第5話 金の鱗とリュウの夏
翠雨は金の鱗を握りしめたまま、深い眠りについていた。この鱗には不思議な力が宿っていたのだ。
翠雨は誰かの記憶を託されたような、そんな奇妙な夢を見ていた。金の鱗に刻まれた遠い過去を、追体験しているような、どこか切ない夏の夢だった。
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耳を打つのは、何千人もの足音。心を動かしたのは、笛と太鼓の音。
今よりもずっと昔のことだろう。
視界には、祭りの熱気に包まれた京の都が広がっている。
翠雨の身体は、見ず知らずの青年になっていた。
星空の下、この街を小柄な少年と隣り合って歩んでいる。
右隣の少年が、ゆっくりとこちらを見上げた。その顔を見た瞬間、翠雨は息を呑んだ。
少年が、自分と瓜二つの容姿をしていたのだ。
花柄の着物をまとい、長く伸ばした髪を一つに結んでいる。
新しい性別を見ているような、そんな不思議な感覚に陥っていった。
彼はこちらに向かって、優しく声を掛けてきた。
『あなたの眼になるよ』
儚さを感じる、美しい声だった。
『あなたに、恩返しがしたいんだ』
微かな痛みと、寄り添うような優しさを感じた。
黎明翠の石像から聞こえてきた、あの言葉と同じだ。
青年と金の鱗……そして少年と黎明翠。
それぞれ繋がりがあるようだ。
神輿が人混みを掻き分けて進んでくると、この少年は無邪気に笑いかけてきた。神輿の頂点には、今にも天へと昇りそうな龍の像が鎮座している。
『……ほら、金の神輿だよ。あなたが大好きな色だ』
少年は、この色について語りだした。
『金色は……あなたを思い出す色。今日のことは絶対に忘れないよ、リュウ』
(……リュウ?!)
永伝寺で会ったリュウと、青年の名が重なった。
黎明翠の石像に深くお辞儀をしていたリュウの横顔が浮かぶ。
(リュウ……これは、お前の記憶なのか?)
金の鱗が見せたいつかの夏は、霧のように溶け、遠ざかっていった。
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祭りの賑わいとは程遠い、「旅人の宿」の一室。
少しばかりの隙間風が、翠雨の前髪を撫でる深夜0時。
翠雨は「むにゃむにゃ」と寝言を漏らしながら寝返りを打っていた。
その時のことだ。大切に握りしめていたはずの「金の鱗」が、指先から滑り落ちてしまったのだ。
鱗は役目を終えたかのように、畳の上に横たわっている。そこへ、丸みを帯びた怪しい影が接近してきた。
『ぽ〜ぅ……忍ポポポゥ……』
「ぽぅぽぅ」と音を漏らしながら床を清めていた、お掃除ロボ・ロボ塚くんだ。
彼は床に落ちた黄金色の輝きを「除去すべき異物」として認識したようだ。
『ズズズ……』
微かな吸引音が響き、金の鱗がロボ塚くんの体内に吸い込まれていく。
その直後……
ロボ塚くんのフワフワボディが、内側から激しい光を放ち始めたのだ。安っぽい毛並みの外装が、瞬く間に毛深くなり、美しい黄金色へと変色していく。
車輪で走ることしかできなかったはずのロボ塚くんの体が、ふわりと宙に浮いた。彼は金色の残像を残しながら、部屋の中を自由自在に飛び回り始めた。まるで、小さな金の龍になったかのように……
『オマエ……フロ、ハイッテルカ?』
空中を旋回していたロボ塚くんが、カタコトの電子音で喋り出した。翠雨は深い眠りの中にいながらも、律儀に返答していた。
「風呂……? 入ってるよ……それ、体からいい匂いがしない時に言う言葉だっちゃ……意地悪だなぁ」
その言葉に満足したのか、金のロボ塚くんは翠雨の枕元で誇らしげに目を点滅させた。瞳には生き物のような光が宿っている。
夜が刻一刻と過ぎていく。
天井の球体ライトが夜を告げる月色から、朝の陽光へと色を変えていった。
太陽の色に変わった、この部屋のライトが、翠雨と遊楽に新しい朝を告げようとしている。




