第5話 ブラックなおじさん
ラーメン屋の店主はテレビの電源をプツリと切った。疑ったような顔で翠雨に声を掛ける。
「心霊スポットに、金龍雨天神話かぁ……俺は死後の世界も神様も全く信じとらん。翠雨くんはどうや?」
「そりゃあ、信じきれんよ……でも信じたくて堪らないっちゃ」
「どうしてそう思う?」
翠雨は真っ直ぐな瞳で店主を見つめた。
「不幸にも意味があるって思いたいから。不幸に生まれて不幸に死んで……はい、そこで終わり。そんなの、残酷すぎる」
翠雨は店主の長袖をめくり、袖口から覗く入れ墨を改めて見つめた。無邪気な好奇心を込めて笑っている。
「なんや! おじさんが不幸に見えるか?」
「見るからに壮絶だっちゃ〜、おれの仲間!」
「勝手に決めつけるな! ほんま怖いもの無しやなぁ……」
湿っぽい店内にふたりの笑い声が響いた。
「翠雨くんはまだまだこれからや。幸せになれるチャンスは幾らでもある」
タバコの煙が天井に染み込んでいく。
「俺みたいになるなよ、ちゃんと人に頼れ。辛かったら逃げろ……翠雨くんなら大丈夫や」
「おじさんの人生もこれからだよ」
店主の瞳が揺らいだ。彼は自身の欠けた指を見つめ、俯きがちに笑っている。
「翠雨くんって変にまっすぐで勇敢で、まるで古き世の『王』みたいよな。王階 翠雨……ええ名前や」
翠雨のペットボトルはいつのまにか空になっていた。ホワイトウォーターを最後の一滴まで大切に飲み干したのだろう。
店主はスッと椅子から立ち上がり、優しい笑みを浮かべた。空になったペットボトルを代わりに下げてくれるようだ。
「おじさん、ありがとう、ごちそうさま!」
「金の龍が見つかるとええね」
「え……?」
「素直になったほうがいい。龍の話をしとる時、目が輝いとったよ」
「……」
店主は洗い場のごみ箱にペットボトルを捨げ捨てた。ゴミの分別は、しないようだ。
「翠雨くん……気ぃつけてな。ありがとう」
ふたりは手を振り合ってお別れをした。
「おじさん、行ってくるね。龍を探してくる。友達になりたいんだ、金の龍と……馬鹿なのは分かっとる。でも、後悔したくない」
店主は優しく微笑んでいる。
「引き止めてごめんなぁ……応援しとるよ」
「おじさんのおかげで楽しかったよ! ありがとう!」
翠雨は店主にお辞儀をすると、このラーメン屋を後にした。薄暗い路地に伸びた店主の影は、とても黒く見えた。
靴音を響かせ永伝寺へと向かう。
商店街は、みるみるうちに遠ざかっていった。




