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神様メシうまっ!

『メシうま』とは……


飯が美味いことである……ッ!


一仕事終えた後や、ひとっ風呂浴びた後だったり、親しい友人や恋人と囲む食卓は飯が美味い……というのが通説である。


こじんまりとした神社のまたこじんまりとした境内で、1人のしがないOL、榊成実(さかきなるみ)と自称神様は今日も夜な夜なお供えで人知れず『メシうま』に興じるのであった……。

真っ赤なお日様が西の果てに沈む頃、一面オレンジに染まった境内のお賽銭箱の上に座りブラブラと足をこぐ人影が一つ。




「そろそろ成実が来る頃かのう……♪」




自称神様は遠くの雲を見上げて今日のお供えに想いを馳せていた。




やがて、自称神様の目に映る空が真っ黒になり雲は輪郭を失った。




「来ないのう……。」




自称神様はお賽銭箱の上で仰向けに寝転がった。




「……ん?」




なんとなしにいつも成実が登ってくる階段の方に視線を向けると、白い装束に朱色の袴を履いた、山吹色の一つ結びの長い髪にちょっぴりつり目な成実そっくりな巫女の姿を見つけた。





「なんじゃ、巫女か……。」




巫女はお賽銭箱の前まで歩いて来て立ち止まった。




「誰も……いませんね。」




巫女はどこか影を帯びた模造品のような笑顔を自称神様のいるお賽銭箱に向けると、目を閉じて手を合わせた。




「……なんじゃ、参拝か?」




さっき『誰もいない』と言ったことから、自称神様は自分の存在が認識されていないことを承知で、お賽銭箱の上に座り直して頬杖をつき巫女をまっすぐ見つめた。


巫女は目を閉じたままパンパンと2回拍手すると、遅れて口を開いた。




「神様、聞いておられますでしょうか。」




巫女の声は穏やかだったが、どこか物憂げだった。




「おう、聞いておるぞ。」




自分の声は聞こえていないだろうが、自称神様は返事をした。


自称神様は神様を自称するだけあって、ここでお願い事をする人の話には一応耳を傾けることにしている。




「貴方が『神様』と承知してお願い申し上げます。」


「なんじゃ、仰々しいのう……。どうせ恋愛関係じゃろうて、さっさと願いを…………、え?」




自称神様は何十年とこの巫女の変わらぬ姿を見てきたが、面と向かって手を合わせてお願いされるのは初めてのことであった。




「…………、よし!話すが良い。」




何十年来の願い事だと意識するとなんだか急に緊張して背筋が伸びた。




「……私は、自分の未熟さ故に、良かれと思って1人の人間に酷いことをしてしまいました。」




巫女は目を閉じたまま、自分の罪を数えるようにゆっくりと言葉を並べていった。




「なんじゃ、懺悔というやつか……。」


「私は、人間というものがよくわかっていなかったようです。神様、どうか無知な私に知恵をお授けください……。」




どうやら巫女は願い事をしに来たのではなく、神様に人生相談に乗って欲しくて手を合わせているようだった。




「困るんじゃよなあ……。」




人生相談に乗るのは一向に構わないのだが、喋ったところで向こうに言葉が聞こえるわけではないのでこの手の相談事が舞い込んでくると自称神様はいつも頭を抱えていた。


だいたいの相談者は無言の自問自答の末に自分にとって都合のいい天啓を勝手に授かって帰っていくのだが、今日の巫女はただならぬ深刻な雰囲気なので困ってしまう。


こういうとき、自称神様は聞こえているかは気にしないで問答をふっかけることにしている。




「『酷いこと』とは?」


「……私は、良かれと思って2人の人間を引き合わせました。2人は仲睦まじく暖かい時を楽しんでいたのですが……、」


「……。」


「引き合わせた人間が、もう1人の過去の想い人の生き写しであることを知ってしまったために、その人間は自分が過去の想い人の代替品でしかないと気に病み、愛想を尽かされてしまいました……。」




