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ボリボリバレバレバレンタイン

『メシうま』とは……


飯が美味いことである……ッ!


一仕事終えた後や、ひとっ風呂浴びた後だったり、親しい友人や恋人と囲む食卓は飯が美味い……というのが通説である。


こじんまりとした神社のまたこじんまりとした境内で、1人のしがないOL、榊成実(さかきなるみ)と自称神様は今日も夜な夜なお供えで人知れず『メシうま』に興じるのであった……。

「ちょっこれい、と♪ちょっこれい、と♪」




お天道様が真っ赤になって、人通りのない都会の裏道の果てに沈む頃。


コンビニのレジ袋をガサガサ揺らして、そのままどっかに浮いて行ってしまいそうなかる〜い足取りで音痴な鼻歌を奏でるしがないOLの姿が一つ。




「ちょこれい




しがないOL、改め榊成実(さかきなるみ)は今正に黒歴史製造中……。




「と〜♪




一段一段がちょっと高い古めの石階段に一歩乗り出すと、




「ちょいちょい。」

「わぁぁぁぁぁああああ!!??//////」




さっきまで誰もいなかった背後から肩をトントンされ、成実(なるみ)はいつか流行ったきゅうりを見つけたネコの様に飛び上がった。




「なんじゃ、うるっさいのぉ……。」




成実の肩をトントンしたのは、この階段を登った神社の境内に居着いている、烏の濡れ羽色のショートヘアーに白装束姿の自称神様だった。




「人の恥ずかしい姿を……!!///」


「成実が勝手に見せつけてきたんじゃろうが……。『ちょっ




自称神様が成実の音痴な鼻歌を真似た刹那、成実は自称神様の首に腕を回して締めつけた。




「あががが……!?貴様っ、神様に向かって不敬な!?」


「信仰される様な人は他人の黒歴史抉るような真似しないの……ッ!」






「「はぁ……、はぁ……。」」




それからちょっとの間揉みくちゃになって疲れた2人は階段に腰を下ろして肩で息をしていた。




「そういえば神様……、わざわざここまで出て来るってことは、何かあんの……。」


「ああ、そうじゃった……。前に巫女もどきが来たじゃろう。」


「巫女もどき……。」




成実は前に境内に現れた、巫女の格好をした栗色の髪の女性のことを思い出した。


自称神様が『もどき』と言うのは、自称神様は何百年もこの神社にいるのに、巫女もどき(推定)が成実の前に現れた一回しかその姿を見たことがなかったからである。



「……あ〜。」


「その巫女もどき、今日も来てるんじゃ……。」


「じゃあやっぱりマジ巫女なんじゃない?新入りとかさ。」


「…………、とにかく見てくると良い。気づかれない様にな?」




自称神様はもともと成実以外に聞こえないのにわざわざ耳打ちをした。




「まあ……見てくるよ。」




成実は自称神様の態度を不審がりながらも階段を登り身を潜めて境内を覗くと、確かに前に見た巫女もどきが1人で何やら右往左往していた。




「何してるんだあれ……。」




成実が耳を澄ますと、




『ま、またお会いしましたね……///』




巫女もどきが誰もいない場所に向かって何か言っていた。




『また会いましたね。』




……かと思うと、巫女もどきはさっきまで話しかけていた場所に立って振り向き、自分がいた場所に挨拶を返した。




「……一人芝居?」


「舞台にでも立つのかのう……?」




いつの間にか自称神様が成実の真横で一緒に覗いていた。




『OLさんは、いつもこの時間にいらっしゃるんですか?』


『いや、今日はたまたま早く帰れたから……。』


『そうですか♪』


『なんで巫女さんが嬉しそうなんですか?』


『フフ♪「待ち人来たる」ってやつです♪』


『おみくじ……?』


『それっぽいこと言ってみました。わたし、巫女さんですので♪』


『もしかして巫女さん、私におみくじ買わせようとしてます……?』


「今は営業時間外ですよ?」


