第8話 罪と族
遊楽は【忍法法人・溶怪会】のビラを手に取り、その中央にあるシンボルマークを指差した。
「溶怪会のシンボルが『金の龍』なのも、この金龍雨天神話からきているそうだ。ほら、ここに書いてあるぞ」
「死んでから崇められてもなぁ……」
遊楽は翠雨の肩を咄嗟に揺すった。
「お前さんよ、感情移入し過ぎだ。都市伝説系は笑いながら見るくらいが丁度いい」
「……分かった、もう龍の話は終わりにする」
翠雨は、意識を現実へと繋ぎ止めるように【溶怪会】のビラを覗き込み、ポツポツと語り始めた。
「そういえば、溶怪会って謎が多いよな。港でもビラを配っとるし、バス停にもポスターが貼られるようになった。溶怪会っていつからあるんだろう。左遷ヶ島に入ってきたのは最近だよな?」
「今から約600年前に京都地方で生まれました……だと。天睛役者の黎明翠が京都で活躍していた時期と被るな。今年から本部を左遷ヶ島に移転したらしい。ほら、色々書いてあるよ」
遊楽は【溶怪会】のビラを翠雨に手渡した。
ビラには映画のキャッチコピーのように【溶怪会は「憑者」との共存社会を目指しています】と書かれていた。
「……憑者?」
遊楽はスマホで【憑者】と検索すると、自分なりの言葉で説明した。
「心身に不調を抱えた人々を指す用語らしい。犯罪者や不貞行為を繰り返す者も含まれるそうだ。彼らの問題行動も全て、目に見えない妖怪のせいなんだと。運悪く妖怪に取り憑かれてしまった者、略して【憑者】……その不自由を『妖怪のせい』だと言い切って、心を溶かして救おうっていうんだから、救済なのか洗脳なのか分かったもんじゃないな。犯罪者も含まれるって……被害者はそれで納得出来るのか?」
翠雨の頭の中に、ある疑問が浮かんだ。
「溶怪会はその人達を集めて、どうするつもりなの?」
「ほれ! 答えが分かったぞ」
遊楽は自分のスマホを翠雨へと差し出した。何か企んだような、愉快な笑みを浮かべている。
「溶怪会会館にて、【忍法,溶かし妖怪の術】に励んでいるらしい」
「忍法,溶かし妖怪の術?! ハハハッ!!!」
遊楽は大きく伸びをして話を続けた。
「憑者といい、溶かし妖怪といい、溶怪会の創始者は頭に残る言葉を作るのが上手いよなぁ」
「絶対ひょうきん者だよな。でも憑者の話を聞くと闇がある感じもするし……晴雨の民〜とか言ってるお兄ちゃんとは気が合うと思う」
スマホ画面を見つめる翠雨の動きが止まった。
「っ……?!」
彼は【創始者】のプロフィールを凝視している。
【今から約600年前、左遷ヶ島に生まれる。創始者の名は__】
「お兄ちゃん……これ、嘘だよね」
【 王階 溶怪 】
「お前さん、まさか知らなかったのか?……翠雨も自分も王階 溶怪の直系だよ」
翠雨の顔から血の気が引いていく。
「……じゃあ、もしかして、」
溶怪会と王階家にまつわる奇妙なエピソードが溢れ出して止まらなくなった。
「毎朝、玄関に溶怪会海洋深層水が供えられてるのも……」
「あれは海洋深層水ではないだろうなぁ。鼻から磯の香りが抜ける……でも、昔どこかで嗅いだことがあるような……無いような……」
「毎月、お父さん宛にシルク100%のゴージャスなピンク服が届くのも……」
「堂々と着てるうちの父親もなかなかだよなぁ。肌触りが良くて気に入っているらしい」
翠雨は引きつった顔で頭を抱えた。
「溶怪会会館がうちの隣に出来たのは、偶然じゃなかったんだ」
「翠雨を芸能人にして広告塔にしたいようだ。お前さんは顔がとてつもなく美形だからな。島外でもウワサになってる」
「……」
「お前さんは好感度が高い顔をしている。
チャチャチャ坊やのようにな」
「イジっとるやろ……だいたいお兄ちゃんは呑気すぎるよ」
翠雨は心の底から呆れている様子だ。
「このままだと左遷ヶ島はヨーカイカイ島になってしまうよ。タカシの叔父さんは溶怪会にハマりすぎて大変なことになってる。観光客も溶怪会の広告が多すぎてドン引きしとる。島に人が寄り付かなくなったら人口は減る一方っちゃ、そしたらジ・エンドだ」
翠雨の瞳の奥に強い光が宿った。
「王階家のせいで左遷ヶ島が廃れるかもしれないんだよ?お兄ちゃんはそれでもいいんか?」
遊楽は静かに腕組みをしていた。表情は穏やかだが、瞳の奥には確固たる光を宿している。
「翠雨……王階溶怪は600年遡ったご先祖だ。血の繋がりだってもう、殆どないよ。お前さんが責任を感じる必要はない。自分のために時間を使うべきだ」
遊楽は一点を見据えている。
「だいたい、血筋にこだわるから争いが生まれるんだ。一族の恨み!なんて言って関係のない子孫が憎みあったりな」
「お兄ちゃん……話が壮大になりすぎだよ。急にどうした?」
遊楽の眼差しは一国の主のように、神々しかった。
「ひとりひとりが、自由に生きるべきなんだ」
遊楽は自分に言い聞かせるように翠雨に語りかける。
「翠雨……父さんと自分は全く似ていないだろ? 血の繋がりなんて、そんなものだよ」




