普段の話
『メシうま』とは……
飯が美味いことである……ッ!
一仕事終えた後や、ひとっ風呂浴びた後だったり、親しい友人や恋人と囲む食卓は飯が美味い……というのが通説である。
こじんまりとした神社のまたこじんまりとした境内で、1人のしがないOL、榊成実と自称神様は今日も夜な夜なお供えで人知れず『メシうま』に興じるのであった……。
真っ黒な空に満面の星が煌めく頃、こじんまりとした神社のそのまたこじんまりとした境内に、1人のしがないOL、榊成実が今日もやって来た。
「はぁ……、ちょっと遅くなっちゃったな……。」
成実が足早にお賽銭箱を目指すと、
「全くじゃ。」
隣から同じく慌ただしい足音に混じって聞き慣れた声がした。
「……なんで真似してるの?」
「面白そうじゃから。」
お賽銭箱の前のちょっと低い段差に腰を下ろし、息を整える。
「……成実はいつも大変そうじゃのう。」
「働いてるからね。」
「それはそれはご苦労さんじゃな♪」
不意に自称神様が成実の頭をポンポンと優しく叩いた。
「……子どもじゃないんだけど///」
「大人だって労われたら嬉しいじゃろ?」
「それはそう……かも?」
「なんで疑問形なんじゃ。」
成実は肩をストンと落とし、おっきなため息をついた。
「現代の大人は、感謝とか労いの言葉が義務になってる所があるからね……。」
「なんじゃそれ。」
「体調不良で休んだら翌日に病み上がりでもしんどいの我慢して『ありがとうございます』って言ったり、対して好きでもない初対面の人間に『お疲れ様です』から入ったり?」
「なんか……しんどいのう。」
「おかげさまで、現代の生きとし生ける大人はもれなく生ける屍になっちゃった。」
成実は肩をすくめて、冗談めかして自嘲した。
「……ご苦労さまじゃな。」
自称神様はまた成実の頭をポンポンと優しく叩いて労った。
「今の聞いて、なお『やる』の?」
「成実は、私が義務で労っていると思うのか?」
「…………いや///」
成実は自称神様の曇りのない瞳に耐えかねて顔を背けた。
「そうじゃろうそうじゃろう♪……成実だって、義務で労った訳ではないじゃろう?」
労った……?
少なくとも今日、一度も自称神様を労った覚えはないのだが……。
思い当たる節があるとするなら、
「……もしかして、初めて会った日のこと?」
「うむ♪」
そういえば自称神様と初めて会った日にも、お賽銭箱の前で労いの言葉をかけたっけ。
「あれは、仕事先から色々言われる自分と重なっちゃって……なんというか、親近感みたいな?」
「仕事……。」
自称神様は顎を触って眉間に皺を寄せた。
「成実はなんの仕事をしとるんじゃ?」
「え……?」
自称神様に言われて気づいたが、自分が普段何をしているとかは一度も話したことがなかった。
「……まあ、OLだね。」
「おーえる?なんじゃそれ。」
「う〜ん……まあ、神様になら言ってもいいか。」
「おう!くるしゅうない、言え言え♪」
自称神様は軽く横っ腹を肘で小突くと、レジ袋を持つ手を揺すってガサガサと音を鳴らし、成実にお供えを催促した。
「対して長い話でもないんだけどさ、
成実がレジ袋をお賽銭箱の上に置くと、自称神様はウッキウキで中を漁り、どら焼きの袋を取り出すと成実の腕を引っ張って隣に並んで座らせた。
「簡単に言っちゃえばお役人さんの下っ端だね。」
「なにいっ!?成実……、政府の犬じゃったのか!?」
よくそんな最近のスラングを知ってるな……。
「まあ……間違ってはないか。一番下っ端だけどね。」
「たくさん恨まれる仕事じゃろう?大変じゃよなあ……。」
「政府を悪の組織かなんかだと思ってる……?」
「違うのか?ここに来るみんなが小洒落た着物を着ておった頃なんか、『政府の犬めぇ……!』とか、『お主も悪よのう』とか……、飛び交っておったぞ?」
「随分特殊な場所だったんだね……。」
「なんなら私も、幕府には富くじで随分と世話になったからなあ!」
自称神様は肩で笑ってみせた。
歴史のことは詳しくないが、確か富くじは江戸時代くらいに神社だかお寺だかが金策でやっていた宝くじの先駆けのようなものだったはずだ。儲かりすぎて幕府……つまり当時の政府にビジネスモデルを取り上げられた……とかそんな話だった記憶がある。
「……おっと、成実のことは憎んでおらぬから安心せい♪」
「うん……?」
そして自称神様は私のことを国家のお偉いさんか何かだと勘違いしているようだ。
「えっと、今は国ってそこまで権力持ってないし、お役人さんの下っ端なんて商人くらいの立ち位置だよ?……雇われだし。」
「そうなのか……。」
何故か自称神様はシュンとしてしまった。
