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第16話 〜金龍岩のおはなし〜

 翠雨(すいう)は涙を裾で拭いながら、その顔を上げた。

「……あれ? おかしいなぁ。今日はテレビ局も来て『金の龍を探す』生放送をしとるはずだっちゃ。おれの仲間達だって血眼になって港や海岸を探しとるはずなのに、どうしてこの場所には誰も来なかったんだろう」


 遊楽は潮風に吹かれながら、金龍岩(こんりゅうがん)の頂にひっそりと佇む鳥居を見つめた。

「ここは龍の聖域なのかもしれんな。目に見えない力が、余計な人間を遠ざけて、お前さんを自分のもとへ導いてくれたんだろう……ということにしておこう。それくらいしか、理由が浮かばんからな」

 不思議と納得がいった。自分たちを包むこの空気だけが、世界の喧騒から切り離されているように感じられたのだ。


 金龍岩の対岸、桟橋の入り口へと続く海岸沿いの道に、塩害で錆びついた金属製の案内板が立っている。

「お兄ちゃん、あの看板に何か書いてあるよ……金龍岩のことだっちゃ!」

 二人は吸い寄せられるように、その看板の前へ歩み寄った。街灯もなく真っ暗な場所だが、雨上がりの月光が、濡れた表面を鏡のように反射させていた。




―― 左遷ヶ島(させがしま)伝承(でんしょう)金龍岩(こんりゅうがん)のおはなし ――


 その昔、一人の老人が、みすぼらしい身なりの男に声をかけられました。


 男はお坊さんと見間違われるような身なりをしていましたが、都から流刑された罪人であったといいます。


「あの岩(金龍岩)まで案内してほしい」と頼む男を、老人は小舟に乗せて運びました。


 しかし、男が岩に上がろうとした際、懐に忍ばせていた美しい手鏡が、深い海の底へと滑り落ちてしまいました。


 悲しみに暮れた男が、祈るように一節の歌を口ずさむと、海底から金の龍が現れ、その手鏡を口に咥えて返したといいます。


 以降、この岩は「金龍岩(こんりゅうがん)」と名付けられました。


 なお、その男の正体は、左遷ヶ島に流刑された

【 黎明(れいめい) (すい) 】であったと伝えられています。





「____黎明(れいめい) (すい)


 その名を口にした瞬間、心臓が大きく脈打つのを感じた。その名前には、翠雨の名と同じ一文字が刻まれている。


「お兄ちゃん、黎明翠って死ぬ間際に『この世は金』って言い残した人だよね。島流しまでされて歴史上でも、罪人の扱いを受けてきたはずだ……だけど、左遷ヶ島では悪い話を一切聞かないよ。本当に悪い人だったのかな」

「そうとは限らんよ」

 遊楽は悲しげに返答をした。彼は重々しく話を繋げる。

「どうして金の龍は、黎明翠の悲しみを救おうとしたんだろうな」

 涼やかな夜風が吹き抜け、凪いだ海へと吸い込まれていく。翠雨は水平線の彼方まで続く静寂を見つめ、祈るように呟いた。


「金の龍が助けた黎明翠は、きっと誰よりも優しい人だったはずだ……おれはそう思いたいよ。お父さんの言う『強さ』なんかより、ずっと……ずっと、強い人だったはずだ」


 その時、看板を照らす月明かりが、足元の砂利の中に異質な光を弾き出した。泥に汚れ、半分埋もれていながらも、それは鈍く、それでいて力強い黄金の輝きを放っている。翠雨は腰を落とし、その光の正体をそっと指先で掬い上げた。


「……お兄ちゃん、これ」

「……っ?! 」


 翠雨の手のひらで光り輝いていたのは、傷だらけになった【金の鱗】だった。古びた金箔のような色をしており、月光を浴びて神々しく輝いている。

 遊楽は息を呑みながら、翠雨の手のひらに金の鱗を握らせた。

「それはお前さんが持っていてくれ……今日のことを、一生忘れないように」

 翠雨は金の鱗をポケットの奥底へと沈めた。指先に伝わる冷たい感触が、熱を帯びて心臓まで届く。父親への恐怖に震えていた足が、今はしっかりと大地を捉えていた。父の支配に抗うための「勇気」が全身へ伝っていく。

「分かった。絶対、無くさないようにする。約束するよ」

 それは単なる落とし物ではなく、龍から託された、命の重みのように感じられた。


「翠雨……今日の月は、金色に輝いて見えないか?」

 翠雨は黄金色に揺れる水面を見つめた。

「おれもそう思う、海まで金色に見えるよ。ほら、あそこ……月灯りが、龍の背中みたいに光っとる」


 リュウの広い(ひたい)が脳裏を過ぎる。


「おれも今日、金髪頭のリュウって言う奴と永伝寺(えいでんじ)で友達になったんだ。永伝寺は、龍に会える条件を全部満たしてる。リュウは先祖代々30歳でハゲる家系なんだって……早く、この鱗を返してやらないと」

 遊楽は月を見上げて朗らかに笑った。

「この世は金、の黎明翠と同じ物を感じるな。もし、そのリュウくんが金の龍だったとしたら、黎明翠と気が合いそうだな……そして、お前さんとも」


 雨はもう止んでいた。翠雨と遊楽は顔を見合わせ笑い合っている。

「お兄ちゃん、一緒に帰ろう」

「……そのセリフ、久々に聞いたな」

 遊楽の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。


「そうだな、一緒に帰ろう」






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