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第8話 傷だらけのリュウ

 永伝寺(えいでんじ)の石段を駄弁(だべ)りながら登っていく。

 傘は雨の中、リュウが持ち続けてくれた。

 ふたりが向かった先は大きなお地蔵様が佇むお堂だ。子供が丁度、ふたりほど入れるスペースがある。お堂の屋根の下でリュウは傘を閉じた。


「リュウの学校は、まだ春休み?」

「京都は新学期が4月10日から始まる。明日から学校なんだ」

 翠雨(すいう)とリュウはお地蔵様に背を向け、雨空を見あげていた。

「京都からよぅ来たっちゃ〜! ……でも高速船は間に合うのか? フェリーじゃ間に合わないよな。そのあと本土から飛行機に乗って帰るんだろ?」

「寝ずに登校すれば良い。一日くらいなら問題ない」

「なら良かった! 学校には何が何でも行きたいもんな!」

 翠雨は満面の笑みを浮かべた。

「学校ってホント最高だよな〜! 給食が食べれるし、困っていても誰かが助けてくれる。家にいるよりずっといいよ。休みの日なんて無くなればいいのに」

「そうか? 俺は学校なんて無くなればいいと思ってる」

 リュウは初めて微かに笑った。


「見放された飼育小屋にいる気分だった。退屈で腹をすかせた動物たちがお互いに傷つけ合っている。餌を持っていると勘違いされたら、どこまでも追いかけ回される。話が通じないんだ」

 その言葉を聞いた翠雨は悲しそうに、けれど深く共感するように笑った。

「……リュウは、あの鋭利な牙を一斉に向けられたことがあるのか」

 リュウの恵まれた容姿を眺める。

「確かに餌を持ってる感じはするよなぁ……なにもかも、恵まれているように見える」

 彼は身長もスラリと高く、スタイルまで完璧だった。

「リュウの場合、嫉妬されやすそうだもんな。男の嫉妬は怖いよ、どこまでも追いかけてくる」

 風に乗ってきた雨粒が頬を伝う。お堂の隅では蜘蛛が淡々と巣を張っていた。

「バカって意味もなく攻撃してくるよな。気まぐれで敵味方を作って(あやま)ちを繰り返す」

「……リュウみたいな賢い人間が人に馬鹿なんていうと冗談にならんよ。言わない方がいい言葉もある」

 翠雨は大人びた表情でリュウの顔を覗き込んだ。リュウは納得したように頷いている。

「翠雨の言う通りだ、人に馬鹿というのは良くないな」

「その通りだっちゃ」

「……」

 リュウは()鹿()に変わる言葉を思いついたようだ。

()()は話にならない」

「人をあれ呼ばわりするな! 馬鹿より酷くしてどうする? 人からハゲって言われたら傷つくだろ? 人を傷つける言葉は良くないっちゃ。それぞれ気にしてることがあるだろ」

「……まずは自分の心配をしろよ、そのヘアスタイルは正解なんか? 俺は間違いやと思うで」

 ふたりは同時に笑い出した。リュウの目が宝石のように輝き出す。


「翠雨とは気が合う、話が尽きない。久々に同世代と話したよ」

「おれもそう思った! 初めて会った気がしないっちゃ! ……でも久々に同世代と話したってどういうこと? リュウは学校でも人気者だろ?」

 雨の勢いが徐々に弱まってきた。

「10歳からずっと1人でいる。ある一件があってから誰も寄りつかなくなった」

 翠雨は深く息を吸い込んだ。雨の匂いが広がっていく。

「……そういうことも、あるんだな」

 翠雨はキラキラとした瞳でリュウを見上げた。

「おれは離れたりしないよ。リュウがハゲたらおれも坊主にする。そのくらいリュウと友達でいたい。何年先も、ずっと!」

「……」

「リュウはハゲだから綺麗な坊主になるけど、おれはハゲじゃないから、どうせすぐ歪な坊主頭になるだろうな……伸び散らかってくるからさ」

「……」

 リュウは真顔で固まっている。翠雨の前髪は雨の湿気で七三分けになっていた。

「髪型が気になって話が入ってこうへん」

「リュウの頭の中は頭皮のことばかりだな、本当は気にしてるんだろ? だからおれも坊主にするって言ってるのに……そしたら問題ないっちゃ」

「ハゲと坊主は別物だ。この苦しみはお前には分からない」

「おれには分かる。髪型を隠す苦しみも、他人に触れられたくない苦しみもなぁ。だから金髪になんてするなよ! ブリーチはハゲるよ、お母さんが言うとった!」

 リュウは髪型をサッと整えた。

「……お前は悪魔か」

「大正解……おれは大悪魔だ!」


 視界の端にお地蔵様が見えた。

 お地蔵様の隣には狸のぬいぐるみが供えられていた。

 小さな狸の死骸が翠雨の記憶に浮かんだ。

「みんなはおれのことを優しいって言う。でも全然そんなことないんだ。おれは自分を守るために酷いことを沢山してきた」

 翠雨はリュウの広く、端正なおでこを見つめた。


「リュウは、おれを優しいと思う?」

 リュウは真顔で呟く。

「いや、それは有り得んな……本当に優しかったら、 今すぐ俺様の無駄に広い(ひたい)から目を逸らすはずだ」

「だから気にしすぎだっちゃ〜」

 翠雨はリュウが持っている傘を見つめた。翠雨の表情からは強張りが消えている。

「優しくしたことを後悔したか? リュウはお人好しだな。大悪魔を助けたんだから」

 リュウは前だけを見つめていた。


「俺は人に期待しない。翠雨がどんな人であっても、驚くことはないよ」



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