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神の名は。

『メシうま』とは……


飯が美味いことである……ッ!


一仕事終えた後や、ひとっ風呂浴びた後だったり、親しい友人や恋人と囲む食卓は飯が美味い……というのが通説である。


こじんまりとした神社のまたこじんまりとした境内で、1人のしがないOL、榊成実(さかきなるみ)と自称神様は今日も夜な夜なお供えで人知れず『メシうま』に興じるのであった……。

青黒い空にポツリポツリと光の点が瞬きだすころ、静かな境内に革靴の音を鳴らし1人のしがないOLがお賽銭箱の前まで歩いてきた。




「……。」




しがないOL、改め榊成実(さかきなるみ)はお財布から100円硬貨を出すと、お賽銭箱にポイっと投げ入れた。




「……。」




成実(なるみ)がお賽銭箱の方を見つめて立っていると、どこからともなく、背後にソワソワする気配が現れるのを感じた。




「……。」




それでもしばらく無言で立っていると、痺れを切らした背後の気配が正面に回り込んできた。




「遅いっ!」




お賽銭箱との間に割り込み、プリプリと怒っている白装束の女の子がこの神社の神様……を自称しているオカルト的な存在、自称神様である。


……見た目ばバッチリ人間である。




「なんだ、ちゃんと前から出てこれるじゃん。」


「そんなの、当たり前じゃろう……!?」


「今まで2回とも後ろに立ってたじゃん、背後霊みたいに。」




胸の前で手をダランと垂らしお化けの真似事をして自称神様を煽る。




「な……っ、ただの背後霊と一緒にするな!」


「じゃあ正々堂々と正面から現れればいいのに。『やーやー我こそはー!』ってさ。」


「我こそは……か。」




何か琴線に触れるものでもあったのか、自称神様は顎を触って俯き、うんうんと頷いた。




「……良いなそれ♪」


「『良い』……?」


「アレ、ちょっとやってみたかったんじゃよなぁ。『遠くば寄って目にも見よ!』って!」




自称神様はキラッキラと目を輝かせ、歌舞伎の見栄のように手のひらを突き出した。


武士だと思ったら今度は歌舞伎か……、と歴史がの闇鍋をみているような気分になった成美実の頭にふと一つの疑問が浮上した。




「自称神様っていつの人なの?」


「いつ?……とは。あと『自称』は余計じゃ。」


「神様自称するくらいなら結構前の人かな〜って。」


「まあ……結構前、ではあるのう。」


「いつのいつの!?」




もしかしたら教科書で学ばされた歴史の生き証人 (生きてはいないが)かもしれないという期待に、思わず前のめりになってしまう。




「なんじゃ、偉い食いつくな……。まあ良い。頼まれてしまったし、もののついでに名乗ってやろう!」




いちいち偉そうなのが鼻につくが、ここは流すことにして成実が黙っていると、自称神様が大きく息を吸い込み、やっぱり能でもやってるかのような大袈裟な動きをつけて仰々しく声を張り上げた。




「やーやー!遠からん者は音にこそ聞け!」




確か、このフレーズは鎌倉時代ら辺の武士が戦で使ったものだ。




「近くば寄って目にも見よっ!我こそは…………、




成実が期待して見守っていると、勢いづいて名乗りかけたところで自称神様は言葉に詰まってしまった。




「我こそは?」


「我……こそ……、




自称神様がダラダラと冷や汗をかいているのを見て成実はなんとなく察してしまった。




「もしかして……忘れた?」


「…………どうしよ。」


「えぇぇ……。」




自称神様はどうやら本当に自分の名前を忘れてしまったようである。しかも自称神様の顔を見るに、揶揄うだとかではなく本気で思い出せなくて困っているのがビリビリと伝わってきた。




