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第5話 スイウのブラザー

 裏口から外に出ると、雑草だらけの小さな庭が広がっていた。

 すぐ側に建っているボロボロの小屋からは魂を揺さぶる感動的な歌声が聞こえている。

「……歌手になればいいのに」


 翠雨(すいう)は小屋までたどり着くと、もやしサラダを両手に抱えたまま扉を肘でノックした。

「お兄ちゃん開けるよー」

 歌がピタリと止む。


 この小屋には、ぽっちゃりとした翠雨の兄、

【 王階(きみしな) 遊楽(ゆうら) 】が暮らしていた。分厚い眼鏡をかけた二重あごの少年だ。

 シワシワのTシャツにダボダボのGパン姿。中学校に行っている様子はない。

 壁には拳大の穴がいくつも開いており、その周りには血痕と思われる跡が付着していた。


「お兄ちゃん! 夕ご飯だっちゃ」

「なに? 転売ヤーは悪ではないっていう話? 自分もそう思うよ」

「……」

 会話は成立しないようだ。


「お兄ちゃん、一緒に食べよ!」

 レジャーシートが敷かれた床にランドセルをポンと置く。

 翠雨は遊楽と一緒に小さな座卓でモヤシサラダを食べ始めた。彼らの食べ方には何処か品があった。

 

 翠雨は遊楽の胸ポケットを見つめ、瞳を輝かせている。

「スマホだ! どうして持ってるの?」

「ゲームセンターを攻略して、景品を転売しまくった。その資金で中古スマホを入手したんだよ」

 質問には全て即答する頭の良い兄だ。しかし話はあちこちに飛んでいく。

晴雨(せいう)感情障害(かんじょうしょうがい)は楽しい病気だよ。ちなみに今は晴状態(せいじょうたい)。明日には死にかけていると思う」


 翠雨は遊楽から差し出された医学本を受け取った。



―― 晴雨(せいう)感情障害(かんじょうしょうがい) ――


 晴状態(せいじょうたい)雨状態(う〜じょうたい)を交互に繰り返す精神病。


晴状態(せいじょうたい)

 晴天の日の子供のように、極端に活動的で病的なまでに万能感に満ちた状態。


雨状態(う〜じょうたい)

 雨天の日の子供のように、極端に意気消沈し病的なまでに動けなくなる状態。


――――


「お兄ちゃんはいつもそうだっちゃ〜……楽しく歌ってた次の日にはもう、死にかけとる」

 ふたりは顔を見合わせ、ケラケラと笑っている。


 遊楽は翠雨の頭の上に、ある物を乗せた。手にとって見ると、それは高級な板チョコレートだった。

「お兄ちゃん、ありがとう!」

 翠雨の笑顔を見た遊楽は、嬉しそうに目を細めた。翠雨のランドセルのサイドポケットを指差す。

「早く生けないと枯れてしまうよ」

 遊楽はそう言って、翠雨が永伝寺から持ち帰ってきたタンポポの花をポケットからそっと掬い上げた。棚から持ってきたのは、紙コップとペットボトルの水だ。


 ペットボトルのラベルには

溶怪会(ようかいかい)監修(かんしゅう)溶怪会(ようかいかい)海洋深層水(かいようしんそうすい)】と印刷されていた。

 その文字の下には【期間限定☆チャチャチャ坊やデザイン】と書かれている。


「こ、これが……

例の【チャチャチャ坊や】か……」


 翠雨とお揃いの髪型、語尾に「ちゃ」がつく訛り、可愛らしい顔立ち……

 ラベルの中央には、翠雨と瓜二つなキャラクターが描かれていた。


「お兄ちゃん……これ、おれにしか見えないよ」

「どうみてもお前さんだろ」


 溶怪会公式キャラクター【チャチャチャ坊や】のフキダシには【溶怪会海洋深層水は、飲み込んだらダメだっちゃ〜】と親切に注意書きがされていた。翠雨は呆れた顔で呟く。

「なら、【溶怪会海洋深層水】って、なんなんだよ。毎朝うちの玄関の前に置かれてるけど……」

「まぁ、なんだっていいじゃないか」

 

 遊楽は鼻歌を歌いながら、紙コップの中に大陸タンポポの花を入れた。

「遠くから来たんだね。王階家(きみしなけ)へようこそ」

 注いでいるのは、【溶怪会監修☆溶怪会海洋深層水】だ。コップの縁から磯の香りが漂ってきた。微かにだが、薬品の匂いもする。

 

「お兄ちゃん……この水で大丈夫なのか?」

「どうにかなるだろう」


 ふたりは、座卓の上に生けられたタンポポを愛おしそうに眺めている。翠雨は自分の坊主頭を小さく撫でた。

「お兄ちゃんの部屋に飾ってほしい。おれが持ってると、お母さんが怒るから。もっと、男らしくなれって……」

 遊楽はしばらく黙り込むと、優しく微笑んだ。

「分かった。翠雨のおかげで、部屋が華やかになったよ。ありがとう」

 


 食事中、ラジオから物騒な話題が流れてきた。ラジオパーソナリティの声に耳を澄ませる。


『ネットの炎上騒動に巻き込まれた子供が引っ越しを余儀なくされた、そんな記事を先日見かけまして……』


 翠雨はチョコレートをかじりながら、遊楽に質問をした。

「どうしてネットの炎上はここまで盛り上がるの?何度も繰り返されるのはどうして?」

「SNSは騒げば騒ぐほどお金が回る仕組みなんだ。ネットの情報より本がオススメだよ。翠雨も本を読んだらいい」

「……解決する日は来ないってことか」

「翠雨は自分を大切にしたらいい。不幸から目をそらすことも大事だよ。今、興味がある本はないの?」

 翠雨はハッとした表情で、ランドセルを開ける。


「妖怪図鑑を貰ったんだ!」

 取り出したのは【溶怪会】の男性から受け取った透明なビニール袋だった。

 遊楽は袋の中に入った【忍法法人(にんぽうぽうじん)溶怪会(ようかいかい)】のビラを見て大笑いしている。


「自分にも見せてよ」



 

















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