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第12話 赤い柚子と緑の遊楽

 水路を進む小舟の上。翠雨(すいう)は天井に映し出された偽物の青空を見上げ、深く溜息をついた。


「……やっぱり、無理にでも鱗を取り出してから来ればよかったな。なんで後回しにしたんだろう。普段のおれなら、絶対にそんなことないのに」

 金のロボ塚くんの姿は、どこにも見当たらない。遊楽(ゆうら)も諦めたような苦笑いを浮かべていた。

「ここに居ると、どうも危機感が薄れるよな。思考は回るのに、人を疑うことを忘れてしまうというか……平和ボケしてしまった気がするよ」

 遊楽は珍しく、不安を顔に出していた。柚子が静かに持論を述べる。

「地下帝国の風には、特殊な薬品の匂いが混ざってる……私は、それが原因なんじゃないかって思ってるんだ。みんな初めは薬品臭いっていうのに、地下帝国に長くいると分からなくなってしまうでしょ? 慣れだけじゃない気がして、気味が悪いよ」

 彼女が告げた言葉に、翠雨は目を見開いた。

「言われてみれば、薬品の匂いがしなくなってる……?! 昨日ここに来た時は、あんなに気になったのに!」

 遊楽は言葉を失っているが、翠雨は現実をすんなりと受け止めていた。


 小舟が鳥居型のアーケードをくぐり抜けていく。そこには【麒麟(きりん)センター街】と記された看板が掲げられていた。鳥居の両脇には狛犬のように「麒麟(きりん)」の石像が設置されている。居住区とは比較にならないほど、煌びやかな景観が広がっていた。


 小舟が【センター街駅】に到着すると、駅のベンチで一人の男性が緑茶を飲もうとしている現場に遭遇した。犬型の警察ロボットが車輪を回しながら近寄っていく姿が見える。


『カフェイン飲料の摂取は、朝のみ許可されています』

「たまにはいいだろ、お昼に飲んだって……これだけ仕事を頑張ってるんだから」


 男が反論すると彼の溶怪会(ようかいかい)ウォッチから警報音が鳴り響いた。その瞬間、男はビクリと肩を震わせ人形のようにおとなしくなった。手元から滑り落ちたペットボトルが地面に落下する。巡回していたロボ塚くんと同機種のお掃除ロボットが没収していった。

「……まあ、仕方ないよな。弁当でも買いに行くか」

 男は何事もなかったかのように、ふらふらと街の雑踏へ消えていく。柚子は冷めた言葉を漏らした。

「地下帝国の規則を破ると、溶怪会ウォッチから謎の電流が流れる仕組みになっているんだ。電流を流された人は必ず大人しくなる」

 街の至る所には、廃人のように虚ろな目で佇む人々が点在していた。

「……人権侵害どころの話じゃないな」

 三人が小舟を降りた、その時だ。


「あれって……もしかして」

 柚子の視線の先、駅前の公園に植えられた大きな樹の影に、金色の毛並みが揺れていたのだ。都会に慣れていないのか、身を隠すように俯いている。翠雨は心配そうに呟く。

「色んな人から、追いかけ回されたりしたのかな? 金のロボ塚くんなんて珍しいから」

「長毛だから、尚更目立つよね」

 柚子は悲しげに微笑んだ。遊楽は引きつった顔で本音を漏らす。

「まず、飛べることがおかしいだろ」


 一行はすぐさま公園へと向かった。木陰の奥から低く濁った電子音が聞こえてくる。ロボ塚くんらしき金の塊が、ゆっくりとこちらを振り返った。後頭部の毛並みは、ストレスのせいか少しだけ薄くなっていた。


『ソノ服、オサガリダナ』 


 やはり金の鱗を飲み込んだ、あのロボ塚くんだ。  

「これは用意されてた溶怪会の正装だっちゃ! デタラメな暴言しか言わんなぁ。だいたい、お下がりの何が悪いんだよ」

 翠雨はある異変に気づく。

「あれ、ロボ塚、お前……ヒゲなんて生えてたっけ?」

 柚子は落ち着いた様子で金のロボ塚くんを観察している。

「どうしてこの子は声が低いんだろう。本当はもっと甲高く喋るはずなのに」

「えっ?! ロボ塚くんって元から喋れるの?」 

 翠雨は驚きの声を上げ、遊楽は目を丸くしている。

 柚子は困惑する二人に、お掃除ロボ・ロボ塚くんの隠し機能を説明した。


「この子達が話す言葉は三種類、『ニンニク食ッタダロ』『ソノ服オサガリダナ』『風呂、ハイッテルカ?』……それ以外喋れないの。危険人物を見つけると暴言を吐く隠し機能がついている。普段は作動しないはずなんだけど……」

