抜けてるとこは、ある程良い
『メシうま』とは……
飯が美味いことである……ッ!
一仕事終えた後や、ひとっ風呂浴びた後だったり、親しい友人や恋人と囲む食卓は飯が美味い……というのが通説である。
こじんまりとした神社のまたこじんまりとした境内で、1人のしがないOL、榊成実と自称神様は今日も夜な夜なお供えで人知れず『メシうま』に興じるのであった……。
空の眩しいオレンジが黒く塗りつぶされる頃、都会の片隅に慎ましく構えるとある神社の前に、1人のしがないOL、榊成実が今日もやって来た。
一段一段の高さに歴史を感じる石造りの階段を登り終えると、少し先にお賽銭箱が見えてきた。
成実は片手に持った小さいレジ袋をガサガサと鳴らしながらお賽銭箱の前まで歩き、その場で立ち止まると辺りを見回した。
「誰もいないか……。」
この前出会った自称神様にまた会えるかもしれないなんてちょっと期待していたが、あれは自分が疲れていたせいで見た幻覚や怪奇現象の類だったようだ。
「まあ、何時とか言わなかったしな……。」
昨日、自称神様と『また明日』あう口約束をして別れたが時刻を指定しなかったのはしくじったなと思いつつお賽銭箱に100円硬貨を投げ入れ踵を返すと、
「やほ♪」
「どぅわぁぁあ!?」
巫女さんというには質素な白装束に身を包んだ、見事な烏の濡れ羽色のショートヘアの女性が目と鼻の先に立っていた。
「あっはっは♪///、貴様いつもいい反応をするのう……♪」
どうやら私はまた怪奇現象に見舞われてしまったようだ。
「くっ……、『自称』神様がぁ……!///」
「『自称』は余計じゃ!」
「じゃあ悪徳霊媒師で。」
「どっちかっていうと霊なんじゃが……。」
自称神様はちょっと困り顔で両手を胸の前に垂らし、お化けのポーズをしてはにかんだ。
「ほんとの幽霊もお化けのポーズするんだ……。」
「話を合わせただけじゃっ、悪いか……!///」
「いや、可愛いなって。」
「可愛っ!?///」
自称神様の顔が真っピンクに染まった。
あくまでも『自称』だが、神様ってこんなにコロコロと表情を変える生き物なのだろうか。いや、そもそも神様が生き物なのかは怪しいところではあるのだが……。
「それより、今日のお供えはなんじゃ?」
自称神様は小さな子どもに話しかけるようにしゃがむと、成実が手に持っていたコンビニのレジ袋に優しく語りかけた。
「現金だなあ……。」
成実はガサゴソとレジ袋を鳴らして、コーラの瓶のようなものが描かれたビニールの袋を取り出した。
「なんじゃそれ?」
「まあ見てな……って!」
ビニールの包装を摘んで引っ張る指に力を込めると景気のいい音とともにビニールの包装が破け、成実は中から包装に描かれていたコーラの瓶のような形が2つ横並びにくっついているアイスを取り出した。
「おお……!?」
「これをこうして、」
横並びになっていた2つの瓶型アイスをパキンッと折ってセパレートすると、片割れをお賽銭箱の上に置いて、持っている方の片割れについていたプラスチックの輪に指をかけて折って見せた。
「ほうほう……!」
「そのまま喰らう。」
成実は一通り説明を終えると、そのまま片割れに齧り付いた。
「ぎゃぁぁぁぁああ!!??」
突然、自称神様が絶叫した。
「ん?な〜に?」
成実は構わず、素知らぬ顔でアイスを賞味していた。
「きききき、貴様っ!さんざん期待させておいて……!?」
眉ひとつ動かさずアイスを食べ進める成実に、自称神様はワナワナと震えながら捲し立てた。
「昨日話したお供えのこと、忘れたわけじゃないじゃろう!?」
成実は自称神様から直々に聞いたお供えの仕様を思い返した。
色々あったが、自称神様が食べるお供えは食べ物の霊魂的なもので、食べ物を手渡しできなかったり、食べ物の本体を齧ったりするとお供え側が消滅するというものだ。
