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新しい物語

『メシうま』とは……


飯が美味いことである……ッ!


一仕事終えた後や、ひとっ風呂浴びた後だったり、親しい友人や恋人と囲む食卓は飯が美味い……というのが通説である。


こじんまりとした神社のまたこじんまりとした境内で、1人のしがないOL、榊成実(さかきなるみ)と自称神様は今日も夜な夜なお供えで人知れず『メシうま』に興じるのであった……。

こじんまりとした神社から都会の喧騒へと伸びる一段一段がちょっと高い古めの石造りの階段を降りると、そこには見慣れた、山吹色の一つ結びの長い髪にちょっぴりつり目な1人のしがないOLが待っていた。




成実(なるみ)、待たせたな!」


「良いよ。……これが1回目だし。」




思えば、今まで何百年……。


この土地で人を待ったことは幾星霜とあれど、誰かを『待たせた』ことなんてただの一度もなかった。




「……フフ♪」


「なぁに?笑っちゃって。」




成実(なるみ)が不思議そうに顔を覗き込んできた。


街頭があったって真っ暗な夜道でお互いの顔なんてろくに見えっこないのに、お互い笑顔なことだけは不思議とわかって、もっと顔が優しくなる。




「随分と、良いものじゃな……。『待たされてくれる人がいる』というものは……♪」


「でっっしょ〜〜?ようやく!わかった?」




こっちは本心で語っているというのに、成実は冗談めかして先輩風を吹かせてきた。




「成実先輩に負けないように、これからはたくさん待たせてやらねばならんなあ?」




目には目を、歯には歯を。先輩風には後輩風を……。参拝した誰かが言っていた言葉だが、おそらくこんな使い方だったはず……。




「うわ……っ。」




隣を歩いていた成実が突然足を止めた。


何があったかと成実の視線を追うと、そこには忌々しきネズミの影があった。




「シャーー……ッ!」




ネズミが苦手な成実に良いところを見せられると張り切って、いつものようにヤツらが苦手なネコを真似て威嚇する。


たちまちネズミはどこかへ走り去って行った。




「どーじゃ!後で成実にも教えてやろうか?」




これは決まった……!と思って成実を横目で見ると、成実は何故か心底ドン引きしている様子。


……何故?




「それ、人前でやっちゃダメだよ……。」


「何故じゃ!?」


「良い?これから(よう)には常に人目がついて回るんだからね?」




成実は子どもを諭すように説教した。


今日まで『自称神様』をやっていたときは死人だったので当然人から見られるなんてことはなく、思えば羞恥心が数百年のどこかでそこら辺に落っこちてたのかもしれないと気付かされる。




「『(よう)』……///」




だがそんなことは些事である。


……成実に授かった『洋』という名前の響きを噛み締めることに比べたら。




「ちょっと、聞いてるの?」


「うむ!成実から貰った大事な大事な名前じゃからのう♪……1度たりとも聞き逃すものか。」


「そっちじゃないって……///」




暗がりで顔は良く見えないが、成実の一つ結びの髪が喜んで尻尾をブンブン振り回す子犬のように揺れていた。






成美の隣をしばらく歩くと、現代式の集合住宅の一室の前へと通された。


成実が鍵を取り出してガチャリとドアを鳴らすと、外開きのドアを開けて玄関で靴を抜いだ。


……今まで気にしてなかったが、外では靴も履かなくては。




成実に続いて上がり込もうとすると、




「ちょっと待った。」




成実が手のひらをこっちにまっすぐ突き出して制止した。




「うちに入りたくば、(よう)にはある言葉を言ってもらうよ!」




明るい玄関で見ても、やっぱり成実の勝気な笑顔はどこか可愛らしい。




「ご唱和ください……、『ただいま』ッ!」


「『ただいま』……?」




成実がたまに使っていた海の向こうの言葉だろうか……?




「へへ///……『おかえり』♪」




成実は仄かにほっぺを赤くしてはにかむと、次の言葉を続けた。




「『へへ……おかえり』?」


「そこは真似しないの……ッ!///」




なんで怒られた……?


繰り返せって言ったから繰り返したのに。




怒られた理由がわからず首を傾げていると、成実がさっきの言葉の意味を教えてくれた。


『ただいま』は家に帰ってきた人が言う挨拶で、『おかえり』が待ち人が『ただいま』に応える言葉らしい。




「……ってことだから。これからは私が帰ってきたら『おかえり』だし、洋が帰って来るときは『ただいま』ね……!?///」




この約束が単なる教示ではないことはすぐにわかった。


『うん』と答えることは簡単だが、ちゃんとこの約束の意味を全部受け取らなければ……いや、受け取りたい。


そんなことを考えていると、無意識に涙が頬を伝っていた。




「洋……!?」


「……大丈夫。それよりも……、」




心配させたい訳じゃないので、さっさと涙を拭って胸の中で温めていた言葉を一つ一つ取り出す。




「これから、私は……ここを、『帰る場所』に、して…………、良いん、じゃな……?」




生き返って間もないせいか、上手く言葉が綴れない。なんなら涙もまた落っこちる始末だ。




「ちょっと、やめてよ…………、」




困らせたくなんてないのに、成実を泣かせてしまった。


ドアを閉めるのも忘れて2人でわんわん泣いた後、成実は私の身体を優しく、強く抱きしめてくれた。




「これから毎日、『ただいま』『おかえり』してくれる?」




ちょっと低めな、でも聞き慣れた大好きな声が耳元で、きっと私が無意識に一番欲しがっていたであろう言葉が、この何百年間掃いて捨てるほど聞いてきたどの言葉よりも優しく紡がれた。