『で、ですよね……。』


『それに、おみくじなんて買わなくてもOLさんは幸せそうに見えます♪』


『そ、そうですかね……?』


『これもきっと神様の巡り合わせでしょうか……?』


『そ、そうかも……?はは。』


『もしかして勘違いでした……?すみません、わたしったらOLさんにまたお会いできたのが嬉しくて、つい……///』


『つい?』


『あっ!?///すすす、すみません!?お参りの邪魔になっちゃいますので、わたしはこれで〜!?///』




巫女もどきは恥ずかしそうに両手で顔を覆い神社の裏へ走り去っていった。




「…………何あれ?」


「しっ!驚くのはまだ早いぞ……。」




自称神様がお賽銭箱の前を指差すと、さっき走り去っていった巫女もどきが戻ってきていた。




「え……?」




巫女もどきは深呼吸してグッと両手の拳を握り眉を吊り上げ、あたかも『頑張るぞ!』と意気込む様な仕草をすると、




『ま、またお会いしましたね……///』




巫女もどきはまた誰もいない場所に向かって何か言いだした。




『また会いましたね。OLさんは、いつもこの時間にいらっしゃるんですか?』


『いや、今日はたまたま早く帰れたから……。』


『そうですか♪』




成実が間抜けに口を開いて唖然としていると、ついさっき聞いた覚えのある一人芝居が寸分の狂いもなく繰り返された。




「……かれこれ1時間じゃ。」


「  」


「巫女もどきが言う『OLさん』は成実のことじゃろう?早く終わらせてくれ……。」




自称神様はガックリと肩を落とすと、要介護者の様な力のない張り手で成実の背中を叩いて参道へと押し出した。




「ええ……ッ!?」




よろけた成実は慌てて足音を殺し、巫女もどきがいた方に目を向けると、




「OLさーーん♪♪」




こちらに向かって満面の笑みでブンブンと手を振る巫女もどきと目があった……。




「あ……その、どうも。」




見つかってしまった以上回れ右して逃げるわけにもいかないので、成実はしぶしぶお賽銭箱の前で待つ巫女もどきのもとへと重い足取りで歩いていった。




『ま、またお会いしましたね……///』




巫女もどきはさっきまで繰り返していた一人芝居と全く同じセリフを成実に語った。




「……ッ!?」




背筋が凍りつく様な悪寒が走り、思わずうわずった声が漏れそうになった。




「……?」




巫女もどきは一点の曇りもないガラス玉の様に純粋な目で成実の顔を見つめ、返答を待っていた。




『また……会いましたね。』




巫女もどきの期待を裏切ってはいけない……。成実はなぜかそんな衝動に駆られ、気が付けば巫女もどきの一人芝居のセリフをなぞっていた。




「♪」


「……ッ!?///」




巫女もどきはキザな口説き文句で賛美された貴婦人の様に口元を手で覆い上品に微笑んだ。




「……ったく、だらしなく鼻の下伸ばしよって。」




……そんな2人を自称神様は物陰から引き続き観測していた。




『OLさんは、いつもこの時間にいらっしゃるんですか?』




巫女もどきはさっきまでの一人芝居を寸分の狂いもなく再現し続けた。




『いや、今日はたまたま早く帰れたから……。』




成実は巫女もどきの一人芝居に抗うことができなかった。


ガラス玉の様な曇りのない視線が無言の天命となって、成実の口を動かしているかの様で……、




『そうですか♪』




上品で暖かい微笑みに脊椎が震え上がる奇妙な感覚を覚えた。




『な……、なんで巫女さんが嬉しそうなんですか?』


『フフ♪「待ち人来たる」ってやつです♪』


『おみくじ……?』




ついに頭で考えるよりも早く、巫女もどきの言葉に食いつく様に言葉が勝手に飛び出した。


テレビでみる、催眠術で操られている人もこんな感覚なのだろうか……と考えていると、巫女もどきは胸の前でパンっとお祓いの柏手(かしわで)のような大きな拍手をして成実の思考を中断した。