自称神様は巫女の言葉が一通り出尽くすのを黙って待っていた。


巫女が語り終えたところで、自称神様は




「うぬぬ……!」




どう答えていいものかわからず、困り果てていた。




『合格しますように』や、『あの子とお付き合いできますように』といった相談であれば『頑張れ』と背中を押してやればいい。


『宝くじ当たりますように』とか、『Shuwatch(シュワッチ)の抽選に当たりますように』といった願いであれば『知るかっ!』と一喝すればいい。




しかし今回の相談は質が違う。




『恋人に愛想を尽かされた』なら『諦めて次の出会いを探せ』だし、『喧嘩した友だちと仲直りしたい』なら『謝れ』で済むのだが、今の相談は謝ったところでどうこうというものでもない。


仲直りしたところで『自分が誰かの代わりでしかない』というコンプレックスは永遠に付き纏う。……自分で乗り越えるしかないのだ。




「…………よし!」




自称神様は唸った末にまとめた考えを述べることにした。




「良いか巫女ッ!」


「……ッ!?」




自称神様が声を張り上げると巫女がビクッと肩をすくめた。


聞こえてない、んじゃよな……?




「貴様がその人間と喧嘩別れしたままなのが嫌なら、まずは謝れ!胸ぐら掴んでも謝罪するんじゃ!」




拳を握り力説する。


目を閉じたままのはずの巫女から疑いの眼差しを向けられた気がしたが構わず続ける。




「んでもって、ふん(じば)ってでも引き合わせたもう1人の所に連れて行け!」


「ふん…………!?」




本当に聞こえてないんじゃよな……?


なんだかちょっと心配になってきたが続ける。




「貴様から見て、2人が一緒にいて幸せそうだと思ったら、そいつは絶対もっと幸せなんじゃ!会えなかったら……絶対に寂しいんじゃ!」




巫女は目を閉じたまま力強く頷いた。




「……なんてな///わかったら早う言ってこい!///」




何だか小っ恥ずかしくなった自称神様は巫女に手の甲を向けてしっしっ、と羽虫でも追い払うように立ち去るよう催促した。




「…………ありがとう。」




去り際に巫女が発したお礼の言葉はあまりにも小声だったため、自称神様の耳には届かなかった。




「……ふぅ。何百年経ってもこういうのは不得手じゃな。」




緊張の糸が切れた自称神様は全身の力が抜けてお賽銭箱の上にごろ寝した。




「にしても、あの巫女の言っていた『2人』って、誰のことなんじゃろうな……。」




自称神様は暗い(ひさし)をぼんやり眺めた。




「『昔の想い人』、か……。」




目を閉じて記憶の彼方に没頭すると、思い浮かぶのは山吹色の一つ結びの長い髪にちょっぴりつり目な、巫女と同じ顔した女の子。




「……今は昔。未練などとうに無くなったわ。」





回想に幕を引くようにらゆっくりと(まぶた)を下す。




「……いや、何百年も経ってかけ落ちしよった奴を思い出すのは、未練がましいのかのう……。」




おんなじ顔を思い出したせいか、真っ暗な瞼の裏に成実の顔が浮き上がる。




「……遅いのう。」




再び目を開けてまどろんでいると、どこか遠くで誰かが小競りあっているような声が微かに聞こえた。




「なんじゃ騒がしいのう……!」




身体を起こして声が聞こえた階段の方を見ると、なにやら近づいてくる人影が一つ。




ハナセ…ッ!コノッ!




……いや、よく見ると二つ。




オトナシクシテクダサイ…ッ!

ヤ~~ダ~~!