「割とバッチリ覚えてるけど。」
「じゃあ本体を齧るのをやめんかッ!?」
自称神様は自分が食べるお供えが無くなるのを気にしているようだった。
「半分そっちに置いたんだけど。」
お賽銭箱の上に置いた片割れを指差した。
「半分……。」
成実が瓶型アイスを選んだ理由はここにある。
自称神様からお供えの仕様を聞いて、抜け道はないか試してみることにしたのだ。
お供えの仕様の一つ、『自称神様が食べてる間に供えられた食品を齧られたりするとその時点で没収』。
瓶型アイスを齧るのを自称神様が必死に止めた理由はこれだろう。
だが成実には、この仕様には穴があるように思えた。
一房のブドウの実を一つだけ食べたら……、開いた袋のポテチの1枚をつまんだら……、二つ並びの瓶型アイスの片割れだけを齧ったら……。
つまり、本体とお供えが共同体とみなされる判定の隙をつけないか、と思ったのである。
瓶型アイスを2つに分けて片割れを齧ったので、これで自称神様がお賽銭箱の上の片割れを食べられたのであれば、本来手渡し不可の食べものも、バナナとかは仕様の隙をついて『一緒に食べられる』かもしれない。
あとは自称神様がお賽銭箱の上にある片割れを食べてくれれば確認できるので、片割れを手に取ってわざと食べるふりをしてみることにした。
「……こっちも食べちゃおっかな〜?」
「待って待って待って待って!?」
本気でお供えが無くなると思った自称神様は背後から仄かに温かい細腕を成実の首に回して、
「待てぇぇぇぇえいっ!」
そのまま力一杯締め上げた。
「ゴハァッ!?」
「そっちだけでも!」
触れてる腕や身体があったかいなとか、後頭部に触れてる感触はそんなに柔らかくないなとか色々な思考が頭をよぎったが、
「ギブギブギブギブ!?」
成実はお賽銭箱をバンバンとタップするので精一杯だった。
「まったく……!」
どうにか自称神様に首絞めを解いてもらうと、アイスの片割れをお賽銭箱の上に置き直し、お賽銭箱の前のちょっと低い段差に腰を下ろした。
「100円せしめただけではなくお供えまで強要するとは……。」
「貴様が目の前で全部食べようとするからじゃろう……!」
自称神様は隣でアイスの片割れを大事そうに両手で持ってちゅーちゅーと一生懸命に吸っていた。
「……なるほど。」
「……へ?」
自称神様があんまりに一生懸命アイスに吸い付いているものだから、つい覗き込んで声が出てしまった。
「いや、なんでもない続けて?」
「あ、ああ……。」
自称神様は再びアイスに口をつけた。
「うんうん……、」
どうやら思った通り、2つに分けた後でもそれぞれが『1つ』になれるものの片方を食べるのなら、ある程度は融通が効くようだ。
生きている人間どうしみたいに、分け合ったり食べさせ合ったりができないことを寂しがっていた自称神様には朗報だろう。
「な、なんじゃ貴様っ!人が食べてるところをマジマジと見つめよって……!?///」
今は充分嬉しそうだし、これを話すのはまた今度でいいかな……♪
「100円分は堪能させてよ♪」
「貴様……っ、どれだけみみっちいんじゃ!?」
「100円入れないと出て来てくれなかった癖に?」
「うぐ……っ!?」
「ほらほら、溶けちゃうよ?」
「……わかっとるわ。」
やがて自称神様がアイスの片割れを完食すると、やはり包装はどこへともなく消えていた。
「さ〜て回収回収。」
本体は無くならないので、お賽銭箱の上に置いていた片割れをレジ袋に押し込んだ。
「なあ、」
「何?」
「ずっと思ってたんじゃが、そのアイス……誰かと分け合って食べることを想定されたものではないのか?」
流石にチョイスが露骨過ぎたか……?
