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第1話 4月9日……金の龍?!

 朝の光に照らされた通学路だというのに、子供の姿はまばらだ。昨日、紛失したアイディアノートを探しながら歩いていると、大型犬の散歩をする主婦に呼び止められた。


「あら、翠雨(すいう)くん……ちょっといいかしら。今日って何日だっけ?」

 翠雨は立ち止まり、朗らかに答えた。

「4月9日だよ!」

 主婦は顎に手を当てて、考え込むように俯く。

「4月9日。お祭りなんてないわよね?」

「うん、春祭りは来週だっちゃ」

「そうよね……」

 彼女は利口な愛犬を撫でながら話を続けた。

「今朝、犬がすごく吠えるから、起きてみたら……笛と太鼓の音が聞こえてきたのよ。微かだけど、地面から響いてくるみたいで。ねぼけてたのかしら?」

 翠雨は首を傾げる。

「よくわからないけど、お祭りはないよ」

「変なの、ありがとうね……あの、そのバンダナどうしたの?」

「これ?  お父さんが東京のお土産に買ってきてくれたんだ。バンダナを首に巻く、忠犬ファッションが流行っとるらしいよ! お父さんが、おれに一番似合うって選んでくれたんだ」

 今日の翠雨は、バンダナを三角形に結び、胸元に広々と垂らしていた。ペットモデルの大型犬が広告でよく見せる「忠犬スタイル」だ。

 主婦は愛犬のゴールデンレトリバーと見比べ、同じファッションをしていることに戸惑っている。

「そ……そうなのね! に、似合ってるわよ……」

「ありがとう!」


 桜の花びらが舞う校門を上機嫌でくぐり抜け、古びた玄関で上履きに履き替えた。登校してきた児童がお互いに挨拶をする声が聞こえてくる。翠雨は渡り廊下の窓から校庭の桜を見つめていた。

「祭りなんて……無いよな」 


 午前中の授業は、まるで水が流れるように淡々と過ぎていった。一限目、二限目……給食が終わり、すぐに昼休みが始まった。見慣れたメンバーでドッジボールを楽しむ。


 終わりの会を終え、放課後になると男子4名が翠雨の元に群がってきた。昼休みと同じメンバーだ。

「おれは待ち合わせ場所じゃないっちゃ!」

 京極(きょうごく)カズヤはお構いなしに翠雨の顔を覗き込んだ。

王階宮(きみしなのみや) 翠仁(すいひと)さま! 金の龍を探しに行きませんか?」

「変なあだ名は辞めろっちゃ、皇帝家の跡継ぎか! 金の、龍って……金龍(こんりゅう)雨天神話(うてんしんわ)の、あの龍のことか?!」

「……こんりゅ? よぅ分からんけど、とにかく金の龍を見つけて、転生寺(てんしょうじ)リンネに情報提供出来たら……」

 カズヤは興奮のあまり、拳を高く突き上げた。放課後の教室に彼の声が賑やかに響く。

「賞金100万円だってよ。これは探すしかない、決まりやな」

 仲間の左京(さきょう)レイヤと左近(さこん)ジュンも賛同した。

「翠雨がおらんとつまらんて……」

「そうや、みんなで行こうっちゃ〜」

 冷静な宇治(うじ)タカシが彼らを落ち着かせる。彼は何も知らない翠雨に説明を付け足した。

「カズヤたちが言ってるのは、今朝のニュースで告知されてた都市伝説特番のことだよ。今夜七時から、転生寺リンネを解説に迎えて【金の龍】を全国一斉捜索するらしい」

 タカシは要点を整理するように語り始めた。

「出現の条件は二つ。一つ目が【海や沼などの水辺】であること。二つ目が【本物そっくりの龍の彫刻がある神社仏閣】らしい……この条件が揃う場所が、最も龍に会える確率が高いんだってさ」

 彼はひと言付け足した。

永伝寺(えいでんじ)は除外だな。あそこの龍は漆がハゲハゲだ。あんなところに金の龍は出ないだろ」

 仲間たちの高揚した声が聞こえる中、翠雨は何処か上の空だ。

「もし金の龍が本当にいたとしても、追いかけ回したら気の毒だっちゃ……」


 まぶたの裏に「金龍(こんりゅう)雨天神話(うてんしんわ)」の小さな金龍が浮かんでいたのだ。龍王から逃げ回っている、傷だらけの今にも息絶えそうな姿だ。龍と同じ痛みを共有するように翠雨の表情が強張っていく。

 翠雨は熱に浮かされたように虚ろな目つきで冷や汗をかきはじめた。


「ごめん、今日はパスだ……急に、身体が重くなってきた。おれは行かない」

「はぁ?! なんだよ……ドッジボールだってお前が一番強かったろ? そんなに元気なら行けるって」

 カズヤはそう言って腕組みをした。翠雨は首を横に振る。

「今日だけは無理だ……ひとりになりたい。今……物凄く悲しい気分なんだ」

「なに格好つけてんだよ!」

 カズヤを筆頭に大ブーイングが起こる。

 タカシだけは翠雨を心配そうに見つめていた。

「翠雨は毎年今くらいの時期におかしくなってる気がするなぁ……おれの気のせいか?」

「確かにその通りだっちゃ……でも、理由が分からないから困る」

「年中おかしいやろ。常識人やったら、この髪型に耐えられへんて……あと、そのバンダナ、変やで? せめて腕に巻いたらどうや?」

 カズヤが文句を言い始めた、その直後だった。タカシが突然、翠雨の両肩を掴んだのだ。

「……なにごとだっちゃ!」

「翠雨が倒れたのって、ちょうど去年の今日だよな? 四月九日!」

「……」

 翠雨は目を丸くして固まっている。

「あぁっ! あったあった……」

 そう言うとカズヤは去年の【四月九日】について語り始めた。


「……いきなり倒れたんよなぁ! 四と九が並んだ日だから縁起が悪いって騒ぎになったんだよ。苦しんで死ぬんじゃないかって皆で心配して……」

 カズヤは話の途中で、覚悟を決めたように頷いた。男らしい表情で翠雨を見つめている。

「翠雨! 今日は休め! 無理はするな」

「だからおれは初めから休むって言っとる!

お前のせいだっちゃ……おれがここまで疲れ果てたのは」

 賑やかな笑いが起きた。翠雨は途中まで仲間たちと一緒に帰ることになった。

 桜が咲く校庭をワイワイと男5人で通り過ぎていく。誰一人、見頃の桜に見向きもしない。翠雨は肩に落ちた桜の花びらを迷わず右手で払った。


「あっ! 島流しオールスターズだ! バイバイ」


 下級生たちに声を掛けられた5人は、わざとらしく高貴な仕草で手を振り返した。

 全員が京都由来の苗字を持つ彼らには、学校で公然と付けられたあだ名がある。それが「島流しオールスターズ」だ。


 校門の前で仲間たちと手を振り合い別れた。翠雨以外の4名は港の方角へと騒ぎながら走っていった。金の龍について語り合う声が夕焼け空に吸い込まれていく。











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