だんだん近づいてくる2つの人影の全貌が見えてきた。


さっきまでここにいた巫女がジタバタと抵抗する成美を後ろから抱え上げ、顔を真っ赤にしてヨチヨチとおぼつかない足取りでこっちに向かって来ている。




「……は?」




訳がわからない。


……と思えば、自称神様には心当たりが一つ。


瓜二つな顔の2人が、片方を無理やり運んでいる。どこかで聞いたシチュエーションだ。




「……いやいや、まさか。」




厳密には『聞いた』シチュエーションではない。


……『言った』。




「いやいやいやいやいやいやいやいや、」




自称神様の目の前では、さっき巫女に助言したとおりの光景が繰り広げられようとしている。


となると成実の運ばれる先が気になるものだが……、と思っていた矢先、お賽銭箱の前まで来た巫女が成実を下ろした。




「はぁ……、はぁ……。」


「…………。」




巫女は膝に手をつき肩で息をする一方で、成実は頑なにお賽銭箱の方を向こうとしなかった。


ただただ唖然としていると、息を整えた巫女が成実の前に回り込み、肩に手を置いた。




「ファイトです♪」


「じゃないんですよ!?あんなこと言った手前こっちはめちゃくちゃ気まずいのに、無理やり連れてくるなんてどういうつもりですか!?」




成実はこちらをそっちのけで巫女に捲し立てた。


完全に会話に入るタイミングを失ってしまった自称神様はお賽銭箱に腰をかけたままただ2人を見守ることにした。




「『どういうつもり』と言われたら……、成実さんがまたあの子と楽しくできるように、仲直りさせるつもり……です!」




『あの子』……?


巫女の口から出て来た第三者の存在に自称神様は眉を(ひそ)めた。




「『仲直り』なんて言ったって、神様全然悪くないし、私が一方的に気にしてるだけだし……。っていうか悪いのは巫女さんでしょ!?」


「だから謝ったじゃないですか!?」


「ごめんで済んだら警察要りませんから……!」


「いいんです!法で神様は裁けませんから……!」




見守っていると二人はどんどんヒートアップしていった。




「それに、やだやだ言ってる割に『それ』はなんですか……!?」


「ッ!?///」




成実は巫女が指差したいつもよりおっきめのコンビニのレジ袋を慌てて背中に隠した。




「こっ、これは…………、めちゃくちゃお腹空いてたから色々買っただけです!///」


「だったら階段なんてうろつかないで、さっさと帰って召し上がればいいじゃないですか!?」


「う"……っ、」




口論は巫女が優勢のようだ。




「私だって、申し訳ないと思っているんです!いつまでも意地張ってないで、早く仲直りしてください……!」


「またそうやって……、人間をなんだと思ってるんですか!?」


「そんなのわかりません!」


「開き直っちゃダメでしょう!?」


「だから……!」




巫女は自称神様の方をまっすぐ指差した。


え……?




