第4話 憂,永遠とRYU.(挿絵あり)
古びた店内の小型テレビは「雨系アーティスト特集」を放送していた。「心の雨が止まないアーティスト」を【雨系アーティスト】と指すそうだ。
今回取材を受けているのは、天才シンガーソングライター【 憂,永遠 】だ。
インタビュアーは神妙な面持ちで、赤髪と青髪が混ざり合った、怪しい長髪姿の【憂,永遠】に質問をした。
『憂,永遠さん最大のヒット曲【龍が降らした雨のあと。】は、いじめに苦しんだ経験から作られた楽曲とお聞きしました……無理のない範囲で、いじめのエピソードを教えていただけますか?』
「いじめは良くないよなぁ……」
翠雨はカウンターの隅に置かれたテレビ画面をかじりつくように見つめている。画面の中の憂,永遠は、声変わり前の透き通った声でポツリポツリと語り始めた。
「もしかして、おれと同い年くらいか?」
「そうやと思うで。声が若いもん」
画面越しに、憂,永遠がこちらを睨みつけている。
『あいつは、笑ったんだ……僕ちんが、自己紹介をしただけで』
ラーメン屋の店主はタバコの煙を噴き出した。蒸せながら野次を飛ばす。
「自分のことを僕ちんって言う奴がいたら普通笑うやろ……不意打ちで言われたら、そりゃあ衝撃やって」
翠雨は前髪を整えながら頷いた。
「夕方に再放送してた昔のアニメキャラとソックリな喋り方だっちゃ。染まりやすい性格なのかな?」
店主はまだゲホゲホと蒸せている。
「だとしても普通は、僕ちんなんて言わんよなぁ。こういうのが世間には「謎めいた天才」としてウケるんやなぁ……」
『僕ちんのどこが面白かったんだろう。理由は今でも分からない。だって、僕ちんは、人を馬鹿にして笑ったことが一度もないから』
画面右下のプロフィールには「趣味:トイレ掃除。特技:綺麗なトイレを汚く使うこと」と書かれていた。
翠雨は楽しそうな顔で笑い出した。
「最悪な特技だっちゃ、なんだこいつ……最初から汚すなよ」
すぐに口元を覆い、笑いを抑える。
「笑ったりしたら、いじめだもんな……」
ラーメン屋の店主は腕組みをしながら頷いた。
「トイレが好きなんは、昔いじめられとった名残りやろなぁ。学校での居場所がトイレしか無かったんやろ」
「……なら汚くなんて使うなよ。なんか、歪んでそうな人だなぁ。身近におったら、勝手に因縁をつけられそうだっちゃ」
『でも、御父上と御母上が守ってくれたおかげで、僕ちんはイジメを乗り越えられた。お爺ちゃまとお婆も、励ましてくれたよ』
「おかかうえなんて言葉、聞いたことないっちゃ。お爺ちゃまとお婆? お婆にだけ恨みでもあるのか? なんでこんなに不思議な言葉ばっかり使うんだろう。まるで催眠術にかかっている人みたいだ。本当に本人の意思で動いているのかな?」
翠雨は疑った顔で腕組みをした。
『僕ちんをイジメてきた奴は、髪を金髪に染めている、ゴリゴリのヤンキーだった。でも僕ちんの家族が守ってくれたおかげで、黙って引っ越していったよ。僕ちん最大のヒット曲【龍が降らした雨のあと。】の歌詞に出てくる龍は、そのいじめっ子がモデルなんだ。【金龍雨天神話】をモチーフにした歌詞になっているよ』
翠雨は考え込むように首を傾げている。
「どうしていじめっ子を龍に例えたんだろう。いじめっ子は、髪を金髪に染めているような、ゴリゴリのヤンキーなんだよな。それと金龍雨天神話に何の関係が……」
憂,永遠から笑みが溢れたタイミングで、明るい質問に切り替わった。
『憂,永遠さんは心霊スポット巡りが好きなことで有名ですが、今、一番行きたい心霊スポットはどこですか?』
『左遷ヶ島! 左遷ヶ島処刑場に行って肝試しがしたい』
「お前は絶対に来るな……あそこは本当に人が殺されとるんやぞ。地元の人間でも行かんような所だっちゃ」
翠雨は眉をしかめて考え込んだ。
「なんだろう、なんだこの違和感……可哀想な人なのに、可哀想と思えないのは、どうしてなんだろう……」
ラーメン屋の店主が小さな飴玉を翠雨に差し出した。
「おじさん、ありがとう」
「気にするな。チャンネルを変えようか」
「変えなくて良い! もう少しだけみたい」
翠雨は飴玉を頬に詰めながらテレビ画面を見上げた。
特集の最後に流れたのはコンサート映像だ。憂,永遠の大規模なステージが映し出されている。
『それでは最後に、聴いてください……
【龍が降らした雨のあと。】』
コンサート会場に赤い雨が降り注ぐ。
♪〜『仲間にだけ優しい、それ以外はどうでもいい……その生き方は正しいのかな?
【 RYU. 】……君は本当に優しいの?』
曲の最後は、憂,永遠のセリフで締めくくられた。彼は不気味な笑みを浮かべている。
『金の龍よ、永遠にさよなら__』
「【金龍雨天神話】って、親友のために八つ裂きにされる龍の話だよな。最後に笑うような話じゃないんだけどなぁ……あぁ、そうか」
翠雨は頬杖をつきながら静かに呟いた。
「死んでほしいほど憎いってことか。
その、いじめっ子のことが__」
(憂,永遠のアーティスト写真)