「……そうだけど。」
「食べておいてなんじゃがその……供えてしまって良かったのか……?」
「なんで?」
「そりゃ……貴様と分け合うはずの誰かが割りを食ってしまったかもって思うと……な。」
色々試したことに気づかれたかと思ったが、どうやら自称神様はただ申し訳ないと思っていただけのようだった。
「大丈夫、大丈夫。それ、もともと家で2つとも食べるつもりだった奴だし。」
「は……?き、貴様、それは誰かと分け合う想定のものだと
「それはメーカーが勝手にそういう趣旨で作っただけで、私が従う必要ないでしょ。」
「…………寂しい奴なのじゃな。」
「……悪い?」
「悪いぞ〜?独り哀しく死んでいくというものは。」
自称神様は自嘲ともとれるような乾いた笑いを溢し、少し影のある笑顔で足元を見下ろした。
「……そうじゃ!賽銭とお供えの礼と言ってはなんだが、貴様の話、聞いてやらんこともないぞ?」
「お悩み相談的なやつ?」
「そーゆーことじゃ♪」
自称神様はバッチバチのウインク……のつもりで両目をギュッと瞑って見せた。
「……じゃあお言葉に甘えて。」
「おう!甘えろ甘えろ♪」
自称神様は成実の肩に自分の肩をくっつけてきた。
食事中でもないのに、本当にこの自称神様は嬉しそうな顔をする……。
「……神様神様、
「神様……!///」
隣で自称神様がホクホクしているがお構いなしに続けた。
「私の友だちのことなんですが、ウインクができなくて困っています。どう教えたらいいでしょうか。」
「ういんく?」
「知らない?」
「知っておるぞ!?迷える子羊のために、さっきの完璧なういんくを伝授してやろう!」
「お〜。」
乾いた拍手で自称神様を煽った。
「まずは両目をかっぴらく!」
「ほうほう。」
昨日と今日、いきなり目と鼻の先に出てこられたお返しに、鼻先が触れそうな距離で自称神様のご尊顔を覗き込んでやった。
「……近くないか?///」
「よく見てるからね。」
「そ、そうじゃな……///次は、片目をギュッと瞑る!」
「お〜。」
自称神様は顔を真っ赤にしながら右目だけギュッと瞑ってみせた。どうやらここまでは普通にできるようだ。
「そして元に戻す!」
「お〜すばらし。」
「なーーっはっはっは!どうじゃ!これで気になるあの子も悩殺じゃ♪」
ウインク1つでここまで勝ち誇れるのはもはや才能の域だ。
「じゃあ私にやってみて。」
「いーじゃろう!」
「ちゃんと一個一個意識して、自然にやってね?」
「もちろんじゃ♪……ええいっ!」
自称神様は華麗に両目をギュッと瞑って見開いた。
「……準備運動?」
「そ……そうじゃ!///次が本番……、ええいっ!」
自称神様はまたまた華麗に両目をギュッと瞑って見開いた。
「……。」
「……。」
・・・・・・。
「……できましたか?」
「くうぅ……///」
自称神様はようやく自分がウインクできていないことを自覚したようだ。
「貴様っ、まさか最初から気づいて……!///」
「まあ。」
「神様の前で嘘つきよったな!?い……いけないんじゃぞ、そーゆーのッ!?」
「いや嘘はついてない。神様、ウインクできないし。」
「なんじゃ!じゃあ、ウインクできない友だちって……!まさか、わた…………///」
自称神様の吊り上げていた眉が次第に下がってくると、キュッと結んでいた口元も釣られて緩んだ。
「ほら、ちゃんと悩み解決してよ?」
「う……、うるさ〜〜い!!//////」
自称神様は私を突き飛ばすとお賽銭箱の後ろに隠れてしまった。
「れ、練習……しとくから……!その……///」
お賽銭箱の向こうから聞こえてくる声が籠っていたのは、手か服で顔を覆っていたからだろうか。
「また、来い……ッ!///」
昨日は成実から『また明日』と言ったが、今度は自称神様から次に会う約束の言葉を投げた。
「……じゃあ、また来るよ♪」
「うむ♪…………またな!」
お賽銭箱越しで成実には見えなかったが、声色一つで自称神様が笑っていることが伝わってきた。
私も緩む口元を手で覆うと、この日はそのまま境内を後にした。
「友だち……か♪」
自称神様は成実の言葉を反芻してニヤけては、夜空が薄明るくなるまで独り、お賽銭箱の裏で『ういんく』の練習をした。