「わからないなりに、人間の方から色々聞いて、こうして成実さんを連れて来たんです……!」


「いや、何をどうアドバイスされたら無理やり私を担ごうってなるんですか……。」




もしかしなくても、私の言葉は巫女にバッチリ聞こえていたし、相談していたのは成実のことだったようだ。


となると、二人の人間の『もう片方』は……、




「……私か!?」




自称神様が思わず大きな声を出すと、巫女と成実の視線が自称神様に集まった。




「はい♪言ってやってください。」




なんだか妙な噛み合う形で会話に入ってしまった自称神様はさっきしたアドバイスをもう一度成実に話すよう巫女に促された。




「……、」




成実は気まずそうに目を逸らして、頑なに自称神様と目を合わせようとしなかった。




「……まあ、確かに『喧嘩別れしそうな友だちがいたら、引きずってでも会って話をさせろ』と言ったのう。」


「正確には『ふん(じば)ってでも連れて行け』です♪」


「いの一番に訂正する所そこなのか……?」


「だって私成実さんのこと引きずって来ませんでしたし。」


「そこはものの例えじゃッ!……というか、貴様私の言葉聞こえてるしバッチリ認識しとるな!?」


「ですね♪」


「まさか、今までも……、」


「百年経っても変わりませんね♪」


「貴様っ!わざと見えないふりしておったなぁ……!///」


「はぁい♪」




巫女は満面の笑みでねっとりと肯定した。




「ぐぉぉぉお……、」


「あの!」




自称神様と巫女が話し込んでいた横から、痺れを切らした成実が割り込んできた。




「とりあえず、巫女さんが色々考えてくれたのもわかりましたので……、私帰りま


「待てっ!」




成実がお賽銭箱の上にいつもより一回り大きいコンビニのレジ袋を乱暴に置いて立ち去ろうとすると、自称神様が成実の手を掴んで引き留めた。




「…………なに?」


「今日の成実……変じゃ。」


「いつも通りだ


「そんなことないッ!だって……、私、今日成実の顔一度も見ておらん!」


「……。」


「なんで、目を見てくれないんじゃ……。」




自称神様の声はヒビの走ったガラス細工のように今にも壊れてしまいそうな脆さを帯びていた。




「…………見たい顔なら、そこにあるでしょ。」




成実は自称神様に背を向けたまま、巫女の方をまっすぐ指差した。




「何……を、言って


「だから!……神様の生前の想い他人(びと)を重ねたいなら、私じゃなくてもいいでしょって言ってるのッ!!」




咄嗟に振り返って捲し立てる成実は溢れそうな程の涙を目に溜めていた。




「成実……泣いておるのか……?」


「…………なんで知ってるか、聞かないんだ。」


「それも気になるが、今は成実が泣いてることの方が大事じゃろう!?」




成実の目にかろうじて留まっていた涙が決壊してボロボロとこぼれ落ちた。




「成実……!?」


「……酷いよ。なんで……今になって、そういうこと言うかなあ……。せっかく……、せっかく、諦めて全部忘れて今までに戻ろうって……、決心、した……のに、」




際限なくこぼれ落ちていく涙と激しくなっていく嗚咽(おえつ)で言葉を紡ぐことがままならなくなり、成実は涙を無理やり抑え込むように片手で目を覆った。




「……もう、なんなんじゃ!ちゃんと言ってくれんとわからん……!ああ、もう!」




言葉たらずでひたすらに泣く成実に耐えかねて、自称神様は成実の身体を強く抱きしめた。




「……、」




子供をあやすように優しくポンポンと背中を叩く自称神様の手の感触が伝わってくる。


……抱きしめられた自称神様の温もりが伝わってくる。


……暖かいのに、自称神様の心音だけが聞こえてこない。


これが自称神様が死人であることの証左なのか、一喜一憂しているのが自分だけで自称神様の心が全く動いていない証なのか、確かめる術はない……。




「……少しは落ち着いたか?」


「……ごめん。八つ当たりした。」




自称神様が手を離すと、成実はゆっくりと一歩下がった。




「やっとまともに顔が見れたな♪」


「……、」




『顔』という自称神様の言葉に、ドス黒くてドロドロとした嫌な感情が肺を満たすような感覚をおぼえた。




「…………すまん。」




よっぽど酷い顔をしていたのか、自称神様は『顔』という言葉がトリガーになっていたことに気づいたようだった。




「その、なんと言って良いかわからんが……、


「ごめん……。」




自称神様は大きなため息をつくと、深く息を吸い込んで声を張り上げた。




「私だって、成実が私とおんなじ顔した奴とらぶらぶしとったら絶対嫌じゃ……ッ!」


「……………………ほえ?」




弁明なり慰めの言葉をかけられるものだと思っていたら、自称神様が突拍子もないことを言い出して思わず間抜けな声が出た。




「私だってにとって成実は成実でしかないし、成実はたった一人しかおらん!」


「……ごめん、何を言ってるのか


「だから……ッ!」




自称神様は成実の両肩が(きし)みそうな勢いで力強く掴んだ。




「私は、ちゃんと成実のことをみているし、これからもみていたい……///」




自称神様の一点の曇りもない力強い眼差しが成実の瞳を射抜いた。




「…………嘘。」


「なわけないっ!」


「嘘!……だって前に、私と初めて話したとき妙に馴れ馴れしくて嬉しそうだったの、私のこと巫女さんだと思ったからって……ッ!」


「違うッ!!」




自称神様と成実の対話は、絶対に譲るものかと言う語気と視線での真っ向からの殴り合いに発展した。




「私が嬉しかったのは……、成実が返事をしてくれたじゃ……!」


「『生前の想い他人(びと)が』返事したからだって言ってるの……ッ!」


「確かに成実はいつかのあの子とよく似てるけど、今まで私が成実に見せた表情(かお)は全部!成実だけに向いてた……ッ!!」


「なんでそんなこと言い切れるわけ!?」


「理由が欲しいならくれてやるッ!」




自称神様が成実の胸ぐらを掴むと、成実は身体が浮き上がりそうになってつま先立ちで半歩下がり、二人の均衡が崩れた。




「成実は私のことを友だちと言ってくれた!」




自称神様の語気はさっきまでの『言い負かされるものか』というものではなく、『伝えよう』という意思のこもった質の違うものへと変わっていた。




「いつか、お賽銭箱にお(さつ)捩じ込んだのだって……私が言った『友だち』って言葉を大事に思ってくれたから、いちいちお賽銭しなくて良いように……私が気負わなくて良いようにしてくれたんでしょう?」