『それっぽいこと言ってみました。わたし、巫女さんですので♪』


『もしかして巫女さん、私におみくじ買わせようとしてます……?』


『今は営業時間外ですよ?』


『で、ですよね……。』




抗うことに疲れ、なんだか頭がぼーっとして思考することもままならなくなってきた成実は、巫女もどきの一人芝居に身を委ねることにした。




『それに、おみくじなんて買わなくてもOLさんは幸せそうに見えます♪』


『そう……です、かね……?』


『これもきっと神様の巡り合わせでしょうか……?』


『そ、そうかも……?はは。』


『もしかして勘違いでした……?すみません、わたしったらOLさんにまたお会いできたのが嬉しくて、つい……///』


『つい?』


『あっ!?///すすす、すみません!?お参りの邪魔になっちゃいますので、わたしはこれで〜!?///』




巫女もどきは恥ずかしそうに両手で顔を覆い神社の裏へ走り去っていった。




「……。」




巫女もどきが去った後もぼーっとその場で立ち尽くしていると、見かねた自称神様が両手のひらで成実のほっぺをサンドした。




「……、はっ!?」




成実は目の前にむくれた自称神様のご尊顔を見つけて我に返った。




「な〜に余韻に浸っておる!」


「あれっ!?巫女さんは……!?」


「とっくにどっか言ったわ!」


「いつの間に……。」


「目の前で走り去って行ったじゃろうが、狐に摘まれた様な顔しよって……!」




自称神様はいつになく不機嫌な様子だった。




「ま、まあまあ……これでも食べて落ち着きなって……。」




成実はコンビニのレジ袋から1枚の板チョコを取り出すとそのままお賽銭箱の上に置いた。




「なんじゃその平べったいの?」


「板チョコだよ。」




さっきまでの不機嫌は何処ぞへか、自称神様はお賽銭箱の上に置かれた板チョコに興味津々だった。




「ほうほう……、」




自称神様は器用に板チョコの包装を剥がすと不思議そうに本体を見つめていた。




「甘いのか?しょっぱいのか?」


「食べてみればわかるんじゃない?」


「心構えとかあるじゃろう。見た目白米なのにめちゃくちゃ酸っぱかったりしたら成実も嫌じゃろ?」


「確かに。」


「……で、この板チョコはどんな味なんじゃ?」




目をキラッキラに無邪気に輝かせて透けないのに板チョコを月明かりにかざす自称神様の横顔が成実には夜空の星々に負けないくらい眩しく感じられた。




「なんじゃ?なんじゃ……!?」


「  」




……のも束の間、小蠅の様にまとわりついてくる自称神様が鬱陶しく思えると、さっき参道に突き飛ばされたことの仕返しがしたくなった成実は、




「……恋の味。」




ちょっと意地悪してみることにした。




「……。」




はぐらかされた自称神様はほっぺを膨らませて無言の抗議をすると、板チョコの角をほんのちょっとだけ齧った。




「…………苦い。」


「そうそう、恋っていうのは甘いだけじゃなくてほろ苦な


「甘くない……。」


「え"……?」




涙声で俯く自称神様の様子に違和感を覚え、慌てて持っていたレジ袋を漁り中からミルクチョコレートを取り出すと、夏場でもないのにダラダラと汗が成実の背中を流れた。




「やばっ、間違えた!?」




成美は慌ててお賽銭箱の上に置かれた板チョコを取り上げて包装ごとへし折ると、代わりにミルクチョコレートを置いた。




「あっ……。」




自称神様の手から板チョコがパッと消え去った。


いつか自称神様が言っていた、『供えられたものを齧られたりすると神様サイドは即没収』というお供えの仕様が適用された形だ。




「そんな……。」




自称神様はいっそうの涙声を漏らしその背中には夜中でもはっきりわかる程の悲壮感が漂っていた。




「こっち!代わりにこっち食べて、ほら……ッ!」




成実は慌てて自称神様の前に回り込むと、全身全霊の手振りでお賽銭箱の上に置かれた板チョコのミルク味に誘導した。




