第6話 妖怪図鑑ダイジェスト版(挿絵あり)
妖怪図鑑と記された小冊子には「ダイジェスト版」と補足がされていた。どうやら、本編が存在するようだ。
妖怪図鑑を開いた遊楽は「はじめに」と書かれたページで手を止めた。
「月刊・神秘塾の編集長が作った本だって。溶怪会とは無関係だよ。ほら、著者……転生寺リンネって書いてある」
隣で身を寄せあう翠雨も、このページに書かれた長い文章を目で追った。
「……もう読み終わったの?」
「言い伝えの妖怪だけを紹介した真面目な本なんだと。創作っぽい妖怪は避けてある」
「……さすが、IQ160の男」
「精神病院は知能検査が好きだよな〜。簡単な問題ばかりで退屈だったよ。二度とやりたくない」
「……おれのお兄ちゃんって天才だよなぁ、おれのお兄ちゃんなのに」
ふたりは妖怪図鑑をテーブルに広げ、会話を弾ませていく。数ページを読み終えたところで、翠雨は妙な顔をして首をひねった。
「お兄ちゃん、爺面虫ってなに?」
「爺面虫は自分も聞いたことが無いなぁ」
翠雨は口をとがらせた。
「言い伝えの妖怪だけを集めた真面目な本だよね? 知らない妖怪ばっかり出てくる……転生寺リンネが適当に書いた本としか思えんよ」
「なんとも言えん。とりあえず、爺面虫について見てみよう」
遊楽は【爺面虫】の紹介文を読み上げていった。
「ごきげんよう、とだけ挨拶をして去っていく人面虫妖怪。体は10センチほどの巨大なハエ、頭は、ちょんまげヘアーのお爺。魅力のある美少年にのみ寄っていくため、売れる役者を発掘する際に使用されていた歴史がある……だと」
「聞いたこと無いっちゃ」
遊楽は爺面虫に関する豆知識まで読み上げていく。
「討死した武将の垢から発生した妖怪。武将の小姓が持ち帰り、育てたことが始まり。爺面虫は戦を見ると自ら参戦する」
「……小姓?」
「武将の身の回りの世話や警護をする少年のことだよ。美少年が選ばれ、武将から寵愛されることもあった……寵愛っていうのは、ひいきして可愛がることだ」
(爺面虫からご挨拶)
遊楽が顔を上げると、翠雨は青白い顔をして固まっていた。
「翠雨、これは胡散臭いことで有名な、転生寺リンネが作った本だ。都市伝説と同じで楽しんだもの勝ち……ほら、こっちも見ろよ」
彼は、いたずらっぽく隣のページを指さした。
「婆面虫」
「なにこれ、怖いっちゃ!!!」
遊楽はすかさず【婆面虫】の紹介文を読み進めた。
「体は10センチほどの巨大なサナギ、頭は山姥ヘアーのお婆。戦が起こる数カ月前になると農村に現れるため、農民たちの事前避難の際に使用されていた歴史がある……はははっ!!! これは……」
遊楽は急に腹を抱えて笑い出した。説明文の一部を指さす。
「爺面虫の進化系が婆面虫……強烈だな」
翠雨は目を丸くしながら問いかけた。
「爺面虫ってお爺の顔をした人面虫のことだよね? 武将から生まれた妖怪が……女体化?!」
翠雨が【婆面虫】のページを覗き込むと、遊楽は話を繋げた。
「爺面虫の中には、争いを嫌う個体が一部存在する。争いの匂いを嗅ぎつける能力に優れ、戦を予知すると女体化。生き残るために木の高い場所でサナギとなる……」
遊楽の解説は止まらない。
「女性に生まれていたら、戦に行かなくて済んだのかなぁ。女性になりたいなぁ……そう願い続けた爺面虫が女体化。これが【婆面虫】の祖とされている」
ふたりは、妖怪図鑑に夢中だ。
遊楽は全体のページを物凄い速さでめくり始めた。妖怪の名前にだけ、目を通しているようだ。
