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第14話 溶怪会研究所

 溶怪会(ようかいかい)研究所(けんきゅうじょ)を見上げていると、腕の中にいたロボ塚くんが、まるで巨大な磁石に吸い寄せられるように、翠雨(すいう)の腕からすり抜けていった。


「……ロボ塚……っ?! どうしちゃったんだよ!」

 視線の先でロボ塚くんは白目を剥き、機能を停止していた。空中をぷかぷかと浮いたまま、吸い込まれるように【溶怪会研究所】の奥へと運ばれていく。建物の電光掲示板には、「ご自由にお入りください」という文字が不気味なほど明るく点滅していた。翠雨はなりふり構わず、その後を追った。


 ロビーの大きな水槽を悠々と泳いでいるのは、ただの観賞魚ではなかった。人の顔を持つ「人面魚」だ。これまでのロボットとは打って変わって、それは本物の妖怪にしか見えなかった。

 壁には「溶怪会研究所内は、ロボットの持ち込み禁止。開発中の地下磁力により故障の恐れあり」という警告が掲げられている。


 飾り気のないエレベーターに飛び込むと、ようやくロボ塚くんを抱きとめた。しかし箱体は重力に逆らうように、深く、深く地下へと沈んでいく。スピーカーから流れる哀しげな弦の音と共に扉が開いた。再び、強い磁力に引かれるようにロボ塚くんが腕をすり抜けていく。


「おい……ロボ塚っ!!!」


 長い廊下を駆け抜け、ロボ塚くんが吸い込まれていった自動扉へ向かう。

 辿り着いた研究室は、狂気に満ちていた。

 水槽の中には、「爺面虫(じいめんちゅう)」と「婆面虫(ばあめんちゅう)」がホルマリン漬けにされている。机には、翠雨のトラウマを呼び起こしたあの石が「記憶の鉱石」として置かれ、周囲には殴り書きされた研究ノートが散乱していた。


 壁に飾られた、おぞましい妖怪のお面。その独特な造形に、翠雨の喉が鳴った。


「……これって、黎明翠(れいめいすい)の……」


 それは永伝寺(えいでんじ)で、石像を見ながら自分が口にした言葉だった。


『黎明翠は絶世の美少年だったらしいな。なのに舞台に立つ時は、妖怪のお面で顔を隠しとった……不思議な人生っちゃ』


 孤独な記憶が、目の前の光景と重なる。




「やぁ……ようやく僕の元へ来てくれたね。王階翠雨(きみしなすいう)くん」


 背後から響いた軽薄な声に、翠雨の身体が強張った。振り返ると、そこには特徴的なアフロ頭を揺らし、白衣を纏った謎の男が立っていた。


「て……転生寺(てんしょうじ)……リンネ……?!」


 テレビ越しに見てきた、スピリチュアル系雑誌の有名編集長が、目の前で優雅に頷いている。


「僕は、本物の妖怪をこの手で生み出すために、ここで研究を続けてきたんだ。あとは完成した彼らを現実社会に解き放つだけ……そのお手伝いを、君にしてもらおうかと思ってね」

 翠雨は眉を歪めながら、拳を強く握りしめた。

「……何を言ってるんだよ。あなたは、妖怪を信じてるんじゃなかったのか? テレビでどれだけ馬鹿にされても『妖怪はいる』って言い張って、広める活動を続けてきただろ! どうして……」

「人間ってのは、本当に馬鹿だよな」

 転生寺はくすくすと肩を揺らした。

「世の中は馬鹿だらけだ。でも僕は馬鹿が嫌いだなぁ……世の中を良くするためなら、なんだってするよ」

「……会話が噛み合ってないよ。なんで賢い人間は話が飛ぶんだ」


 その時、溶怪会(ようかいかい)ウォッチが音を立てて床に落ちた。時刻は正午を告げている。

「おれは、あなたにこれを返して、お兄ちゃんと地下帝国を出る。どうせ、憂永遠(ゆうえいえん)のハンカチとリュウの抜け毛も、おれをおびき寄せる為の罠だろ……さよなら。この溶怪会ウォッチは、あなたが開発したの? 薬が自動で出てくるなんて凄いよ。もっと……良いことに能力を使えば良いのに」

 去ろうとする翠雨を、転生寺の声が引き止めた。

「溶怪会ウォッチガチャに溶怪会ウォッチをかざすだけで自分にぴったりの薬が出てくる……何故誰も疑問を抱かない? こんな腕輪だけで薬の選別なんてできるわけないだろ。僕の家系は代々医者でね、医療機関の個人情報なんて僕の技術があれば簡単にハッキングできる。医者も馬鹿、看護師も馬鹿、患者はもっと馬鹿……三馬鹿トリオの完成だ」

 その言葉を遮るように、翠雨が怒りの声を上げた。

「……なんだよ、さっきから馬鹿馬鹿って! それがお前の口癖なのか? 頭がいいかは知らんが、馬鹿っていう言葉に夢中なのはお前の方だっちゃ!」

 転生寺の笑みが一瞬だけ凍りついた。翠雨は怯まず、冷徹な彼を真っ向から睨みつける。

「他人を馬鹿扱いして遠ざけてあざ笑うことが趣味なんだろ? でも結局、お前が一番その『馬鹿』に執着してるじゃないか!」

 

「……んだと、このクソガキ」

 転生寺が翠雨の胸ぐらを掴んだ瞬間、白目を剥いたまま宙に浮いていたロボ塚くんが突如として再起動した。その瞳には鋭い光が宿っている。翠雨は、すぐさまロボ塚くんをなだめた。

「おい、ロボ塚、余計な事は言うなよ!」

 彼は守るべき主人……翠雨を庇うように、転生寺の前に立ちはだかった。


『ニンニク、食ッタダロ!!!』

「食うてへんわ!」

 苛立ちをあらわにした転生寺が、ロボ塚くんを投げ飛ばした。その勢いで頭部から外れたウサ耳パーツが、矢のように壁の方へと飛んでいく。翠雨は頭を抱えていた。

「……勝てるわけないんだから喧嘩なんて挑むなよ」


 ロボ塚くんの体は宙に弧を描き、研究室の奥にあるエレベーターの扉に激突した。幸いにも、鱗の影響で伸び切った黄金の長毛がクッションとなり、目立った損傷はない。


「転生寺、お前……なんてことするんだよ! ロボ塚、大丈夫か?!」

 翠雨がロボ塚くんへ駆け寄った、その時だった。ロボ塚くんの背後のエレベーターの扉が音もなく開いたのだ。先ほど飛んでいったウサ耳が、壁の開ボタンに真っ直ぐ突き刺さっていた。

 よそ見をした勢いでバランスを崩した翠雨は、エレベーターの中へと倒れ込んだ。無情にも扉が閉まっていく。


「いってらっしゃい……しばしの間、海底旅行を楽しんできてね。その先に、これから君が『芸能活動』に励むにふさわしい、最高のステージが待っているから」


 転生寺の狂気に満ちた見送りとともに、エレベーターはさらなる深みへと、猛スピードで加速していった。


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