「……かもね。」




成実は耐えられなくなって目を逸らした。




「嬉しかった……///ちゃんと言えなかったけど……。」




自称神様は胸ぐらを掴んでいた手を下ろすと、代わりに両手で成実の手を取った。




「あのとき……初めて、『友だちになれた』って思えたんだよ?……ありがとう///」


「!?///……神様、いつもの口調は


「……ッ!」




いつの間にか変わっていた口調に成実が言及しようとすると、『まだダメ』と言わんばかりに自称神様は微かに眉間に皺を寄せた。




「いつかたこ焼きを持って来てくれたときだって、私が寂しい思いしなくて良いように、成実なりに色々考えてくれたんだった……って///」


「都合よく考え過ぎ……///」


「じゃあなんであのときだけレジ袋隠したの?……いつもは帰るまでそこら辺に置きっぱなしなのに。」


「隠してなんか……///」


「……中に別のお店の袋が入ってた。寄り道してくれたんだよね?……私のために♪///」


「……///」



どんどん優しく暖かくなっていく自称神様の言葉に、表情に、成実にはもはや言葉で抵抗する気力は残っておらず、顔を赤らめて目を逸らすしかなかった。




「私がにっっがいチョコ食べたときだって……


「わかった!もうわかったから!?//////」




自称神様と成実の口論は成美の敗北という形で幕を引いた。




「……なにが?」


「ぅ……、その、神様が……私のこと、ちゃんとみてくれてる……って///」




ジタバタと逃げようとする成実の手を捕まえたまま、自称神様は満足げに勝気な笑みを浮かべた。




「うむっ!完全勝利じゃ♪」


「え、口調……。」


「ああ……、さっきまでは口調なんて気にしている余裕がなかったからのう///」




自称神様はバツが悪そうに成実の手を離すと、自分の指をいじり出した。




「それ、キャラ作りしてたの……?」


「威厳あるじゃろう〜?」




目を瞑ってうんうんと自信満々にうなづく自称神様に威厳なんて到底感じられなかった。




「そ……っか……♪///」


「な、なんじゃ!?」


「……いや、私のためにそんなに必死になってくれてたんだなって……♪///」


「ううう、うるさいっ!?///……とにかく、さっき言ったことだけはぜ〜〜ったいに譲らんからな……!///」




照れを隠すためか、自称神様は成美に背中を向けた。




「威厳?」


「違うわっ!?」




自称神様が振り向くと、そこには涙の跡でぐちゃぐちゃになった成実の笑顔があった。




「……まったく。」




自称神様は満足げにため息をつくと、お賽銭箱の上に置かれたおっきめのレジ袋を小慣れた手つきで漁り始めた。




「……あれ?」




自称神様の(まさぐ)る手が止まった。




「袋から出さないとダメだった……?」


「いや、そうじゃのうて…………無い。」


「『無い』ッ!?」


「全部抜け殻になっておる……!?」


「そんなはずないでしょ、ネズミに食い荒らされた訳じゃ…………、




「「あッ!巫女 (さん)!!」」




二人は共通の心当たりを思い出し顔を見合わせると、さっきからまったく会話に入って来なかった巫女を探して境内を見回した。




「いない……。」


「まさか巫女のやつ……、私の分のお供えを……!」




「残してありますよ?」




自称神様がワナワナと震えていると、お賽銭箱の後ろから、ほっぺに食べかすをつけた巫女がひょっこりと顔を出した。




「貴様ァァアア!!」




自称神様は絶叫し、巫女に飛びつくと両肩をガッチリとをホールドしておみくじでもするようにグラグラと揺すった。




「私の分じゃぞ!返せっ!……っていうか吐け!」


「食べちゃったものはどうしようもないですよぉ……。」


「まあまあ、また買ってくれば


