第8話 芸能の街・河原地区
石段を照らす提灯の明かり、街のネオンに溶け込む桜並木……本流から枝分かれした水路を進んだ先には、光に満ちた世界が広がっていた。
「ここが、芸能の街か……」
船を降りた翠雨は緊張した面持ちでロボ塚くんを抱きしめている。係留を終えた情から質問が飛んできた。
「翠雨くんは、今いくつや?」
「……十二歳になる年です」
「そうか、立派な大人やないか……遊びすぎるなよ、ここは毒が多い街やからな」
情はそれだけ言い残すと、翠雨の背中をポンと叩いて繁華街の雑踏へと消えていった。 翠雨は遠ざかる彼の背中に深く頭を下げている。
情の後を追い、階段を駆け上がると【芸能の街・河原地区】の賑わいが一気に押し寄せてきた。
道の両側に立ち並んでいるのは、怪しい名前の宿屋、それから音楽が漏れ出る奇妙な店の数々だった。
見上げたアーケードには【親不孝ロード】と書かれている。
広場では面を被った男たちがダンスバトルに興じていた。路地裏では和楽器の生演奏が行われている。
【親不孝ロード】の脇道を進んでいくと、【芸能横丁】へと辿り着いた。
商店の店先には、様々な表情をした面や、絵付けされた和楽器が所狭しと並べられている。
ショーウィンドウ越しに見えたのは、女性よりも艶やかに着飾った美しい少年たちの姿であった。役者の卵が商売道具を買い込んでいるのだろう。
人混みを縫うように歩く翠雨の目に「ご自由にどうぞ」と書かれた籠が留まった。
入っていたのは、古びた肩掛けのカバンだ。翠雨はそれを手に取り、着物の上から斜めに掛けた。
ロボ塚くんは自らカバンの中に入ると、ひょこっと顔を出した。瞳をキラキラと輝かせて、この街を眺めている。
近くの楽器店では、少年たちが店先のショーケース越しに、一本の琵琶をじっと見つめていた。
「奏王モデルの琵琶だって……かっこいいなぁ。おれもこれさえあれば……」
「馬鹿、高すぎて一生買えねえよ。俺たちみたいな底辺芸人には夢のまた夢だ」
少年たちの自嘲気味な笑い声が聞こえてくる。
その直後、街の空気が一変した。
遠くから人々の足音が近づいてきたのだ。
「【奏王】の【天劇】が始まるぞ!……急げ!」
さっきまでダンスバトルをしていた者も、楽器を弾いていた者も、すべてを放り出して一つの方向へ走り出した。彼らの会話が耳に入ってくる。
「奏王の天劇って急に始まるよな……もっと早くから予定を知りたいのに」
「仕方ないよ、彼は心に波がある人だからさ」
翠雨は近くを走る男に問いかけた。
「すみません、奏王さんって……何者なんですか?」
男は足を止めずに叫んだ。
「なんで知らないんだよ、河原地区出身の大スターだよ」
翠雨も群衆に流されるまま進んでいくと、目の前に巨大な舞台が現れた。四本の太い柱が豪華絢爛な屋根を支える檜の舞台だ。
神社の境内に建設されており、まるで神への捧げ物を行うような位置にあった。
舞台に佇んでいるのは、哀しげな面を被り、暗色の着物を纏った、背の高い男性だった。天劇関係者から群衆に向けて、次々とビラが配られていく。
【 奏王天劇 】
【 題:境 】
翠雨はカバンを握りしめ、舞台の上に立つ「奏王」の姿を凝視していた。
彼が抱えた琵琶の弦が一本、鈍く弾かれた。




