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第14話 僕ちんのキュウテンチョッカ!!!

 靴音を響かせながら、翠雨は一人、走り続けた。

 シャッター街が並ぶ日常の延長線上に、広大な敷地に守られた石造りの墓が現れた。

 

 周囲の木々をねじ伏せるほど巨大な墓石には、闇の中でもはっきりと読み取れるほど深く【麒麟王(きりんのおう)の墓】という文字が刻まれている。

 翠雨は「墓」という不吉な文字から目をそらし、再び夜の闇へと駆け出した。


 二車線の道路が、山を切り裂くように海へと続いている。山奥へ進んでいくと、放置された無縁仏が姿を現し始めた。シダ植物に覆われ、刻まれた名前すら識別できないほど風化した墓石が、辺り一帯に点在している。


 やがて、異様な静寂を湛えた広場が視界に飛び込んできた。

 狂い咲く花々と深い緑に飲み込まれそうな不気味な空間だ。雨に濡れた小さなお地蔵様が、数えきれないほど並べられている。

 中央に立つ一本の街灯だけが、頼りなく周囲を照らしていた。

 かつて多くの命が断たれた【左遷ヶ島(させがしま)処刑場跡(しょけいじょうあと)】だ。


 すると暗闇の奥から長髪をなびかせた人影が現れた。

「そこの君……少しだけ、話そうよ」

「だ……誰だっちゃ?!」

 初老男性のような、低く野太い声をした男性だ。

「僕ちんの人生は、もう終わりだ。最後に、誰かと話したくてさ……」

「……だから誰なんだよ」

 

 翠雨の目に映ったのは、手入れの施された長髪を持つ、柔らかい品格を纏った少年であった。全身から放たれる神々しいオーラに、翠雨は思わず後退りをした。


「……ゆ、(ゆう)永遠(えいえん)!?」


 目の前に佇んでいたのは、天才シンガーソングライターの【憂,永遠】であった。翠雨は酷く動揺した様子で、彼に向かって次々と質問をした。


「なんで声が全然違うんだよ……っていうか、なんで左遷ヶ島に……」

 夕方のテレビ番組から聞こえてきた彼の言葉が蘇る。


『左遷ヶ島処刑場で肝試しがしたい』


 兄の件で不安定になっていた翠雨は、その場で声を荒げた。


「わざわざ、肝試しのためだけにこんな所に来たのか!? 今すぐ東京へ帰れ! 罰が当たっても文句は言えんぞ!」

「もう遅いよ……ここに到着した瞬間、僕ちんは変声期を迎えた。一瞬で、おっさんの声になってしまったんだ。罰というものが、当たったんだと思う。僕ちんの心が晴れることはないよ……この激しい雨のようにね」

 翠雨は冷静に吐き捨てた。

「一気に雨脚が弱まったぞ。お前には笑いの神がついていると思う」

 だが、次の瞬間だ。憂,永遠に突如、異変が起こった。


「声の出ない天才に、価値はない。さよなら、残酷な世界よ」

 憂,永遠が、衝動的に近くの蔦で首吊り自殺を図ったのだ。

 翠雨の頭の中に、冷たくなった祖母と、海へ消えようとしている遊楽の姿が閃光のように走った。


「やめろおぉ!」


 翠雨は泥にまみれながら飛び出し、憂,永遠の腰を力一杯抱き止めた。

「おれはお前が大嫌いだ! でも死ぬなよ、お前以外の人生も巻き込むんだぞ。残された方は、一生後悔しながら生きることになるんだ」

「でも……僕ちんは宝物を失ったんだ。こんな声じゃ、もう……」

「甘えたことばっかり言うな! お前は何処までも自分勝手だな。生きて反省しろ!」

「……どうして、どうしてそんなに優しいんだよ」

 弱まり始めた雨の中、二人は同時に泣き出した。翠雨は憂,永遠が差し出した真っ白なハンカチを、繰り返し振り払っている。自分の服の裾で強引に涙を拭った。


「もう、しつこいな……お前とは友達にならないからな! 二度と左遷ヶ島に来るなよ。おれはお前みたいな人間の心理が、何一つ理解できない。絶対に分かり合えない人種だ!」

 憂,永遠の長髪と、翠雨の前髪が、同じ方向へなびいている。憂,永遠は、翠雨の髪型を指差した。

「君は、僕ちん側の人種だと思うよ。方向性の違いで仲違いすることはないと思う」

「絶対に違う! お前なんか助けなければ良かった。もう行くからな」

 憂,永遠は翠雨を一度だけ引き止めた。


「……さっき、君と同じ目をした男性を見たんだ。ふくよかな体格をした男性だった……君のお兄さん?」

 翠雨の身体が凍りつく。

「優しそうな人だね。左遷ヶ島海水浴場の方へ向かったよ」

 翠雨は迷わず、後ろを振り返った。

「……『ふくよか』って何だ? まだ学校で習ってないから、分からないんだよ」

「……言葉に悩むなぁ。人の容姿を直接的な言葉で揶揄することは、僕ちんの倫理観が許さないからね」

「なんで言葉の節々に、いちいち品があるんだよ。言いにくいってことは、多分『太ってる』ってことだな。分かった、ありがとう」




 翠雨が居なくなった左遷ヶ島処刑場跡。

 憂,永遠は切れ長な瞳を、赤く潤ませている。

「初めて、人に叱られたな……僕ちんは、自分勝手な人間なのか……知らなかった」

 彼は京言葉で独り言を繰り返し始めた。

「東京へ帰れ……か。関東人に間違われるのは嬉しいなぁ。名前を聞けばよかった……ひぃっ!」

 彼は翠雨に夢中で足元にあった小さなお地蔵様を不注意に踏みつけてしまった。


「堪忍しとくれーーー!!!」


 彼はしゃがれ声を上げながらお地蔵さまの前で土下座をした。

 顔を上げた憂,永遠は恐怖の表情で固まっている。


 目の前に鎮座していたのは、お地蔵様ではなかった。闇の中で異形の笑みを浮かべる【(ぬえ)の石像】であったのだ。

 ギギギ、と不気味な音が響き、敷地内に放置されていた古い山小屋の扉が、意志を持つかのように開かれていった。


「なんだ……これ」

 吸い寄せられるように山小屋の中へ足を踏み入れた憂,永遠の前に、地下へと続く巨大な「滑り台」が現れた。


「ウワァァァァーーーー!!!」


 彼は足を踏み外し、野太い雄叫びを処刑場跡に響かせながら、暗黒の底へと落下していった。



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