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第1話 溶怪会会館(挿絵あり)

 

 

 溶怪会会館(ようかいかいかいかん)に一歩足を踏み入れた瞬間、外界の雨の匂いが不自然なまでに遮断された。

 代わりに鼻を突いたのは、古い書物の匂い。


 裏口の小さなホールは、溶怪会(ようかいかい)の書庫になっていた。壁一面の棚には、布教用の小冊子やポスター、そして溶怪会公式キャラクター、「チャチャチャ坊や」のステッカーが整然と並べられている。


「靴を脱いで、こちらへ。これを履いてください」


 溶怪会の男性から手渡されたのは、ピンク色の上履きだ。光沢のあるベロア生地に、金の刺繍で龍の紋章が施されている。

 翠雨(すいう)は不思議そうな顔で首をひねった。

「なんで溶怪会の人達はピンク色が好きなんだろう」

「溶怪会では、ピンク色が最も高貴な色とされているらしい。だが、シンボルマークは【金の龍】……溶怪会、最大の謎だな」


 遊楽(ゆうら)は自分の大きな足を、上履きにねじ込んだ。翠雨もそれに続く。

 

 溶怪会の男性が書庫に設置された(ぬえ)の石像に手をかけると、本棚の一部がガタンと音を立てて左右に開かれていった。本棚そのものが、隠し通路への扉になっていたのだ。


「……す、凄いっちゃ! 冒険映画みたいだ」

「遊び心があるな、奥へ奥へと進みたくなる」


 その先には、パイプが張り巡らされた長い廊下が続いていた。継ぎ目からは中毒性のある甘い香りの蒸気が噴き出している。 


 翠雨と遊楽はゴクリと唾を飲み、顔を見合わせる。彼らは溶怪会の男性に続いて、この廊下を進んでいった。


 壁のあちこちには、小さなショーケースが埋め込まれていた。箱に入ったままの新品のロボットが飾られている。


挿絵(By みてみん)


【お掃除ロボ・ロボ塚くん】


 丸みを帯びたシルエットだけは、今流行りの愛玩ロボットに似ていなくもない。

 しかし、焦点の合わない虚ろな離れ目。隙間だらけでガタガタの歯並び……作り手側の悪意を感じさせる顔立ちをしていた。


「なにこれ、怖いっちゃ!」

「【ロボ塚くん】……知らないのカイ? 溶怪会研究所が総力を挙げて開発した、着せ替えも楽しめる多機能お掃除ロボですよ。溶怪会入会員になれば、特別価格でお譲りできます」

 男性は事もなげに言い、歩みを速めた。


 パイプだらけの廊下、その突き当たり、障子デザインの扉を抜けた。  


 目の前に現れたのは、洋館造りの巨大なホールだ。

 ズラリと飾られた額縁の中で、妖怪の絵画が滑らかに動き回っている。これは魔術か、それとも科学か。

 男性がその前を通ると、妖怪たちは一斉に、決まった角度で手を振ってみせた。


 外界の時刻と連動しているのだろうか。暗色に包まれた寂しげな空間だ。

 翠雨と遊楽は、その場に立ち尽くしている。


「なんだあの妖怪たちの滑らかな動き……どうなっているんだ、凄い技術力やぞ!」


 遊楽は大発見をした博士のように目を輝かせている。


 妖怪の絵画は、翠雨と遊楽にも手を振り始めた。翠雨が恐る恐る手を振り返すと、妖怪たちは飛び跳ねて大喜びした。可愛らしく笑顔まで見せている。


 その直後、頭上の天井の一部がガラリと回転した。隠し扉から忍者のコスプレをした「チャチャチャ坊や」の人形が姿を現し、逆さ吊りのような体勢で甲高い電子音を響かせたのだ。


『ヨッテラッシャイ、ミテラッシャイ!』


 忍者のコスプレには【忍法法人にんぽうぽうじん溶怪会ようかいかい】の文字が記されている。


「なるほど……【忍法法人(にんぽうぽうじん)】だから、忍者のコスプレをしているのか」

 遊楽がポツリと呟く。彼は斜め上を見て固まった。

忍法法人(にんぽうぽうじん)ってなんだ?」

「……お兄ちゃん、そもそも【ぽうじん】って言葉が変だっちゃ。普通、【ほうじん】だと思う」

「……」

 

 隠し扉がぐるんと回転し、チャチャチャ坊やが天井裏へと消えていく。

 その瞬間、バチンッ!という音と共にホール全体の空気が一変した。闇の中に怪しいネオンが一斉に灯ったのだ。


「なっ……何事だっちゃ?!」


 現れたのは、夜の繁華街のような毒々しい光の列だった。暗色の壁だと思っていた場所に幾つもの扉が浮かび上がる。各扉には【無料案内所】【お悩み相談所】といったネオン看板が繁華街の怪しげな店舗のように掲げられていた。


 壁に飾られているだけだと思っていた妖怪の絵画は、一枚ずつ、それらすべての扉の中央に埋め込まれていた。額縁の中から客引きのように手招きをしている。


 溶怪会の男性が、慣れた手つきで【無料案内所】の扉を開けた。扉の向こうからは、眩い光が溢れ出す。


 遊楽は、その光を見つめたまま立ち止まり、ポツリと漏らした。

「……忍法法人(にんぽうぽうじん)を名乗ることで、法律の網を避けているのか……計算高い団体だな」

「お兄ちゃん、声が小さくて聞こえんよ」

「いや……なんでもない。行こう、翠雨」


 ホールを振り返ると、絵の中の妖怪たちは、踊り狂い、二人の来訪を熱烈に迎え入れていた。


 翠雨と遊楽は、ネオンの光と妖怪の狂乱に押されるようにして【無料案内所】の中へと足を踏み入れた。






 

 

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