「良くないッ!このお供えは成実が『神様と仲直りしたいな〜?神様が喜ぶものいっぱい持ってってあげよ〜』って、選んでくれたものなのに!!」


「私そんなクネクネしてないからッ!!//////」


「まあまあ良いじゃないですかぁ、ここは仲直りの成功報酬ってことで♪」


「良くないわ!あの袋には、アイスが入っておったのに……!!」




自称神様は膝をつき床を拳で殴った。




「そんなに悔しがる?」


「だって……、あれは成美に初めてもらったお供えなんじゃぞ!?」


「魚肉ソーセージ記憶から消したな?」


「ぅぅう、うるさいわッ!///」




自称神様はいつか見たような、魚肉ソーセージも真っ青な顔面真っピンクになった。




「なるほどなるほど、つまり貴方はあの二人用の瓶型アイスを成実さんとパッキン☆して一緒にいただきたい……と。」




巫女はほっぺについた食べカスを指で拭うと、目を閉じてうんうんと首を縦に振った。




「なんじゃ、煽っとるのか……!?貴様、お供えを食べられるということは、人間の成実と食べ物のシェアができないことなど知っておろうに……!」


「ええ、ええ。知っていますとも。」




巫女はなお首を縦に振り続けた。




「ところで成実さん?」


「はい?」


「成実さんは、この子と瓶型アイスをパッキン☆して、


「その擬音気に入ってるんですか……?」


「…………シェアをご所望で?」


「こいつ、強引に話を進めよった……。」




巫女は強引に言い終えると、まっすぐ成実の目を見つめた。




「ええっと、その…………できたら良いなとは。」


「なるほどなるほど♪♪」




巫女は目を輝かせて瞳に満面の星空を描くと、自称神様の正面に立った。




「……ふふん♪」


「な、なんじゃ気持ち悪


「歯、食いしばってください♪」


「「は……?」」




何をするのかと思えば、唐突に巫女の口から物騒な言葉が飛び出し二人がポカンとしていると、




「せぇいッッ!!!」




巫女は自称神様のみぞおちの辺りに恐ろしく速い正拳突きを見舞った。




「ごはぁ……ッ!?」




歯を食いしばっていなかった自称神様は身体の空気を全て吐き出し、力無く膝から崩れ落ちた。




「何してるのぉ!?」


「まあまあ、見ててください。」




自称神様は7日目の蝉のように地面に倒れ白目を剥き手足をピクピクさせていた。




「見てって……大丈夫なんですか、あれ。」


「大丈夫も何もあの子死人ですから♪」


「いやまあそうなんですけど……。」




少しの間見守っていると、自称神様は意識を取り戻し飛び起きた。




「貴様……ッ!盗み食いをした挙句、特に理由のない暴力に走るとは……!死ぬかと思ったぞ!?」




自称神様が巫女の胸ぐらを掴むと、巫女はその手を両手で包み込んで(なだ)めた。




「まあまあ、その物騒な手は引っ込めてください♪」




巫女はそのまま包み込んだ手を自称神様の胸に優しく押し当てた。




「『死ぬかと思った』けど、ちゃんと生きてるでしょう?」


「……!?」




自称神様は自分の手に伝わってくる規則的で微かな振動に気づくと、目を見開いた。




「ぇ…………!?」


「どうしたの?」




成実が不思議そうに近づくと、自称神様は無言で成実の頭を引っ捕まえて自分の胸元に押し当てた。




「何っ!?///」


「静かに……ッ!」




成実は自称神様に言われるがままに息を殺すと、白装束の向こう側の柔らかい感触の奥から、微かだが確かな、規則正しい命の音が耳に伝わってきた。




「うそ……!?」


「本当ですよ?」


「私……生き返ったのか!?」


「信じられないならもういっぺん死んでみます?」




巫女は目尻をひくつかせながら満面の笑みで右腕の袖を捲った。




「いやいやいやいや結構ですッ!?」




