巫女、おこ
『メシうま』とは……
飯が美味いことである……ッ!
一仕事終えた後や、ひとっ風呂浴びた後だったり、親しい友人や恋人と囲む食卓は飯が美味い……というのが通説である。
こじんまりとした神社のまたこじんまりとした境内で、1人のしがないOL、榊成実と自称神様は今日も夜な夜なお供えで人知れず『メシうま』に興じるのであった……。
「OLさん、こんばんは♪」
「こ、こんばん……は。」
こじんまりとした神社のそのまたこじんまりとした境内で、1人のしがないOL、榊成実は今日も巫女もどきに待ち伏せされていた。
「ささ、どうぞどうぞ♪」
巫女もどきは成実の袖を摘むと、ぐいぐいとお賽銭箱の前の低めの段差まで引っ張って自分の隣に座らせた。
「どうも……。」
「OLさんOLさん、」
「なんでしょうか……?」
「願い事、言いました?」
成実は前にこうして巫女もどきと2人で話した時に、願い事の内容を聞かれたことを思い出した。
『内容を聞かれた』といっても、ほぼ一方的に恋愛関係と決め付けられただけなのだが……。
「言うわけないじゃないですかっ!?///」
また恋愛トークに持っていかれるかと思い成実が否定すると、巫女もどきは一瞬不機嫌な顔を見せ、かと思うと、しょんぼりと眉を下げてため息をついた。
「はぁ……。」
「そんなに落ち込まなくてもいいじゃないですか。」
「それが落ち込むことなんですよぉ……。」
巫女もどきはわざとらしくおっきなため息をもう一度ついてみせた。
「神様だって、お願い事がなんなのかわからないと叶えようがないじゃないですか。」
「そこはほら、神っぽく全能パワーで……、
「あったら良いですねぇ……。」
巫女もどきの目がどこか遠くを見つめていた。
この巫女もどき、ときどき言動が神様目線なんだよな……。
成実は既に自称神様と出会っているため、オカルト的な存在に対して恐怖心とかそういう類のものはとうに抱かなくなっていた。
「あ、OLさん……『随分と神様目線なんだな』って思ってます?」
「え"……!?」
心を読まれたかのように、ドンピシャで胸中を指摘されて動揺せずにはいられなかった。
「良いんですよ、敢えて神様っぽいこと言ってますから♪」
「そ、そうなんですか……。」
「もしかして……前に私のこと神様な訳ないって言ったこと、忘れてます?」
巫女もどきは口元を手で隠して余裕たっぷりに笑ってみせた。
きっと今までの私を困らせるような言動は過去の発言への報復のつもりなのだろう。
……もし推測通りなら、巫女もどきは遠回しに『私は神様です』と自白しているようなものなのだが。
「そんなこともありましたね。……いやあ、神聖な方に向かって申し訳ない。」
「わかってくれたなら良いんです♪」
巫女もどきはふんぞり返って得意げに頷いた。
「……というわけで、観念してOLさんの願い事を言ってください♪」
「参ったなぁ……。」
成実はすっかり困ってしまった。というのも……、
「これといった願い事なんて、無いんだよなぁ……。」
「…………は?」
巫女もどきの中で何か決定的なものがキレたのか、さっきまでニコニコしていたご尊顔から表情が消え失せた。
「あ、じゃあそしたら世界平和でも
「なんなんですか……。」
とても巫女もどきのものとは思いがたい、無機質で腹の座った、千年ものの怨霊のような声が成実の脊椎を震え上がらせた。
「人間っていつもそうですよね!?成実さんみたいな善人ばっかり無欲で、かと思えばどうしようもない悪人ばっかり叶えてもらう道理のない大層な欲に塗れて……!!」
巫女もどきは烈火の如く捲し立てた。
「ちょっ、巫女さん近い、近……ッ!?」
「もっとこう、欲張ってくださいよ……ッ!?成実さんは良い人なんですから!御伽噺ならとっくのとうに億万長者になってるような人なんですから!」
「ちょ……巫女さんっ!?」
巫女もどきに肩を掴まれて声が上擦った。
「それともなんですか……、鶴にでも化けてご自宅に押しかけないとダメですか!?」
巫女もどきはそのまま掴んでいた肩を強めに揺すり、成美の頭は前後にガクガク揺れた。
「そんなことありませんから、落ち着いて〜!?」
「……はっ!?」
成実がヘロヘロになっていることに気づいた巫女もどきは慌てて手を離した。
