第63話:葵の神社祭(前編)―背伸びと焦燥ー
神社祭、春日葵編です。
今回は葵の視点から、当日の心境を描きました。
さつき編と重なるシーンの裏側にあった、彼女の葛藤をお楽しみください。
放課後の廊下。さつきの弾んだ声が、今の私には少しだけ眩しすぎた。
「あ、ウチの家の近くだ! だったら楓のこと迎えに行くよ」
……また、さつきに先を越された。
家が近いっていう、ただそれだけの理由。
でも、その「ただそれだけ」が、今の私にはどうしようもなく高い壁に感じてしまう。
「私の家、遠いよぉ……」
冗談めかして言った言葉は、半分以上が本音だった。
家に帰り、ベッドに突っ伏す。
何もないとは思うけど、何かあるかもしれないし。
……いや、考えすぎだわ。たかが十五分程度の道のりで、何かあるわけがないじゃない。
私の勝負はお祭り会場から。
それまでにできることをしよう!
悔しいけど、「可愛い」じゃあさつきに勝てないから、少しでも女性らしさで勝負よ。
大人っぽく見えるように、水色系の浴衣に紺の帯。
お化粧は……いつものメイクしか分からん!
「お母さーん!」
助けを求めてやってきたお母さんは、並べられた浴衣を見てニヤリと笑った。
「あら、随分大人っぽいカラーにしたね。いいじゃない」
お母さんは私の前に座ると、手際よくメイク道具を広げ始めた。
「いい? 葵。健康的に見えるように、ベースは明るめの色を自然に馴染ませるの。アイメイクはベージュ系を基本にするけれど、浴衣の色に合わせて青系のシャドウを目尻にだけワンポイントで。こうすると、夜の灯りの下でグッと大人っぽくなるわよ。リップはピンクベージュ。最後にグロスを少しだけ乗せれば、派手すぎないけど艶感が出て、色気が増すわ」
魔法みたいに変わっていく鏡の中の自分を見て、私は感心するしかなかった。さすがはお母さん。
「お母さん、ありがとう……!」
「浴衣も見てあげるわ。……あ、葵。見栄を張って胸に余計なものを詰めないの。何もしないのが一番綺麗なんだから。ズレたりしたら、自分も周りも気まずくなるでしょ?」
「うっ。……でも……」
図星を突かれて言葉に詰まる。そんな私にお母さんは鏡越しに真剣な顔をした。
「もし、自分をよく見せたいなら、所作を大事にしなさい」
「所作?」
「簡単にできることだと、姿勢を良くすること。物を掴むときは親指、中指、薬指の三本で掴むイメージ。片手でできることも必ず両手で支えるようにすること。これだけで美しい女性に見えるわ」
むむむむ……。
簡単ではないよ? でも、頑張るよ。
「じゃあ、行ってくるね!」
お祭り会場に到着すると、すでに吉川くんとムツくんがいた。
人混みの中でも背筋を伸ばし、お母さんの言葉を意識して歩いていく。
「なんか春日さん、いつもより可愛いっていうか……美人って感じがするね」
ムツくんがまじまじと見て言ってくれた。効果、あるんだ!
嬉しさを抑えて優しく微笑んで返す。これも所作の一つ。
「本当だ、春日さん今日はキレイだね!」
(おい吉川くん、言い方間違ってないかい? 『今日は』ってなんだよ)
「あん!?」
デリカシーのない言葉に、思わずちょっとだけヤンチャな声が出てしまった。
「ひっ……」
吉川くんが情けない声を出し、カメのように首をすくめる。あ、いけない。所作、所作。
しばらくして、人混みの向こうからりんとさつきが歩いてくるのが見えた。
りんは私の姿を捉えると、ポツリと独り言のように漏らした。
「きれいだ……」
(ヒャッハー!!)
いかんいかん。心の中の世紀末モブがはしゃいでしまった。
「……ありがと」
顔が熱くなるのを隠して、五人で歩き出す。
けれど、さつきがさっきからずっとウキウキしているのが、どうしても気になる。
「さつき、迎えに行ったんでしょ?」
探るように聞いてみると、さつきは余裕の笑みを浮かべた。
「うん。おじいちゃんの家に結構早くに着いたからさ。一緒にご飯食べさせてもらってから来たんだ」
「えっ! ご飯ご馳走になったの?」
私の顔は、みるみる強張っていくのが自分でもわかった。
「うん。上がって食べなさいって言われて……竜胆家の皆さんと一緒に」
まさか、そんなことになっているなんて……。
家族とご飯なんて、もうそれ、外堀を埋めて公認を得たってことじゃないの!?
「……りん。私も、行きたかったよ。私だけ除け者なのかよ、って話だよ……ニコッ」
ガックリしすぎて、まともな笑顔が作れない。
でも、気持ちを切り替えてテンションを上げないと、りんに変な心配をかけちゃう。
そう思っているのに、追い打ちをかけるように下駄の鼻緒が擦れて痛んできた。
「見て見て、いちごかき氷食べて舌が赤くなっちゃった!」
「ちょっと気持ち悪いんだけど」
吉川くんの顔を見たら、なんだか腹が立ってバッサリ言ってしまった。
違うんだよ。私の心が、モヤモヤしているんだ。
そして足が本当に痛くなってきた。あー、もう血が出ちゃってる。
本当はいっぱいお祭りをみんなと、りんと楽しみたいのに、胸の中が不安と痛みで溢れてきちゃうよぉ。
やばい、泣きそうになってきた。
「……ハルちゃん?」
不意に、りんに名前を呼ばれて心臓が跳ねた。
「……ハルちゃん、足大丈夫?」
気づかれてしまった。
私は震えそうな声をなんとか落ち着かせて、それから小さく頷いた。
「……うん。ちょっと、痛いかな」
りんはすぐにみんなに声をかける。
「みんなごめん、俺ハルちゃんのこと送ってくわ」
りんの言葉に、ムツくんや吉川くんも私のことを心配し始めた。
さつきだけは一瞬、複雑そうで、不服そうな顔を見せたけれど。
……うん、当たり前だよね。せっかく楽しみにしていたのに、私のせいで台無しにしちゃった。
「わかった……。楓、葵のこと、お願いね」
さつきはまるで自分に言い聞かせるようにそう言って、りんに私を託してくれた。
……今日の私は、本当にダメダメだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
りんからの褒め言葉で一度は舞い上がったものの、さつきの衝撃の告白で一気にどん底へ……。
足の痛みと心の焦燥が重なる、葵にとっては試練の前半戦となりました。
次回は、二人が家に着いてからの「後編」をお届けします!