「……また、苦いやつなのか?」


「違うっ!今度はちゃんと甘いやつだから!?さっきのは私用のブラックだから、間違えてごめん……ッ!!」




成実は誠心誠意手を合わせて自称神様に謝罪した。




「なんで、そんなに謝るんじゃ……?」




自称神様は潤んだ声で問いかけた。




「それは、その……。『恋の味』とか言っておいてブラック……超苦いのを渡すのは、やりすぎたというか……。」


「…………そう、か♪」




自称神様は涙を拭って微笑んだ。




「神様?」


「成実にとって、恋は苦いだけのものではないんじゃな……♪」




さっきまでとは打って変わって、自称神様は身体の内側から湧き出してくる堪えきれない嬉しさを押さえ込むかの様な声色で、胸の前で両手の指をいじっていた。




「そんなに嬉しいの……?」


「うるさいっ!///」




自称神様はお賽銭箱の上に乱暴に座ると、ミルクチョコレートの包装をまた器用に剥がした。




「縁結びの神様が恋を讃美されて喜ぶことが、そんなに可笑しいか……!///」




自称神様はチョコの隅っこをまたほんのちょっとだけ齧った。




「……♪///」




そっぽを向いた自称神様の後頭部が嬉しそうにゆっくりと何度も頷いていた。


どうやらミルクチョコレートはお気に召した様だ。




「ねえねえ神様、


「なんじゃ、私は今忙しいんじゃが……!」




自称神様は大事そうに、ちょっとずつミルクチョコレートを齧っては味わっていた。




「食べながらで良いよ。」


「……うむ。ならば苦しゅうない。」


「今日って何日だったっけ?」


「2月の14日じゃが。」


「そうだね♪」


「なんじゃ、バカにしておるのか?」


「い〜や、神様知ってるかな〜って。」


「何をじゃ?」


「遠い遠い地域の風習。」


「……さっさと話さんか。」


「『バレンタイン』っていうんだけど。」


「ふむふむ。」


「毎年この日はね、友達とか家族とか恋人みたいな……大事な人に花とか、チョコとか、贈り物をするんだよ♪」




成実はお賽銭箱に手をついて軽く跳ぶと、ミルクチョコレートが置かれた隅っこを避けて腰を下ろし、自称神様と肩が触れ合った。




「ッ!!??//////」




……と思ったら、すぐさま自称神様がお賽銭箱から飛び降りてその場で床に腰を下ろし、お賽銭箱に寄り掛かった。




「そんなに嫌がることないじゃん……。」


「ば……っ!?嫌がっている訳ではないわっ!///」


「ふ〜ん?」




成実は自称神様を追いかけると、今度は肩が触れ合わないくらい間隔をあけて隣に腰を下ろした。


成実がふと横を見ると、自称神様は顔を赤くして、まだまだ残っているミルクチョコレートを大事そうに、大事そうに少しずつ齧っては味わっていた。




「そんなに美味しいの?」


「覗くな……!///」


「でも神様が食べ終わらないと私帰れないんどけど。」


「だからこうして……、




自称神様は何かまずいことを口走りそうになったらことに気づいたのか、90度回って成実に完全に背中を向けた。




「……ま、いいや。私もブラックな方た〜べよっ。」




成実はレジ袋に戻していたブラックチョコを取り出して包装をビリビリと破くと、そのままボリボリと齧り進めた。




「……にっが。」


「……恋の味なら責任持って喰らわんか。」




成実は肩に何か重さを持った暖かい感触を覚え、目だけで横を見ると、自称神様の丸まった背中が肩に寄り掛かっていた。




「……こりゃ、飲み込むのに時間がかかりそうだ。」






バレンタインに湧く世間と道路を何本か隔てた、とある都会の裏道に位置するこじんまりとした神社の真っ暗な境内で、風の音に混じってボリボリとチョコを齧る音がこだました。

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