自称神様が後退(あとずさ)りするとお賽銭箱に背中がぶつかり、ついでに隅っこに置かれていたおっきなレジ袋から瓶型アイスの袋が溢れ出た。




「おっと!」




自称神様は咄嗟に瓶型アイスの袋を空中でキャッチした。




「……え?」


「なんじゃ、そんなお化けでも出たみたいな顔しよって……ん?下……?」




自称神様が成実が指差した先の地面を見ると、そこには何もなかった。




「何もないが……。」


「だから、『落ちてない』の!!」


「当たり前じゃろう。私がキャッチ……し…………、あれ?」




最初は成実の発言の意図がわからなかったが、遅れて自称神様は『瓶型アイスの袋を落とさずキャッチした』ことの意味を理解した。


それは、今まで縛られてきたお供え物の仕様を覆すものだった。




自称神様が経験で理解したお供え物の知識はこうだ。




一つ、お供えは奉納されないと受け取れないので手渡しは不可。自称神様からこっちへの手渡しも不可。


二つ、自称神様が食べているのはお供えの霊魂(もう死んでいると思うのだが……)の様なもので、自称神様サイドが食べても供えられた食品は無くならない。ただし再利用不可。


三つ、自称神様が食べてる間に供えられた食品を齧られたりするとその時点で没収。ネズミは万死。


四つ、自称神様が食べ終わった食品は食べても大丈夫。




「私、アイスの本体を、掴んでおるのか……?」




自称神様は今まで、お供え物の本体を食べることは愚か、触れることすら敵わなかった。


それが今は、本体を落とさずガッチリと掴んでいる。


これは自称神様の存在が今までと異質なものに変わっていることを証明していた。




「当たり前ですよ、『生き返った』んですから。」




巫女はお賽銭箱の上にどっかりと腰を下ろして足をぶらつかせた。




「私……本当に、」




自称神様は瓶型アイスの包装を破くと、中に入っていた二つ横並びのアイスの左右をそれぞれ掴んだ。




「うん……!」




成実に見守られながら、フルフルと震える両手に少しずつ力を込めて引っ張ると、パキンッと音を立ててアイスが二つに割れた。




「なななな、成実……、」




自称神様は更に震える手を成実に伸ばすと、




「うん……、」




伸ばした手は成実の指に触れ、冷たい感触が離れていった。




「「できた……ッ!」」




アイスがお互いの手から手へ渡った感動に、自称神様と成実は潤む目でお互いの顔を見合わせた。




「ああ……本当に、生き返ったんじゃな……。」


「もう、何回目?」




成実は笑いながら自分の目に溜まった涙を指で拭うと、いつかのようにお賽銭箱の前のちょっと低い段差に腰を下ろした。




「何回目だって構うもんか……!でも、




自称神様はいつかのように腰を下ろすと、成実を押し退ける勢いで自分の肩を成実の肩に押し付けた。




「今日が、成実と一緒に食べる記念すべき1回目じゃ♪」




お互いの垂れた髪が頬をくすぐり合う距離に見た自称神様の笑顔は、今まで見てきたどの笑顔よりも……、


きっと、生前の想い他人(びと)に見せたそれよりも眩しかった。




「じゃあ、最初の一歩は『一緒に』行くよ……!」




成実は持っていた瓶型アイスの片割れについていたプラスチックの輪に指をかけた。




「うむ♪」


「「せー……のっ!」」




自称神様も成実を真似ると、二人はお互いの顔を見合わせて頷き、パキンッというプラスチックの折れる音を重ねた。




「「いただきます♪」」






都会の片隅に慎ましく構える神社の、そのまたこじんまりとした境内。


1人の自称神様と、1人のしがないOLの手の中で、




「フフ……♪」




「「「『メシうま』じゃ(だね)(ですね)♪」」」




今日も『メシうま』が1つ、人知れず産声を上げた。


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