「『おーえる』なんて嘘つくくらいじゃから、神社を建て替える権力くらいは持っとるものかと期待したんじゃがなぁ……。」
「そんな権力ないって。OLって言ってるのも『政府の犬めぇ……!』って言われないため以外の理由なんてないし。」
「お役人が偉くないなんて、時代も変わったものじゃのう……。」
自称神様は不思議そうに腕を組んで首を傾げたときに、自称神様が手に持ったままでまだ開けられていないどら焼きの袋が成実の目に留まった。
「『変わる』と言えば……、そのどら焼きも現代になって変わってると思うよ♪」
「どら焼きが、『変わる』……?成実は冗談が下手じゃのう♪」
自称神様は『騙されるものか』と言わんばかりに高笑いした。
前に肉まんをあげたときに『饅頭はお供えの定番』と言っていたから、もしかしたら和菓子のどら焼きも知っているだろうと想定していたのだが、成実の予想は当たっていたようだった。
「まあ食べてみなって。」
「そんなムキに並んでも良いではないか♪」
成実に促されると、自称神様は鼻歌混じりに包装を破ってどら焼きを一口。
「……!?」
自称神様はどら焼きを咥えたまま、目を見開いて成美の方を向いた。
「いつも本当に、良いリアクションするよね……。」
少し待つと、最初の一口を味わい終えた自称神様がほっぺに生クリームをつけたまま前のめりに口を開いた。
「凄いぞ成実!餡子に混ざってまったりと重くて甘いのがこう……!」
自称神様はどら焼きを持ったままバタバタと大ぶりの手振りで言葉にできない未知の美味しさを表現した。
「そのほっぺについてるやつのこと?」
あんまりにも無邪気にはしゃぎ散らかすので、成実は自分のほっぺをチョンチョンと人差し指で軽く触れて、遠回しに自称神様のほっぺについた生クリームを指摘した。
「……、」
いつもなら顔を真っ赤にして恥ずかしがる所なのに、今回は無言でほっぺについた生クリームを指で拭い取り、そのまま咥えて下の上で転がした。
「……うむ!この、たくさん食べたら死んでしまいそうな、喉にに鉛を押し込むような背徳感……、正にこいつじゃ♪」
「……『美味しい』んだよね?」
あまりにも食べ物を好評するには不適切な表現に、成実は確認せずにはいられなかった。
「当然じゃ!成実が選んだものが不味いわけなんて、あってたまるか……!」
これは怒られているのだろうか、褒められているのだろうか……。
「……じゃが、こいつだけではないな。」
自称神様はどら焼きをもう一口。
今度は目を瞑ってじっくりと味わっている様子だった。
「……///」
ただスイーツを味わっているだけなのに、あまりにも真剣な表情をしていたので成実は思わず見惚れてしまった。
「…………、うむ!これは『茶』じゃな♪」
そして自称神様はいつもの威厳もカッコよさも微塵も感じさせない無邪気な表情に戻った。
「正解……。凄いね?」
「うむ。さっきの白いのと餡子の間に仕込まれておったわ。作ったやつもなかなか巧妙に隠すのう……。」
自称神様はどら焼きの設計に感心しているようだった。
コンビニスイーツなので当然機械の製造ラインで量産されており、『作ったやつ』など存在しないのだが、生クリーム一つではしゃぎ散らかしている所にそんなことを伝えたら収拾がつかなくなりそうなので、今は黙っておくことにした。
「じゃがしかし、その相性は実に天晴れ!白いのの背徳感を洗い流してくれるような清涼感のある苦味が次の一口を渇望させる……、」
自称神様は言葉の通りに次の一口を頬張った。
「……ん。成実の言う通り、菓子の時代も変わったのじゃなあ。」
自称神様はほっこりした優しい眼差しで遠くの月を見上げた。
「なんか、今日は随分と細かくコメントくれるね……。」
「当たり前じゃろう。この現代どら焼きは成実が私を驚かせよう、楽しませようと一生懸命選んでくれたものなのじゃろうからな。骨の髄までしゃぶり尽くすのが礼儀というものよ♪」
いつも子どもみたいにはしゃいで無邪気なところばっかり目につくが、驚くほど言葉の意図を察するのが上手かったり、こちらの計らいに全力で応えようとする姿勢は、自称神様の誠実な本性がそうさせているのだろう。
「うん。選んだ甲斐があったよ……♪」
だから、私はこうして毎日自称神様に会いに行くんだろうな……。
「……あ。どら焼きには骨も随も無かったか。」
決して威厳やカッコよさなど微塵も感じはしないのだが。
「……そういうとこだよ。」
「何がじゃ?」
「さあね。早く食べちゃいな?」
「……善処する♪」
自称神様は、驚くほどの遅さでどら焼きを骨の髄までしゃぶり尽くした。




