第3話 片隅の一等星
その時、吐息混じりの苦しそうな声が地面から聞こえてきた。
「……誰か……話を、聞いてくれ」
傍らに倒れ伏していた鵺が、唐突に人間の言葉を漏らしたのだ。
龍王が銃口を向けトドメを刺そうとした瞬間、翠雨は反射的に立ちはだかった。
「お前の方がよっぽど怪物だな……龍王」
翠雨は静かに呟くと、その場にしゃがみ込み、鵺と視線を合わせた。鵺は絞り出すように言葉を紡いでいく。
「……やって良い事と、悪い事……分かるはずなのに。どうして、牙を剥いてしまったんだろう」
翠雨は膝をつき、鵺の胸元にそっと手を当てた。
「……おい、しっかりしろ」
それ以外の言葉が見つからなかった。
伝わる鼓動が徐々に遅くなっていく。ロボ塚くんは置物のふりをしながらも、心配そうにこちらの様子を伺っていた。
「本当は……皆と、仲良くしたいのに……」
鵺の瞳から光が失われていく。翠雨は無責任ながらも温かい言葉を探し出した。
「今のお前を見ていれば分かるよ……ほら、おれらはもう友達だっちゃ」
そう言って背中を擦ろうとしたその時、鵺の口から一センチ程の小さな異物が吐き出された。血に汚れながらも、飴玉のような光沢を放つ【赤い粒】だった。
鵺が翠雨へと目で合図を送っている。翠雨は龍王に見られぬよう、それを素早く抜き取ると着物の懐へと深く忍ばせた。
鵺の涙が大地へと染み込んでいく。
「初めて……人に優しくされた」
これが、最後の言葉だった。龍王護衛隊の冷笑が飛び込んでくる。
「初めて優しくされた……だと。寂しい人生だなぁ」
「優しくされたらされたで、その相手に付きまとうのだろう? お前らみたいな怪物は、嫌われ続ける運命なんだよ……可哀想に」
「可哀想」という言葉を切り裂くようなタイミングで銃声が鳴り響いた。龍王による警告の空打ちだ。
弾丸は鵺を逸れ、護衛隊のすぐ脇を掠めた。
「私語は、慎むように」
暗に「次は当てる」と告げられた護衛隊は深く頭を下げ、黙り込んでいた。先程の鵺は既に息絶えていた。
翠雨は呼吸を荒げながら、血にまみれたこの世界を見渡している。立ち上がり、問いかけた。
「……どういう事なんだよ。どうして鵺なのに人間の言葉が話せるんだ。どうして、通じ合えるはずの相手に……ここまで冷たくできる?」
すると龍王は絶命した鵺に手をかざした。
「正体を見せてやろう」
その瞬間、死体から強烈な腐敗臭が漂い始めたのだ。またたく間に肉がドロドロと溶け落ちていく。
剥き出しになった鵺の骨を目の当たりにした翠雨は、思わず息を呑んだ。
人骨と寸分違わぬ形をしていたのだ。
龍王は淡々と翠雨の問いに答えていく。
「どうしてこの鵺が人の言葉を話せるのか……見ての通り、元は人間だからだよ」
龍王は、翠雨の顔を覗き込んだ。
「君はどこから来た? 鵺に慣れていないということは、都の人間では無いな」
彼の冷徹な瞳の奥に、自分を「お前」と呼び支配した父親の影が重なる。翠雨の目に拒絶の光が宿った。
「目を覚ませ、このバカリュウ! 支配者気取りのお前なんか、大っ嫌いじゃーーーー!!!」
翠雨は足元の水溜まりに手を突っ込むと、勢いよく水を龍王へ向けて跳ね飛ばした。水滴を被ったのは、龍王を庇うように前に出た護衛隊の面々だ。
「ロボ塚……いくぞっ!」
翠雨はショックで固まっていたロボ塚くんを掴むように抱きかかえると、闇に包まれた森の奥へと一直線に走り出した。
「貴様……! 龍王様に何をする! やはり敵の手先か、追え!」
護衛隊はバイクに跨り、エンジン音を吹かせ始める。
しかし龍王がすぐさま彼らを制止した。遠ざかっていく翠雨の背中を無表情で眺めている。
「追わなくていい」
「龍王様、あの少年を気に入られたのですか? ならば今のうちに捕らえておかなければ、ここは【鵺の森】……彼は死んでしまいますぞ」
龍王は猟銃を肩に担ぎ直し、一等星を眺めた。
「手を貸す必要などない、本人が決めたことだ。彼は私の救いを拒んだ」
雨曇が覆いかぶさっていく。
「死んでしまったら、その時はその時だよ」




