第68話:試される車内 二人の名前
いよいよ夏休み編、突入です。
終業式を終え、一行はキャンプの聖地、朱鞠内湖へと向かいます。
道中の車内では、さっちゃんのお母さんの思わぬ一言から、楓が窮地に立たされることに……?
夏休みに入り、待ちに待った吹奏楽局のレクリエーション当日を迎えた。
晴天に恵まれ、風もない。キャンプ日和だ。ありがたい限りである。
俺はいつものソロキャンプセットを背負い、さっちゃんの家へと向かった。
今回はさっちゃんのお母さんがミニバンを出してくれることになり、ハルちゃんも一緒に乗せてもらうことになったのだ。
バイクを止めさせてもらい、まずはご挨拶。
「さっちゃんのお母さん、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね。さつき、楽しみにしてたみたいだから」
運転席には、さっちゃんのお母さん。
助手席には全員分の大きな荷物が積み上げられている。
二列目シートには俺とさっちゃん、そして三列目の最後部にハルちゃんと残りの荷物という布陣だ。
「私、なんで荷物の横なのー!」
ハルちゃんが荷物に挟まれながら文句を言う。
「ねぇ? 送ってもらう身で文句は言えないんだけどさ、さっちゃんが助手席に座ればよかったんじゃない?」
俺が小声で隣に言うと、さっちゃんはニシシと不敵に笑った。
「それじゃあ、楓と話しにくいでしょ?」
その言葉にドキリとしていると、ルームミラー越しにさっちゃんのお母さんが声をかけてきた。
「いつも、さつきのことありがとうね。今日もいっぱい食べると思うから、楓くん、頼むわね」
「お母さん! やめてよ、恥ずかしい……!」
さっちゃんが真っ赤になって抗議する。俺はそんな二人のやり取りに笑みが溢れた。
「さっちゃんには中学の頃からずっと支えてもらってますから。本当に頼れる仲間ですよ」
「楓……」
さっちゃんが少し潤んだ瞳で俺を見る。すると、さっちゃんのお母さんの視線がキラリと光った。
「あら。楓くん、いまだに『さっちゃん』って呼んでるの?
さつきは『楓』って呼んでるんだから、楓くんも『さつき』って呼んであげればいいのにねぇ」
さっちゃんのお母さんが娘に向かって、茶目っ気たっぷりにウインクをした。
「……そうだよ! ウチのこと、名前で呼んで!」
「えー、それはちょっと……」
「お母さんもそう言ってるんだよ?」
二人の勢いに押され、俺は喉まで出かかった言葉を必死に絞り出す。
「じゃ、じゃあ……さつき……さん」
「さん、いらない!」
「……さつき?」
「なあに?」
その破壊力に俺が悶絶しかけていると、最後部から冷ややかな、しかし熱い視線が突き刺さった。
「ちょっと!! 私……私も呼んでよ!
私のことも、名前で呼んでよ!」
ハルちゃんが三列目から身を乗り出し、頬を膨らませて怒っている。
「へっ!? あ、いや……」
「私じゃ……ダメ?」
……逃げ場はない。俺は覚悟を決めた。
「……葵」
「なあに?」
ハルちゃんまで、蕩けるような笑顔で返事をする。
「いや、無理だー!
さっちゃんのお母さん、なんてこと言い出すんですか!
もう、二人とも勘弁して……!」
車内は爆笑に包まれ、「練習しといてね」「ちゃんと呼べるようにならないとね」と追い打ちをかけられながらドライブは続く。
山間部を進んだところで、「確かこの辺に展望台があったはず」とさっちゃんのお母さんが車を止めた。
緑溢れる森林に、大きな湖。いくつもの緑の島が点在している。
「楓、すごいね! 緑が綺麗。島なんかもあるんだね!」
「りん、湖ってこんなに青いんだね!」
青い空を映す湖面には、流れる雲もはっきりと映し出されている。
やはり、こんな景色を見せてくれる北海道は本当に素晴らしいと思う。
休憩を終え、再び車が走り出してしばらく経った頃。俺はある施設を目にして声を上げた。
「すいません、まだ時間に余裕ありますよね?
そこで車を止めてもらえますか?」
「何? 楓、トイレ?」
さっちゃんが不思議そうに首を傾げる。
俺は窓の外をじっと見つめながら、短く答えた。
「いや……。ちょっと、見せたいものがあるんだ」
ついに始まった夏休み!
さっちゃんのお母さんのナイスアシスト(?)により、楓の「名前呼び」ミッションがいきなり発動してしまいました。
タジタジな楓ですが、道中で彼が見せたいものとは……?
次回、北海道の歴史に埋もれた「秘密の場所」へご案内します。




