよ?死んだりとかはしませんので。」


「ドッペルゲンガー……?」




自分は頭の中がぐるぐるしている真っ最中だというのに、向こうは何だか不気味なほどに落ち着いていた。


自分と瓜二つの人間が突然目の前に現れたら多少なりとも取り乱すものだと思うのだが……。




「なんだか、ずいぶんと落ち着いていますね……。」


「もう慣れましたので♪」




口元を手で覆い微笑む、自分とはかけ離れた上品な仕草に、見た目がほとんど同じでも中身が別人であることを思い知らされた。


それと、向こうのほうがちょっぴり自分より声が高いなあと思う(かたわら)で、巫女さんの発言が引っ掛かった。




「『慣れた』……?」


「あ"……っ。」




巫女さんが慌てて気まずそうに目を逸らした。




「もしかして、」


「ええっと……!?」


「見てました……?」


「いや、そのこれは……!?」




どうやら巫女さんは嘘をつくのが下手らしい。




「その…………、ごめんなさい。前からずっと気になってて、しかも最近は特に楽しそうだなって、つい見守りたくなってしまいまして……///」


「お、おお……。」




『前から』といっても、成実がこの神社に足を運んだのはここ最近、しかも片手で数えられる数だけだ。


『ずっと』と言うのなら、思い当たるのはShuwatch(しゅわっち)の2人組の後に(ねぎら)ってくれた時……つまり初めてここに来た時か。


だとしたら逆に今までよく気づかなかったな私……。




「まあ、そんだけ見てたら慣れますよね……。声かけてくれれば良かったのに。」


「この姿で声をかけたらパニックになってしまうかと思いまして……。私も初めて見かけたときは運命の悪戯かと思いましたし。」


「……ですね。」




『ずっと見られていたかもしれない』と考えると、気になることがもう一つ。


……自称神様のことだ。


ここまで話していて自称神様のことが一切話題に上がらない辺り、巫女さんには視えていないのだろうか。


……こっちから聞いて不審がられるのも嫌なのでこのまま黙っておくか。




「そういえばその格好、この神社の巫女さんだったり……?」


「巫女……。」




そっくりさんはゆったりクルンと一周して自分の格好を確認すると、




「……神聖な存在です♪」




また、口元を手で隠して上品に微笑み、それだけ答えた。


巫女は聖職者だから間違いではないんだろうけど……。




「あはは……。」




ほぼ自分な人に目の前で奇天烈(きてれつ)な振る舞いをされて何とも言えない心労に見舞われていると、低めのお腹の音が境内の静寂にスーッと溶けていった。




「すみません、とんだ長話を。そろそろお楽しみの時間でしたよね?私はこれで!」




そっくりさんは神社の奥へと走り去っていった。




「『お楽しみ』って……。」




手に持っていたレジ袋を目線の高さに上げる。


やっぱり自称神様とのやりとりも見られていた、ということだろうか。




でも自称神様が視えていないとなると、巫女さんが見た光景というのは……。




いよいよ自分は不審者だなあと思うのと、ほぼ自分な人が夜な夜なお賽銭箱の上に食べ物置いて1人で虚空とおしゃべりしてたら嫌だろうなあという巫女さんへの申し訳なさで乾いた笑いが出た。






「……ほいっ。」




お腹も空いたのでさっさとお供えを済ませてコンビニ飯にありつこうと、散策もこの辺にしてお賽銭箱の隅っこにカツ丼の容器と割り箸を置き100円硬貨をお賽銭箱に投げ入れた。