「あわわ!?すみません私ったら……。」
「いい、いやあいいんですよ……。」
成実はふらつきながらレジ袋から肉まんをニつ取り出した。
「あの、前にも言いましたが食べものは
「巫女さんにあげるなんて一言も言ってませんよ?」
「え……。」
「熱いから風に当てて冷ますだけですよ。」
成実は巫女もどきの制止を振り切って肉まんの一つをお賽銭箱の隅っこに置いた。
「食べてるとこ見られるの恥ずかしいので、向こう向いて食べてますね。」
成実はお賽銭箱の前のちょっと低い段差に腰を下ろすと、肉まんを置いたのとは反対を向いて手に持った肉まんを食べ始めた。
「OLさん、肉まん大好きなんですね。」
「……3つ買って来ちゃうくらいには、大好きですね。」
「3つ……。」
「……今食べてる1個と、そこに置いた1個を食べても更に1個残る計算です。」
成実は巫女もどきに待ち伏せされたことがあったのと、巫女もどきが神様っぽい言動をするのでもしかしてと思っていたので、お供えは多めに買うことにしていた。
「流石に算数はできますよ……。」
「……あ!そうそう。」
「なんですか?」
「願い事、ありました。」
「本当ですか!?」
「はい。私、一人暮らしなので、誰かと一緒に食事をしたいです。」
ほんの一瞬、境内が静まり返った。
「……ほんっと、無欲ですね。」
「神様は叶えてくれると思いますか?」
「さあ。……でも、叶うと良いですね。」
成実が肉まんを食べている後ろで小さい足音がすると、自分の背中に、自分のよりもちょっと小さい丸まった背中がくっつく感触がした。
「……仮に叶っても、こんなのささやか過ぎてノーカウントですから。」
「ここの神様はサービス良いんですね♪」
「……食事中はぺちゃくちゃしゃべるものではありませんよ?」
「ん♪」
成実は背中合わせのまま、巫女もどきの顔を見ず、ときおり何かを食べるように小さく動く巫女もどきの背中の感触を楽しみつつ肉まんを食べ終えた。
「ふぅ。ごちそうさまでした。」
成実が手を合わせると、巫女もどきの背中が離れた。
「では、私はそろそろ行きますね♪」
巫女もどきは足早に神社の奥へと歩き出した。
「ああ、どうも。」
かと思うと立ち止まって、
「……次会うときは、ちゃんと願い事考えて来てくださいね。」
と言い残し、また歩き出すと夜の闇へと消えていった。
「……参ったな。」
成実はお賽銭箱の上に置かれた肉まんを回収しようと手を伸ばすと、
「今日も肉まんか……!?」
お賽銭箱の後ろからひょっこりと自称神様が顔を出した。
「あ、神様。」
「にっくまん♪にっくま……
自称神様がお賽銭箱の上の肉まんに手を伸ばしたが途中でぴたりと止まった。
「……ネズミにでも齧られたか?」
どうやら自称神様は肉まんのお供えを手に取れず不審がっているようだった。
「もう一個あるからこっち食べな?」
成実はコンビニのレジ袋に入っていた手付かずの肉まんをお賽銭箱の上に置いて、冷めた肉まんを回収した。
「お、用意が良いのう♪」
自称神様はニッコニコしながらお供えの肉まんを手に取ってがっついた。
「……。」
成実は『ネズミにでも齧られた』という言葉を聞いて、いつか自称神様から教えてもらったお供えの仕様を思い返していた。
「確か……、」
一つ、お供えは奉納されないと受け取れないので手渡しは不可。自称神様からこっちへの手渡しも不可。
巫女もどきは私から食べ物を受け取ることを拒んだことがあったな……。
二つ、自称神様が食べているのはお供えの霊魂の様なもので、自称神様サイドが食べても供えられた食品は無くならない。ただし再利用不可。
三つ、自称神様が食べてる間に供えられた食品を齧られたりするとその時点で没収。ネズミは万死。
さっき自称神様は肉まんを手に取れなかった。どちらかが原因なのは間違いないけど……、
「齧られては……ないか。」
冷めた肉まんを確認したが、ネズミに齧られたような跡はどこにも見当たらず、肉まんは全くの無傷であった。
「……はむっ。」
四つ、自称神様が食べ終わった食品は食べても大丈夫。
「……うま。」
「美味いのう、美味いのう〜♪」
自称神様が肩をくっつけてきた。
「……だね♪」
『誰かと一緒に食事をしたい』。さっそく一つ願い事が叶ったなと思う成実であった。