「後半のほうでやっと聞き覚えのある妖怪が出てきた……ほら、鵺は有名だよ。黎明翠についての記述もある」
「……鵺? 黎明翠に関係がある妖怪なの?」
「言い伝えではそう言われているが、作品が見つからない以上確証は持てない……よし、ここからは翠雨が解説を読んでくれ。エネルギーを使いすぎた、自分は休憩タイムに入る」
遊楽は妖怪図鑑をポン、と翠雨の目の前に置いた。
「お兄ちゃんの感情って、ビックリするくらいクルクル変わるよな。さっきまで、あんなに元気だったのに」
「晴雨の民だからな……自分でも意図せず、心が雨模様になったり勝手に干ばつを起こしたりする」
「晴雨の民なんて聞いたことないよ……ま〜た新しい言葉を作ったのか」
翠雨は【鵺】の紹介文を指でなぞるように追いかけた。
「夜中に悲しい奇声を上げて、皇帝を悩ませた正体不明の妖怪。その姿は、頭が猿……胴体がタヌキ。手足が虎、そして尾が蛇という……悪夢に出てくるモンスターみたいだっちゃ」
「……」
遊楽が急に真面目な顔つきになった。翠雨は驚いた様子でその横顔を見つめている。
「自分もみたことがある」
「えぇーーー?!」
「気がするだけさ〜♪」
肩を落とす翠雨を横目に、遊楽は淡々と話を続けた。
「皇帝はこの国の象徴とされてきた。つまり、ストレスで病んでいたんだ。自分も心を病み始めた頃に、同じような経験をした。鵺の正体は幻聴だよ。精神が限界を迎えた時、自分の悲鳴がモンスターの声になって聞こえてくる……妖怪はすべて、孤独が生み出した幻だ」
翠雨はゴクリと唾を飲み込んだ。
「みんな頑張っとる。お兄ちゃんも皇帝も偉いっちゃ」
遊楽は翠雨の頭をポンと撫でると再び、【鵺】のページを覗き込んだ。
【晩年の黎明翠の作品には鵺が多数登場したと言われている】
彼はこの一文をじっくりと眺め、ふと翠雨の美しい横顔を見た。
「……お兄ちゃん、なに?」
「悩み事はないか? 無理はするなよ」
次に登場したのは黄金色に輝く【麒麟】だ。遊楽は麒麟の絵を見つめ、旧友に会った時のような表情を浮かべた。
「そう言えば、王階家の千年前に遡った先祖も『麒麟』と呼ばれてたらしいぞ……【きりんのおう】って言う名前」
翠雨はケラケラと笑い出す。
「キリンノー? どこの誰だっちゃ〜。絶対ウソだよ」
「だから【きりんのおう】だって」
遊楽は座卓の上に、指で文字を描いた。その文字は【麒麟王】だった。読み仮名も丁寧に振っていく。【きりんのおう】
しかし翠雨はその文字には目もくれず、声を出して笑っていた。
「キリンノー?! 親が酔った勢いでつけた名前なんじゃないか? ハハハッ! おれらの爺ちゃんも名前が降ってきた〜とか滅茶苦茶な事を焼酎片手に言うとったもんなぁ」
可笑しくてたまらない翠雨の横で遊楽は仏のような笑みを浮かべている。
「権力者の政治が正しい時にのみ、姿を現す心優しい霊獣かぁ……歩く時は生き物を踏まず、草さえ折らない……格好いいな。もし生まれ変われるなら自分は麒麟になりたい。人間はもう嫌だ」
【「霊獣」……神々しく尊い獣。麒麟や龍などが含まれる 】
翠雨は【霊獣】の解説を読んだあと、キョトンとした顔で遊楽の横顔をのぞきこんだ。
「お兄ちゃんはそのままでも、かっこいいよ」
「……お前さんってホント、良いやつだよな。誰に似たんだ?」
翠雨と遊楽は、しばらくの間【麒麟】の話題で盛り上がり、その神秘的な姿に思いを馳せていた。
最後に登場した妖怪は、空を舞う華麗な【龍】だった。