「危険人物に暴言なんて吐いたら絶対面倒事になるやんか…自ら喧嘩を吹っ掛ける機能なんていらんわ」

 遊楽がコテコテの左遷ヶ島弁(させがしまべん)で呆れている傍ら、翠雨は少しだけホッとしていた。

「そうなんだ、おれは金の鱗を飲み込んだから喋るようになったのかと思ってた。ロボ塚にリュウの魂が乗り移った訳じゃないのか」


「……リュウ? リュウって、あの妖怪の? ロボ塚くんが飲み込んだ鱗って……龍の鱗だったの?」

 柚子の言葉を聞いた遊楽は、ロボ塚くんの薄くなった後ろ頭を眺めながら返事をした。

「断言は出来ないんですが、おそらく……翠雨、お前さんの言葉で説明出来るか?」

 話を振られた翠雨は、昨日……【四月九日】に起きた不思議な出来事を語り始めた。


「実は昨日、金の龍を思わせるような、金髪頭の【リュウ】っていう男と友達になって……その後、お兄ちゃんも別の場所で金色の龍に命を助けてもらってるんだ。その場所に落ちていた【金の鱗】をお守りにして、おれらは地下帝国に入った。そしたら、魔法みたいなことが起こるようになって…」

 翠雨はロボ塚の金の毛並みを見つめながら、言葉を繋げていく。

「旅人の宿で鱗を握りしめたまま寝たら、リュウっていう人の記憶をそのまま覗いているような、不思議な夢を見た。それだけじゃない、偶然鱗を飲み込んじゃったロボ塚くんが急に金色になって、空まで飛び回り始めた」

 翠雨の瞳は不安定に揺らいでいた。

「……魔法以外に何があるんだろう。幾ら考えても、おれには分からなかった」

 柚子のゆったりとした声が響く。

「分からないままでいいんだよ。全てを知る必要なんてない」

 彼女はすべてを包み込むような、大人びた表情で笑っていた。


「でも、私は魔法だと思いたい。金の鱗が……これからも、遊楽くんと翠雨くんを守ってくれるって信じたいから」

 彼女はその場にしゃがみ込むと、切なそうにロボ塚くんを説得し始めた。

「ロボ塚くん……翠雨くんと遊楽くんが帰る時間が近づいてるの。金の鱗を返してあげて」

 翠雨も寄り添うようにして声をかける。

「飛べるようになって嬉しかったんだな。金の鱗のパワーだとしたら、鱗を吐き出した瞬間ロボ塚の自由は無くなっちゃうのか……でも、ごめんな。おれの宝物なんだ」

「……」

 遊楽はただ、この光景を見守っていた。


 しばらくするとロボ塚くんは名残惜しそうに小さく頷いた。ヒゲが伸びているのに後頭部は薄くなっているため、今朝よりもずっと老け込んで見える。

「ロボ塚……ありがとう」

 翠雨は感動で瞳を潤ませながら、ロボ塚くんの手を正面から握った。

『ニンニク、食ッタダロ』

「あぁ、もう分かったって……おれはニンニクを食った……これで満足か?」


 三人は心からの感謝を伝えながら、慈しむようにロボ塚くんを撫で回した。翠雨が思い立ったように顔を上げる。


「金の鱗を返してもらう代わりに何かプレゼントをあげたいな!」

 遊楽は溶怪会ウォッチを操作しながら、この提案に賛同した。

「いつの間にか溶怪会ポイントが貯まってる。翠雨と自分が溶怪会BarのMVPに選ばれたようだ。バーテンダーが毎日記録を本部に送ってるんだと……二人でポイントを出し合えば、ロボ塚くんの洋服が買えるはずだ」


 柚子はこの街の景色を眺めた。華やかなセンター街が広がっている。彼女は笑みを浮かべ儚く呟いた。

「オススメのお店があるんだ……行こう、もう時間が迫ってる!」


 翠雨と遊楽は溶怪会ウォッチに溜まったポイントを再確認し、目で合図を送り合う。柚子のワンピースに描き込まれた花や動物……彼女が好きそうな物を観察しながら歩みを進めた。


 遊楽は「緑」の溶怪会ウォッチに文字を打ち込み翠雨にそっと見せる。


【柚子さんに渡すプレゼントは、何にする?】


 時刻はもうすぐ昼の十一時半を回る。




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