「今日は随分遅かったのう?」




自称神様、降臨。




「お腹空いてるから早めに食べてね。」


「なんじゃ、(せわ)しないはふはほう……。」




自称神様は呆れながらもうカツ丼を食べ始めていた。


……どの口が言うんだどの口が。




「ねえ神様。」


「はんは?」




自称神様は口いっぱいにご飯を含んだまま応えた。




「この神社って巫女さんいるの?」


「んふ……ッ!?」




自称神様が()せた。何か変なことでも言ったのだろうか……。




「ん"ん"……っ、成実(なるみ)がそれを言うか。」


「え?」


「なんじゃとぼけおって。成実(なるみ)が巫女ではないのか?」




もしかしなくても、自称神様はさっき出会った自分そっくりの巫女さんのことを話しているのだろう。




「……と言うとでも思ったか?」




続けて自称神様は得意げにニヤリと口角を上げた。




「今となっては一目でわかるわ。巫女の方が声が高いし、上品じゃからのう♪」




自称神様の証言がさっきの巫女さんと一致した。




「さしずめ、成実は巫女の姉妹といったところじゃろう?」


「あ〜、それなんだけど……。」




自称神様がそう思うのも無理はないだろう。だって自分ですらあんまりにもそっくりで動揺したのだから。




「なんじゃ、喧嘩でもしたのか?」


「いや、今日初めて会ったんだよね。その巫女さん……。」


「ほう、他人の空似というやつか。」


「もしかして、私と初めて話したとき、神様が馴れ馴れしかったのも巫女さんだと思ったから?」


「まあ……そうじゃな♪」




自称神様の笑顔が初めて出会った時のそれと重なった。




「あの時も、随分嬉しそうだったよね。」


「き、気のせいじゃろう……!///」




自称神様は成実に背中を向けたが、チラチラと見える赤く染まっていた耳が成実の問いを肯定していた。




「そっかそっか〜。」


「うるさい……!///」


「ねえ、そのカツ丼なんだけどさ……。」


「……なんじゃ。」




自称神様はやっぱりこっちを向いてくれない。




「食べたら、話さないといけないんだよね……。」


「何をじゃ?」


「何でも。」


「なんじゃそれ。」


「知らない?『取り調べ』って言うんだけど。」


「最近の流行りか?」




思えば、『取り調べ』がいつからなんて考えたこともなかった。




「最近……。まあ、ここ数十年?」


「じゃあ私は知らんのう。」




自称神様は前に『何百年もここにいる』と言っていたことがあった。


何百年も前の人なら数十年は最近なのだろう。


とにかく知らないみたいなので取り調べについて教えてあげることにした。




「喋ってほしいことがあると『カツ丼食うか』って言って、食べたらそれをしゃべるの。」




我ながら、本職の方がいたらカツ丼出されそうなくらいには粗末な説明である。




「な〜んじゃ、それなら私は言われておらんからしゃべる義務はないな♪」




余裕綽々の自称神様をちょっと揶揄ってみる。




「……『お腹空いてるから早めに食べてね』。」


「ぬぐぅ……!?」


「はい、喋って♪」


「うぬぬ、致し方なし……。」




自称神様はガックリと肩を落とし、観念した。


様式にはキチンと従おうとする辺り、自称神様は根は真面目な人のようだ。




「……なんで、初めて私に話しかけた時、嬉しそうだったの?」


「それは、そのぅ……///」




自称神様は小っ恥ずかしそうにお腹の前で両手の人差し指をツンツンと突き合わせていた。




「良いよ良いよぉ〜?隠さなくたって。好きなんでしょ?巫女さ


「…………初めてだったんじゃ。返事をしてもらえたのが。」


「返事……?」




自称神様のことを揶揄ってやろうかと考えていたら、どうやら見当違いだったようでちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。




「うむ……♪///」




初めて自称神様と言葉を交わした時のことを思い返してみる。






『まったくじゃ!』


『ひゃわぁぁあッ!?』


『あっはっは♪『ひゃわぁぁあッ!?』って///』


『な……ッ!なんなんですかいきなり!///』






……確かに、自分は自称神様の言葉に返事をしていた。


なんで自分だけが自称神様を認識できるのかはわからないが、そんな些細なことがこんなに嬉しく感じるほどに、自称神様は長い孤独の時を過ごしてきたということなのだろう。


……そりゃあ、嬉しいに決まってる。




「…………だね♪」


「なんじゃ急に気持ちわる……っ!?」


「返事しただけじゃん。」


「…………、」




自称神様は目を丸くしてちょっぴり無表情で思考を巡らせると、




「……じゃな♪」




白い歯を見せて今日一番眩しい笑顔で返事した。




「それより、お腹減ってるんじゃなかったのか?」


「ああ!?そうだった!……いただきま


「カツ丼、食うのか?」


「お腹空いてるし。」


「そうかそうか♪」


「……冷めてる。」


「ふふん、食べよったな?」


「何?……って、ああ取り調べかぁ。」


「フッフッフ……。今度は成実がしゃべる番じゃぞ〜?」




自称神様は取り調べの様式を気に入り早速使いこなした。




「……話せる範囲でね。」


「うむ♪」




この日、成実はいつもよりちょっとだけ長く自称神様の取り調べに付き合った。

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