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【BL】龍が降らした雨のあと。〜地下帝国で始まる奇妙な芸能生活〜  作者: 稚魚劇場108
第四章 龍ノ國[同性愛描写・残酷描写あり]
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第5話 賽の河原のサクラ子狸

 見下ろした足元には木造りの階段が続いていた。緩やかな下り坂には花々が咲き乱れ、一段降りるたびに「コツン」と小気味よい音が響く。


 ようやく意識がはっきりしたロボ塚くんが、翠雨(すいう)の肩から飛び降りた。フワフワと宙に浮かびながら健気に後を追ってくる。


 翠雨は河原にたち、辺り一帯を見渡していた。

 坂を下りきった先に、巨大な川が現れたのだ。


 水面を流れる桜の花びらは、対岸の街明かりを反射して煌めいていた。川には豪華な船が幾艘も行き交い、その賑わいはこちらまで届きそうだ。


 向こう岸には、見覚えのない華やかな世界が広がっていた。川を越えて階段を登った先には、豪華な接待宿が並んでいる。提灯の明かりに照らされたガラス越しに、せっせと働く人々の姿が見えた。


 ふと、宿の窓から森を見下ろしている裕福そうな男と目が合った気がした。翠雨は逃げるように視線を外し、砂利の河原へと走り出す。


 しばらく進んだ先、橋の袂には、小さな子供たちが集まっていた。みな着物姿で、静かに石を積み上げている。

「良かったぁ……やっと、普通の人たちに会えた」


 翠雨が歩み寄ると、子供たちはパッと顔を輝かせた。呼吸を整えながら、失礼がないように敬語で声をかける。

「あの……聞きたいことがあって。【王階溶怪(きみしなようかい)】って、知っていますか?」

 (ぬえ)の森で見かけた、重要指名手配のビラが頭から離れなかったのだ。ロボ塚くんは、質問を始めた翠雨の横で石積みの手伝いを始めた。

 おかっぱ頭の女の子が、無邪気に答える。

「知ってるよ! 犯罪者の弟……だから指名手配になった」

 隣にいた坊主頭の男の子が、言葉を継ぐ。

溶怪(ようかい)のお兄さんが左遷ヶ島(させがしま)から、都まで来て、皇帝を殺しちゃったんだ。財宝を盗んで島に持ち帰ろうとしたところを処刑されたんだよ。反逆罪だから、島にいた王階(きみしな)の一族もみんな役人に殺されちゃった。溶怪だけが逃げたけど、どこにいるかは誰も知らないんだ」


 翠雨の全身が強張っていく。彼は動揺を隠すように、無理やり話を逸らた。

「……すげーな。おれよりずっと物知りだ」

「生きてた頃は、神童って言われてたんだ……でも死んじゃったから、お父さんもお母さんも、きっと悲しんでる」

 崩れ落ちる石の音とともに、男の子が寂しそうに笑う。

「はやく、家族に会いたいな」


 翠雨は完全に言葉を失っていた。

 側で話を聞いていた、三つ編み頭の女の子が首を傾げる。

「どうして驚いているの? ここは【(さい)河原(かわら)】、死んでしまった子供たちが、親を待ち続ける場所……お兄ちゃんこそ、どこから来たの?」


 翠雨はその場に膝をつき、腰を抜かしてしまった。子供たちが自分の作業を辞め、心配そうに駆け寄ってくる。

「ごめんね……私たち、生きている人には触れないんだ」

 差し出された手は、薄く透き通っていた。肌の奥から、街の明かりが差し込んでいる。


 その時、人間のように二足歩行をする小さな動物が翠雨の隣に座った。耳に桜の花びらの飾りをつけた、一匹の子狸だ。翠雨の背中をさするような仕草を見せている。



 満天の星空の下、父親に毒薬を撒くよう命じられたあの夜を思い出す。

 翌朝、横たわっていたのは、冷たくなった一匹の子狸だった。涙を流しながら深い穴を掘り、桜の花びらを供えたのであった。

 二度と思い出したくない、そう願うほど深く刻まれていった記憶だ。


 父親の声が頭の中に響く。

『あれは道端で轢かれていた個体だよ。お前にトラウマを植え付けるのに、絶好の素材だった』 

 死骸が再び、フラッシュバックした。


「……っ!」

 狸を遠ざけようと伸ばした翠雨の腕は、透き通った彼女の体を抵抗もなく、すり抜けてしまった。子狸は不思議そうに、こちらを見あげている。その身体には、車で轢かれた際についたであろう、不自然なアザが刻まれていた。

 風に流れてきた桜の花びらが翠雨の頬をかすめた。


「みんな……ありがとう。ごめんな」

 絞り出した声で礼を告げる。翠雨は震える足で立ち上がり、逃げるようにその場を去った。ロボ塚くんが代わりに深く会釈をすると、子供たちは、優しく手を振り返してくれた。子狸はロボ塚くんの真似をして、深く会釈をしている。




 翠雨がいなくなった賽の河原。

 彼の後ろ姿を見送りながら、坊主頭の男の子がぽつりと呟いた。 

「大丈夫かな? あの人が向かった先……あっちは、『クベツ地区』だよ」

 吹き抜けた春の夜風が、彼らの髪を揺らすことはなかった。

「でも、私たちはここから動けないもんね」

 

 子狸は遠ざかっていく翠雨を、静かに見つめていた。


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