第3話 お隣さんは、ヨーカイカイ?!
翠雨は自分の家へと早足で向かった。連なった山々に背を向け、長い一本道を歩く。周囲に人の姿は無く、車の数も数えるほどしかない。夕焼けに照らされた田んぼがどこまでも広がるばかりだ。
そのまま進んでいくと、目の前に商店街が現れた。車の数も格段と増える。
途中、翠雨は心配そうな顔をして立ち止まった。
軒先に立つ骨董屋の老婦人が、息を切らしながらシャッターを閉めている現場に遭遇したのだ。
「タカシのお婆ちゃん、手伝おうか?」
「……」
彼女は無言のまま翠雨を厳しい目つきで睨みつけた。拒絶するようにため息をついている。
翠雨はぎこちない笑顔をつくると、力強く手を振った。
「お婆ちゃん、またね! タカシによろしく伝えておいて!」
店の前を早足で通り過ぎていく。
翠雨は一瞬だけ悲しい顔をした。
友人の宇治タカシから持ちかけられた、ある相談話が心に引っ掛かっていたのだ。
『心を病んでしまった叔父さんが、ヨーカイカイカイカンから出てこなくなっちゃったんだ。そのせいで、お婆ちゃんも笑わなくなった……』
裏通りへと足を踏み入れていく。すると僅か5分ほどで、廃墟のような平屋に辿り着いた。
小さなこの家の玄関には「王階」と書かれた表札が飾られている。
翠雨が玄関の扉に手をかけた、その時だった。
「やぁ、翠雨くん。お父さんは元気カイ?」
背後からピンク色のワンピースを着た怪しい男性に声を掛けられたのだ。
彼は翠雨に、持ち手付きの透明なビニール袋を手渡した。
「親御さんに見つからないようにね。翠雨くんへのプレゼントだよ」
ビニール袋の中には、「妖怪図鑑」と記された小冊子……それから【忍法法人・溶怪会】と印刷された、いかがわしいビラが入っていた。シンボルマークは、【金の龍】だ。
翠雨が袋を受け取ると、この男性は王階家の隣にそびえ立っているピンク色の建物へと戻っていった。王階家とは対照的な、真新しい巨大施設だ。
屋上から伸びた歪な形のアンテナ、アンテナの根元に飾られた色とりどりの風車……目を凝らすほど、その異様さが浮き彫りになっていく。
軒先で揺れる提灯は、まるでお祭りの夜を待ちわびているように見えた。
この建物の敷地内にはツルツルとした看板が立てられている。そこには、こう記されていた。
【 溶怪会会館 】
翠雨は看板に目を通しながら小声で呟く。
「にんぽぅぽぅじん、ヨーカイカイ……」
わずかばかりの前髪が春風になびいた。
【溶怪会】のビニール袋をランドセルの中へと隠す。
彼はチクチクとした後ろ頭を撫でながら、王階家の玄関を開けた。




