第1話 君はアイドル(挿絵あり)
人口約五万人の離島,左遷ヶ島。
自然豊かなこの島には、高貴な名を持つ少年が暮らしていた。
彼の名札は、今日も大きく傾いたままだ。
【 左遷ヶ島小学校 6年A組8番 】
【 王階 翠雨 】
山の中腹にある古びた寺、【永伝寺】の境内。
本堂に施された精巧な龍の彫刻は、沈みゆく夕日に照らされ、黄金色に輝いて見えた。
翠雨は、石段の隅に捨てられていたタンポポを優しく拾い上げた。
足元に咲く島の花々とは、見た目が大きく異なっている。
「よそから来た子だっちゃ……
増えないように、抜かれてしまったんだね」
彼は島の方言で、外来種のタンポポに声をかけている。
鳥の鳴き声に顔を上げると、朱鷺の群れが夕焼け空へと消えていくところだった。
大陸タンポポについた泥を丁寧に払う。
「おれの家においで。一緒に帰ろう」
翠雨はこの花をランドセルのサイドポケットへと挟み込んだ。
チリリン、チリリン!
錆びたベルの音が静寂を破った。1台の自転車が目の前の山道を降っていく。
「お、お前さん!!! もしかして……王階 翠雨くんか?!」
息を切らして自転車を停めたのは、見知らぬお年寄りであった。興奮した様子で、翠雨の顔を覗き込んでいる。
「やっぱりそうだっちゃ〜! 孫から話を聞いとるよ。カラオケ大会で優勝した美少年……いやぁ、髪型だけが惜しいなぁ。【チャチャチャ坊や】にしか見えんよ」
翠雨の髪型は、一房の前髪だけを残し、それ以外は坊主に刈り上げられていた。前髪の毛先は眉上で切り揃えられている状態だ。
(@チャチャチャ坊やステッカー)
「あの……お爺さん、
【チャチャチャ坊や】って……何?」
しかし、顔立ちは誰もが振り返るほどの並外れた美形であった。弱りきった蝶も、翠雨の周りから離れようとはしない。
お年寄りは確信したように頷く。
「アイドルになったらどうや? ご近所さんも同じことを言うとったよ」
「……頼むから、おれの質問に答えてくれ!」
軽トラックがふたりのすぐ横で一時停止をした。荷台に乗っている、柴犬「サクラ」と雑種の「ンボ」もご機嫌だ。
「この爺さんの言う通りや、翠雨は早く芸能人になるべきなんだよ……ちなみに【チャチャチャ坊や】っていうのは【溶怪会】の公式キャラクターのことやで。翠雨と瓜二つだっちゃ」
「……この島にプライバシーというものはないのか?」
笑顔の運転手が、手を降り去っていく。彼は最後に振り返り、空を指差した。
「暗くなる前に帰れよ。【溶怪会】には黒い噂があるからなぁ」
お年寄りもしきりに頷きながら、再び自転車を漕ぎ出した。
翠雨は彼らの背中を見送りながら、小さくため息をつく。
「……黒い噂って何? 子供に言えないような事なのか?」
指先には弱りきった一匹の蝶が止まっていた。翠雨は蝶に向かって優しく語りかける。
「【チャチャチャ坊や】は、おれとソックリな【溶怪会】の公式キャラクター。【溶怪会】は、何をしているのかよく分からない危ない団体」
蝶は羽を震わせるだけで、翠雨から離れようとはしなかった。
「ま〜た……
トラブルに巻き込まれる予感がするっちゃ」
中性的で美しい顔立ち、透き通った声に青みがかった大きな瞳。
翠雨を知る左遷ヶ島の人間は、みな口を揃えてある説を唱えた。
彼はきっと__
『芸能界の頂点に君臨するべき人物である』と……。




