第7話 〜金龍雨天神話〜
翠雨は【龍】の紹介文へと視線を走らせた。
「水の神様として祀られる霊獣……まぁ見た目はみんな知ってるけど、【鬼の目】をしていることは知らなかった……会ったら腰を抜かしそうだ」
翠雨は興奮気味に身を乗り出している。
「おれは、龍が妖怪の中で一番格好いいと思う。強くて鋭くて男の憧れを全て詰め込んだ生き物だっちゃ。神様だから性格も優しいだろうし……」
遊楽は【龍】の紹介文、全てに目を通し終えたようだ。
「雄々しい生き物のようだな。それを優しさと取るか、自分勝手と取るかは人それぞれだ」
遊楽はページの一部を円を描くように指先で囲んだ。
「読んでごらん。この話を」
翠雨は兄の言うことを素直に聞いた。
「雨を降らせた、龍の話……?」
見出し文の隣には、物悲しい表情をした絵本のようなタッチの小さな龍が描かれていた。その眼には、大粒の涙がキラリと光っている。
タイトルは【 金龍雨天神話 】だ。
「引き裂かれた龍を祀る寺……
京都、【 龍雨院 】」
翠雨の瞳が一瞬にして変わった。周りの雑音が遠ざかり、図鑑の文字が鮮やかな映像となって頭の中に流れ込んでくる。
映写機が回り始めたかのように、情景が浮かび上がった。
―― 金龍雨天神話 ――
今よりもずっと昔の話……
京都地方の住民達は、干ばつに苦しんでおりました。
都を治める皇帝は、帰る場所のない一人の少年に残酷な命令を下します。
「龍神を呼び寄せ、雨を降らせなさい。
さすれば京の都に、君の居場所を必ずつくろう」
少年がたどり着いた静かな沼には、小さな金龍がひっそりと暮らしていました。
その神々しい鱗を狙う人間たちを恐れ、孤独の中で身を隠していたのです。
少年は、自分と同じ寂しい瞳をした龍にそっと寄り添いました。龍の孤独を知った少年が求めたものは、彼との友情でした。
傷を抱えた金の龍。
ただ一人、沼のほとりに座る少年。
その絆は強く、そして深く結ばれていきました。
龍は少年の幸せを願いました。彼が独りぼっちにならない世界。それは、少年が涙ながらに口にした「都に雨を降らせる」という、皇帝との約束を叶えることでした。
別れは、静かに訪れます。
龍は少年の願いを聞き入れ、天界に住む龍王の元へと姿を消したのです。
少年が都で、暖かい居場所を得るために。
やがて、京都に待望の雨が降り注ぎました。田畑は生き返り、人々は歓喜に沸きます。
しかし、その恵みの雨は、いつしか不気味な血の色へと染まっていきました。
突如として天を切り裂く轟音が響き渡り、人々が駆けつけた地上には、無残に八つ裂きにされた小さな龍が横たわっていました。
京都地方を襲った干ばつは、龍王が起こしたものでした。
龍王は、自分勝手な人間たちを懲らしめるために干ばつを起こしたのです。
しかし小さな金龍は龍王に逆らい、地上に雨を降らせました。
「人間に情けをかけるとは如何わしい。一族の掟に背く者を、王として許さぬ」
龍王の怒りに触れ、八つ裂きにされてしまったのです。
悲しんだ人々が、小さな龍の冥福を祈り、京都に【 龍雨院 】を建設しました。
―― おしまい ――
「龍王は王様なんだからもう少し優しくなれっちゃ」
翠雨は妖怪図鑑をバタンと閉じた。口を尖らせ独り言を続ける。
「皇帝だって自分が雨乞いに行けばいいのにどうして少年に行かせた? 少年は一生後悔するよ。自分のせいで龍が死んでしまったから」
遊楽は穏やかな眼差しで翠雨の様子を伺っている。翠雨は珍しく怒っていた。
「作り話であっても、こういうのは好きじゃない。感動ストーリーにされるのは嫌だ……龍と少年が、ただただ気の毒だっちゃ」
「お前さんは優しいからなぁ。まぁ気にするな、ただの作り話だよ」
翠雨は返事もせず遠い目をしている。
「京都、龍雨院か……寺の人達は輪廻転生って言葉をよく使うよな」
翠雨は小屋の天井を見上げた。木の板が敷き詰められた隙間だらけの天井だ。
「おれがその少年だったら、輪廻転生を信じたくなるだろうな。金の龍は寺に祀られた神様だ。何百年も経てば、いつか姿を現してくれるかも知れない」
屋根裏には小さな生き物が住み着いていたようだ。イタチやテンの類だろう。
天井には悲しい血痕のシミが滲んでいた。
「もし願いが叶うなら……金の龍に会って、謝って、自分の命を差し出す。次は自分が龍を助けたいから。少年が、もし龍とまた、出会えたら……きっと何百年経っていても思い出せるんじゃないかな。龍と少年は、親友だから」
翠雨はサラリと言い放った。瞳には嘘偽りのない光が宿っている。
「おれは龍にもう一度生きて欲しい。窮屈な世界を飛び出して、自由になってほしいんだ」
【〜金龍雨天神話〜】について……
日本全国に伝わる、幾つかの龍の伝承を参考にさせていただきました。その上でオリジナル要素を入れています。




