第7話 4月9日……金のリュウ?!
そこには鬼気迫る鋭い目をした少年が立っていた。瞳は光を吸い込むように濁っていて真っ暗だ。彼は翠雨に傘を差し出しているため、自分自身は雨に濡れている。
翠雨は差し出された傘を少年に寄せた。
「ありがとう! でも、あなたが濡れてしまうから……おれは大丈夫」
翠雨より少し年上だろう。腰の位置が高く、手足もスラリと長い。なにより染め上げた金髪が、よく似合っていた。
「俺はリュウ。水辺が好きなんだ。龍の彫刻にも興味があって、永伝寺まで来た」
翠雨の頭の中に、ある言葉が浮かぶ。
(4月9日……金髪のリュウ?!)
リュウからの視線を感じ、翠雨は焦りながら口を開いた。
「おれは翠雨! 左遷ヶ島小学校の6年生!」
「……」
リュウは無表情で雨曇りの空を見上げている。
「酸性雨は薄毛の元だ。早く雨宿りしよう」
「なっ……せっかく自己紹介したのに、全然おれの話を聞いてないなぁ。なんだこいつ」
翠雨はハッとして、自分の口元を抑えた。
リュウはじっくりと翠雨の頭皮を眺めている。彼は強張った顔でポツリと呟いた。
「俺の家系は代々、三十歳でハゲる運命なんだ。ハゲ散らかってきたら坊主にする習わしがある」
「……ちょ、待ってくれ。はじめましてだろ? いきなり人生の秘密を打ち明けるのはやめたほうがいいよ……おれ、お前の親友だっけ?」
翠雨はハッとして、再び自分の口元を押さえた。
「あれ? なんで今、こんな親友に話すみたいなツッコミを入れちまったんだ? この人、さっき会ったばかりなのに……なんでか、全然嫌な気がしない……今、そう思っただろ?」
翠雨の心の声を見透かすように、リュウは静かに笑った。抑揚のない淡々とした喋り方だ。
「さっきからなんなんだよ、そんなこと思ってないって……少しだけ、思ったけど」
翠雨から晴れやかな笑みがこぼれた。
風に流されてきた青い葉がリュウの髪の毛に当たる。彼は何かを思い出すように、自身の頭皮について語り始めた。
「早期発見は予防に繋がる。でもハゲはどうにもならない。ゆえに予め断言しておく……俺がいずれ、ハゲることを」
「……だから、初対面の人間にいうようなことじゃないだろ。親友に打ち明けるようなことだっちゃ」
「いや、はじめましてだ」
リュウは翠雨の首元に巻かれたバンダナから目を逸らした。
「頭の形がいい翠雨に尋ねたい。坊主は快適か?」
風でめくれたリュウのおでこは、想像したよりもずっと広かった。
「……坊主じゃないけど、そりゃあ快適だよ、一番オススメな髪型だ」
「やはり快適か、それはすばらしいなぁ……なら何で前髪だけ残した?」
翠雨の前髪はポヤポヤと風に舞っている。
「それは言えない! そういう約束だから!」
「どんな約束やねん」
「……」
翠雨はしょんぼりとした表情で、自身の前髪をかき上げた。
リュウは標準語に声色を戻す。
「……探ったりして悪かった、もう前髪については触れない。そこは安心してほしい」
翠雨は鼻水を垂らしながら安堵の表情を浮かべている。
雨粒が大きくなってきたようだ。
リュウはふたたび翠雨に傘を差し出す。
「風邪をひくよ、おいで」
翠雨はコクリと頷くと、リュウの傘へと入っていった。
「ありがと……」
男2人で1つの傘は、やはり狭かった。肩同士がゴツゴツとぶつかる。翠雨はリュウの広い肩幅を二度見した。
「リュウって格闘技とかやってる? こんな肩幅、初めて見た!」
「……空手を少しだけ」
「確実に強いよな」
翠雨は左隣のリュウを見上げた。
「どうしておれに声をかけてくれたの? 龍の彫刻を探しに来たけど、それより衝撃的な髪型の少年がいて、話しかけたくなった? ……当たってる?」
「雨に濡れているガキがいて、放っておけなかった」
「……ガッ、ガキ?! おれを子供扱いするのはやめろよ。お前だってまだガキだろ……リュウって、品がありそうなのに全くないんだなぁ」
リュウは表情ひとつ変えずに話を続ける。
「このままでは風邪を引くと思って、心配になったんだ」
翠雨は思わず吹き出した。
「そんな冷たい顔で優しい言葉を吐く人間、初めて会ったよ……でも、全然嫌な気がしなかった」
リュウはクスリとも笑わなかった。
「ガキと呼んで悪かったよ、ウスイ」
「スイウだって! 今のはわざとだろ? 」
翠雨はとびきりの笑顔を見せている。
「濡れずに済む場所があるよ!
一緒に行こ__リュウ!」
相合傘をしながら、ふたりで歩いた。
雨曇りの空が、不思議と輝いて見えた。
リュウは少しだけ口角を上げて、自身の運命について喋っていた。
「早期発見は予防に繋がる。でもハゲはどうにもならない。ゆえに予め断言しておく……俺がいずれ、ハゲることを」
「なんでそのセリフを気に入ってるんだよ、さっきも同じことを聞いたよ……でもリュウって堂々としててカッコいいな! 潔くて男らしいっちゃ。おれもリュウみたいになりたい!」
翠雨は楽しそうに相槌を打っている。
彼はキラキラとした瞳でリュウの横顔を覗き込んだ。神仏の像のように整った横顔だった。
「リュウって物凄く鼻が高いな!」
リュウは得意気な顔をした。翠雨は自分の鼻に触れる。
「おれの場合、もう少し鼻が高ければって言われるんだよ。ほら、鼻の付け根が低いだろ?」
「誰に言われたの?」
その瞬間、リュウから表情が消えた。
「俺は思わない」
翠雨は目を細めて嬉しそうに笑う。
「リュウって神様みたいだな」




