第66話:試される大地 北海道
北海道の朝の空気、そして「試される大地」の洗礼(?)を受ける楓をお楽しみください。
作中のある言葉の意味に気づいた時、楓の動揺がより伝わるかもしれません。
朝四時。
キャンプ場の静寂を、スマートフォンのアラームが切り裂いた。
そうそう、昨日はここでキャンプをしていたんだ。
なぜ、こんなに早く起きるのかって?
それは「朝マヅメ」だからだ。
釣りをする人ならピンとくるだろう。
一日の中で最も魚が釣れる、黄金の時間帯のことだ。
「四時なんて、まだ薄暗いだろ」
関東の人はそう思うかもしれない。
九州の人なら「真っ暗じゃないか」と呆れるだろう。
けれど、ここは北海道。
日の出が関東より三十分、九州より一時間も早いこの地では、もう辺りは十分に明るいんだ。
俺が手に取るのは、八フィートのルアーロッド。
通常の川で使うには長すぎるが、ここ天塩川は川幅が広い。
この長さが、むしろ武器になる。
狙いはヤマメにニジマス。
もちろん釣れるに越したことはないけれど、俺が早起きするのは、この景色を独り占めしたいからでもある。
霧がかった川面に、少しずつ朝日が差し込んでくる。
中洲の木々には、昼間は見ることのない野鳥たちの姿。
アオサギがじっと水面を睨み、獲物を狙っている。
この景色を見るだけで、自分の悩みってちっぽけだなーって。
生きてるっていうより、生かされてるなーって感じるんだよな。
バシャッ!
魚が水面の餌を捕食する「ライズ」が起きた。
かなりの大物が潜んでいるようだ。
俺は小魚の形をしたルアーをセットし、キャストを開始した。
木陰のオーバーハング、岩が作る白い泡の溜まり場……。
ポイントを丁寧に探るが、なかなか反応はない。
俺が狙いを定めたのは、中洲で分かれた川が再び一つに合流する地点。
二つの流れからエサが集まる、絶好のポイントだ。
流れに乗せながら、リールをゆっくりと巻いていく。
――ガツン!
その瞬間、手元に強烈な衝撃が走った。
一気に竿を立て、フックを深く突き刺す。
重い。
獲物は左右に激しく走り、強烈にラインを引っ張っていく。
キリキリと糸が鳴る振動が、ダイレクトに掌へ伝わってきた。
「これは……デカいぞ!」
バシャバシャッ! バシャバシャッ!
激しいエラ洗い。
魚が水面に躍り出て、ハリを外そうと首を振る。
最大のピンチだが、同時に最大のチャンスだ。
長いロッドの弾力と太いラインを信じ、一気に距離を詰める。
最後は優しく、足元へ引き寄せた。
美しい赤紫色の太いライン。
背中やヒレに散る、鮮やかな黒い点。
三十センチを超える、見事なニジマスだ。
「ナイスファイト、ありがとな」
感謝を伝え、俺は彼を優しく川へとリリースした。
風景も釣りも堪能したところで、次は朝飯だ。
焚き火台に火を熾す。
少し朝露に濡れた枝からの煙は、ちょっとだけ目が痛いが、いい香りだ。
昨日買った食パンに、カニクリームコロッケを贅沢に乗せる。
ソースをたっぷりかけて、ホットサンドメーカーでギュッと挟んだ。
焚き火の炎で、じっくりと炙っていく。
その間に、お湯を沸かしてインスタントコーヒーを淹れた。
「そろそろかな……」
焼き上がったパンを一口齧る。
外側はカリカリ。
中はカニクリームコロッケから溢れ出したベシャメルソースで、トロットロだ。
「うまい……!」
熱いコーヒーが、この濃厚な味に最高に合う。
天塩川の朝風に吹かれながら、俺は至福のひとときに浸った。
「やっぱり楓だ!」
「さっちゃん!?」
ノースリーブのトップスにショートパンツ。
……目のやり場に困る。
「朝のランニングしてたら、黄色いバイク見えたから、ひょっとしたらと思ったら」
「さっちゃんは健康的で素敵だね」
「ありがとう! でも、お祭りで食べ過ぎだって吉川と楓に見られたからなんだけどねー、ウチ。反省中!」
「ごめん。でもさっちゃんはスタイルもいいから、食べるのは気にしなくていいのにな。おばあちゃんも喜んでたし」
「えへへ」
「そうだ、早速だけど朝ごはん作ってたんだ。さっちゃんも食べなよ」
「いいの? 美味しそう。いただきます!」
「おいしー! やっぱり、楓は料理上手いよね。ウチも頑張っておいしい料理食べさせられるように頑張るね!」
「うん……(ん? 誰に?)」
「一人でキャンプってすごいね。テントの中は、こうなってるのかー」
さっちゃんは、四つん這いになってテントの中に入っていく。
ショートパンツから伸びる健康的な脚。……どうしても、目のやり場が。
そのまま寝っ転がり始めた彼女は、うつ伏せ姿でこっちを見て、
「ウチも、楓とキャンプしてみたいなぁ」
さっちゃんの、広大な大地が育んだ谷間が!
俺は慌てて目を逸らす。
「こっち入ってみてよ」
「えっ?」
そのまま、テントの中に引きずり込まれた。
「うんうん! いいね! 二人で焚き火見て、ご飯食べて、星空見て、テントの中で語らうの」
「……う、うん。前に話してたレクリエーションの企画、進めてみようか」
平然と話してみたが、隣で転がるさっちゃんのカムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)が視界に入り、
俺の目は、全速力でクロールを開始した。
「そうだね。もうすぐ夏休みだし、計画立てようね。本当はこのままゴロゴロしてたいけど、ウチまだランニングの続きがあるから。また学校でね!」
「うん。気をつけてね」
なんか、今日は濃厚な朝だったな。
余韻に浸りながら、片付けをして帰路につく俺だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
さっちゃんの無防備さは、まさに大自然の脅威……。
「カムイミンタラ」に足を踏み入れた楓の目は、しばらくクロールが止まりそうにありません。
応援よろしくお願いします!