「……約束する。」




それに引き換え、私は気の利いた言葉の一つも思いつく余裕がない。


榊成実(さかきなるみ)は、本当にずるいヤツだ。




とても名残惜しかったが成実と離れると、浴室なる部屋に通された。


現代の人間はここの絡繰(からくり)を駆使して毎日身体を清めるらしい。


(ぬく)い水の出し方と身体に塗って流す香りのついた油の使い方だけ教わると、成実は真っ赤な顔を必死に隠してそそくさとどこかへ行ってしまった。


身体を温め、清め、浴室を出ると成実が身体を拭いて髪を乾かしてくれた。


身体を拭く手つきがちょっと……なんと言うかアレだったのはまた今度問い詰めよう。


……幸い、時間はたっぷりあることだし。




成実に手を引かれ別の部屋へと通され、『かっぷらーめん』なるものを食べた。


文句のつけようのない素晴らしい飯なのに、何故か成実は終始申し訳なさそうにしていたのは謎だが……。




食事を終えると、成美はまたどこかへと行ってしまった。


私が良いと言うまで『決してついて来るな』とのことだったが……、




「そう言われると……なあ?」




足音を殺してソロリソロリと成美の入って行ったドアの前へと移動する。


まさかこんな所でネズミとの死闘の日々が役に立つとは、なんとも数奇なものである。




成実を見て覚えた手つきでドアを思いっきり開け放つ。




「成実ーーー!」


「ひゃわぁぁあッ!?」




間髪入れずに後ろから声をかけてやると、成実はあの日と寸分違わぬ驚きっぷりを見せてくれた。




「ちょちょっ……、ちょっとぉ!?」




成実はとても動揺しているようだが、いつか神社で見た演目のように水飴でも隠していたのだろうか……?


水飴を探して部屋を見渡すと、壁にかかっていた1枚の張り紙が目に入った。




「これは…………。」


「えっとその……これは




張り紙に描かれていた栗色のフワフワな髪の女性に激しい既視感。


もしかしなくても巫女もどきそのものだった。




「巫女もどき……?」


「そ…………、そう!そうだよ、巫女もどき!あの子のことも仲間に入れてあげないと……、だよねっ!?」




なんだろう?言っていることはもの凄く真っ当なのに、成実の言葉の裏側に得も言われぬ焦燥感と背徳感を感じる。


……ちょっとカマをかけてみようか。




「そうじゃな。ところで……、


「な、なにかなっ!?」


「巫女の方の絵は無いのか?」


「はぇっ!?」




この部屋には何故か巫女もどきの方の絵しか見当たらないのが引っかかっていた。




「仲間はずれが良くないなら、巫女の絵も欲しいところじゃが……。」


「そそそっ、そだねっ!?今度一緒にしゃしんとろっか!」


「『写真』……。」




神社にくる人がよく振り回しているので『写真』のことは知っている。


もちろん、それに私が映らないことも知っている。




「えっと……、ものすごく上手い絵を描いてくれる機械……絡繰(からくり)だよ!」




成実は私が写真を知らないと思って説明してくれたが、ようやく私が感じていた成実への違和感の正体に気づいた。




「巫女……、巫女もどきもじゃが、神様は写真に映らんじゃろう。」


「  」




成実はこの世の終わりだと言わんばかりの絶望を顔に浮かべた。


まさかこんなことでまた一つ初めての表情(かお)を拝むことになろうとは……。




「洋ごめんッッ!!!」




成実の顔をじっとみていると、成実は突然古き良き土下座で床のフワフワに額を擦り付けた。


謝っている理由を勝手にペラペラと喋ってくれたが、要約すると、




壁の張り紙は巫女もどきとは別人のあいどるで、


巫女もどきは成実の好みの外見を映し出した姿で、


私の好みが洋じゃなくてごめん!




……ということらしい。




「はぁ……。」




とりあえず成実の肩に手を置いた。




「……!」


「何を謝ることがあるんじゃ?」


「……へ?」


「まったく、水飴でも隠しているのかと思えば……。」


「水飴……?」


「良いか?好みの見た目なんて人それぞれじゃろう。」


「それは……、


「成実と巫女の言う通りなら、私の好みは巫女の姿ということになるしのう。」


「そう、だけど……。」


「そもそもじゃ!成実は見た目をやたら気にするようじゃが……、私が今こうして成実といるのは、成実の人柄が好きで、『成実と一緒に』メシうましたいと願ったからじゃろう?」


「……、うん。」


「成実は私のこと、好いてくれておるか?」


「……………………、うん!」


「ならそれで良いではないか♪」




成実を立ち上がらせて、さっき玄関でされたように成実の身体を抱きしめた。


……さっき気の利いた言葉を言えなかった分は、きっとこれで埋め合わせできたじゃろ。




私に許された……ということで、成実は安心した声を出すと、どこに隠していたのか、巫女もどきの顔した女性の張り紙やら吊るし絵やらを部屋の至る所に張り出した。




「成実……。」


「なぁに♪」


「これは…………、」




許しはしたものの、それが見知った存在であったとしても、物事には限度というものはある。




「流石に多過ぎてじゃろーーー!!!」




数百年ぶりに過ごす明るい屋根の下で越す初めての夜は、穏やかな話し合いに花を咲かせることとなった。


……勿論、次の日巫女もどきに文句を言ってやったのは言うまでもない。




そんなこんなで、『元自称神様』と1人のしがないOLが『メシうま』する物語は、一柱の神様も交えてこれからも続いていく。

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