「しょうがないじゃろ!?もう何百年も名乗ってなかったんじゃから……ッ!」


「だとしても自分の名前忘れる?」




風船のように膨らんでポンポン跳ねていた心が呆れてすっかり(しぼ)み、しわくちゃのペラッペラになってしまった。




「じゃ〜あ貴様は100日前の晩飯の献立覚えとるのか?」


「例え晩御飯で良いの……?」


「あうぅどうしよ……。」




自称神様は頭を抱えて丸まってしまった。




「じゃあもういっそのこと『神様』っていう名前の神様自称すれば?」


「……じゃあ、私が『神様』名乗ったら『メス』って名乗ってくれるか?」


「そりゃやだわ……。」


「じゃろ〜?」




自称神様はムカつくほどのしてやったりなな笑顔でほっぺをつんつんしてきた。




「因みに、私は榊成実(さかきなるみ)ね。」




……ので、自己紹介のついででお返しに神様のほっぺを両サイドから中指でめり込む程突き刺してやった。




「ぎにゃぁ"ぁ"ぁ"あ"…………!?」




自称神様の顔が、いつか流行った『つままれて水を吐き出すフグ』のようになった。




「よろしくね♪」




自称神様の変顔を拝んでやったらさっきまでムカついていたのが吹っ飛んでしまい、思わず笑顔になった。




「貴様っ!神様に向かってなんてこと……!?」




成実がパッと指を離すと、自称神様は海の向こうの某絵画のように両手でほっぺをサンドして無言の叫びをあげていた。




「神様、ねぇ……。」


「信じとらんな!?」


「そりゃ、自称神様のこと全然知らないし。」


「くうぅ……、」


「ごめんごめん、ちょっといじめすぎちゃった。」




変顔させた罪滅ぼしという体裁で、持ってきていたコンビニのレジ袋に手を突っ込んでガサガサいわせと、自称神様の表情がドッグフードの音に目を輝かせる子犬のようにパァッと明るくなった。


……当然、威厳なんてものは塵程もない。




「……これでも食べて元気だしな?」




コンビニのレジ袋からスティック状のジャガイモのスナック菓子を取り出してお賽銭箱の上に置く。




「な、なんじゃこれ……?」




自称神様は爆発物でも取り扱うように恐る恐るスナック菓子の箱を拾い上げると、箱の側面にピッタリと耳をくっつけた。




「……、」




スナック菓子の箱を慎重に傾け、目を閉じて眉間に皺を寄せ中の音に耳を澄ませている自称神様の必死な顔が、成実に悪い考えを起こさせた。


成実は音を立てないように少しずつ、少しずつ息を吸い込むと、




「ワアッッ!!!」




スナック菓子の箱と逆側の耳元で大きい声で脅かしてみた。




「ほわぁぁぁあああ!?」




成実の企みは大成功を収め、自称神様はスナック菓子の箱を真上に放り投げてすっ転んだ。




「そこまで驚く……?」


「なななっ、何をする……ッ!?」




すっ転びながらもスナック菓子の箱を地面に落とさずキャッチしたのは流石というか、食い意地の賜物というか……。




「危ないものとか入ってないから、フタのペロってなってるとこめくってみ?」


「こ、こうか……。」




自称神様はお賽銭箱の前のちょっと低い段差に腰を掛けると、びっくり箱に警戒でもしてるみたいにスナック菓子から顔を背け、薄目で中を確認しながらゆっくり、ゆっくりとフタをめくり切った。




