プロローグ 龍と雨(イラストあり)
満月に照らされた海面が、金の鱗のように輝く夜。
離島の入り江に降り立った男は、歪な坊主頭だった。連行してきた役人が、鼻を鳴らしてあざ笑う。
「京都の一流役者が島流しとはな……
おい、罪人……今ここで踊ってみろよ」
すると男は不敵な笑みを浮かべ、軽やかに地を蹴り上げた。
不気味な面を被った体が、まるで本物の「妖怪」が現れたかのように変貌していく。月光に照らされた指先が光の尾を引くその舞は、あまりに鋭く、そして残酷なまでに美しいものであった。
冷笑していた役人は呼吸を忘れ、人々はただの石像のように立ち尽くすほかなかった。
(この舞を……
この【 天睛芸能 】を__
誰かに、繋ぐことはできないのだろうか)
男の最期の祈りは、降り始めた雨と共に、左遷ヶ島の大地へと染み込んでいった。
それから約六百年。
祈りを吸い込んだ地層のさらに深く。
暗黒の底には、巨大な地下帝国が息を潜めていた。
地鳴りのような駆動音の中、無骨なエレベーターが地上を目指して急上昇している。
乗り込んでいるのは、ピンク色のワンピースを着た怪しい男性だ。「妖怪図鑑」と記された小冊子と【溶怪会】と印刷されたビラが入った、透明なビニール袋を抱えている。彼はこの【溶怪会】という謎の団体に属する人物だろう。
やがてガタン、という衝撃音とともに鉄製の扉が開いた。
目の前に現れたのは、洋館造りの巨大なホールだ。
ズラリと飾られた額縁の中で、妖怪の絵画が滑らかに動き回っている。これは魔術か、それとも科学か。
男性がその前を通ると、妖怪たちは一斉に、決まった角度で手を振ってみせた。
彼は秘密の扉を抜け、夕焼けが差し込む屋外へと踏み出した。後ろを振り返り、この建物を見上げる。
屋上からは触手のようなアンテナが幾本も天に向かって伸びていた。アンテナの根元に飾られた無数の風車は音もなく回り続けている。
ピンク色の外壁には【金の龍】の紋章がシンボルマークとして刻まれていた。よそから紛れ込んだ、毒々しい異物のような巨大施設だ。
その隣には、一軒の古い平屋が建っている。
傷だらけの表札には、かつて都を支配していたであろう、高貴な名が刻まれていた。