「…………なんじゃこれ?」




蓋を開けると、そこには箱にプリントされた通りの山吹色したスティック状の固形物がたくさん入っていた。




「それ一本一本が食べれるよ。」


「ほほう……!」




自称神様は目を輝かせて一本摘むと、大きく口を開けた。




「うわ、歯ぁキレイ……。」


「ッ!?//////」




自称神様は慌てて口元を手で覆ってこっちを睨んできた。




「な、なんじゃ……!はしたないとでも言いたいのか……ッ!?」




つい思っていたことが口に出ただけだったのだが、なにやら勘違いしているようなのであやかることにした。




「いやいや、先の方から『上品に』少しずつ齧り進めるのがトレンドなんだよ♪」


「ほんとうか……!?」


「うん♪」




大嘘。




「なるほど、ではいざ……っ!」




自称神様は言われるがままに、スナック菓子の先の方からサクサクとウサギのように食べ勧めた。




「こ、こう……か?」


「おふ……っ、」




口を(すぼ)めて上目でこちらを見つめる自称神様があまりにも煽情的で、腹の内が口から溢れでるように、妙齢の女性にあるまじき気持ち悪い声が出た。


成実はさっきの自称神様を真似て、慌てて口を手で覆ったが流石に自称神様に気づかれてしまった。




「だ……騙しよったなぁ……!///」




自称神様はプルプル震え耳を真っ赤にしてそっぽを向くと、バリボリと乱暴にスナック菓子を噛み砕いて完食した。




「可笑しいと思ったんじゃ、あんなネズミみたいなのが『上品』だなんて……!///」


「あはは、ごめんって。」




お賽銭箱の上に置かれていたスナック菓子の本体を回収してバリボリと頬張ると、自称神様が肩をくっつけてきた。




「『成実(なるみ)』は、ネズミみたいに食べんのか?」


「だって人間だし。」


「『貴様』、それでは私だけ恥ずかしいじゃろうが……!」


「『貴様』……。」




成実はさっき、一回だけ自称神様が自分のことを名前で呼んでいたことに遅れて気づいた。




「な、なんじゃ……!///」




自称神様のほっぺが赤くなった。


どうやらさっきのは自称神様なりに距離を縮めたくてわざとダル絡みをしてきていたようだ。


……この自称神様、思っていた以上に不器用なお方だな。




「……参ったな。」




それはそれとして、向こうから歩み寄ってくれたのは良いが、こっちは自称神様の名前がわからないから自称神様のアプローチに応えることができない。




「……済まない。」





自称神様は肩をすくめてシュンと俯いてしまった。


自称神様は、自分から名乗ると言っておいてろくに自分語りもできなかったことを申し訳なく思っている様子だった。




「……、」




一瞬目が合うと、成実は自称神様の言外の言葉を咀嚼するようにゆっくり、何回か頷いた。




「……『神様』で良いよ。」


「……へ?」


「それだけわかれば、今は充分。」




まあ、誰に紹介する訳でもないし。


……ましてや、名前でも呼ばないと区別できないような、こんな神様もどきが他にいる訳もないだろうし。




「同情させてしまうなんて、神様失格じゃな……。」


「あ〜、それなら大丈夫。私、神様のこと端から全然神聖視してないから♪」


「なんじゃそれ……。」




自称神様が微かに笑った。




「神様は私にとって『神様』って名前の友だちだってこと♪」


「…………。」




笑ったかと思ったら、今度は電池が切れたおもちゃみたいにピタリと動かなくなってしまった。




「そ……っか。そうか……♪///」




……と思ったら、今度は高価なお菓子でも大事に味っている時のように、仄かに頬を染め目を細めた。




そんなコロコロ変わる自称神様の横顔を見ていると、やっぱり『これで充分』だと思えた。




あれこれ詮索した末に情報として自称神様のことを知るよりも……ただ、甘いものでも食べた時みたいに優しく目を細めてキュッと口角が上がる、この顔を見る方が何倍も良い。




「……神様、そんな可愛いお顔できたんだ?」


「……ッ!?//////」




自称神様はハッとしてまたまた耳まで真っ赤になると、成実の頭と顎を手のひらで包み込んで




「うるさいっ!!//////」




そのまま時計回りに成実の頭を100度程回転させた。




「ゴファッ!?」




静けさや 闇に染み入る 骨の音。




「ぅ"……、」




少しして成実がなんとか首をもとに戻し、慎重に首を回すと、いつの間にか自称神様の姿は無くなっていた……。




「ってて……。」




立ち上がってコンビニのレジ袋を手に持つと、成実はまだ『また明日』会う約束をしていなかったことを思い出した。




「『明日』までに首の痛み取れてなかったら訴えてやるんだから……!」




成実は静かな境内を後にした。

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