第61話:さつきの神社祭(前編)―お嫁さん最有力候補!?―
お待たせしました!
今回は神社祭のお話です。
さつきの気合の入りようを楽しんでいただければ幸いです。
今日は待ちに待った神社祭。
校内には朝からどこか浮足立った空気が漂っていて、部活動も今日はお休み。
ウチにとっては、この夏最大の勝負所になるはずだったんだけどなぁ。
「……葵も、やっぱり行くよね?」
放課後の廊下。私は隣を歩く親友であり、最大のライバルでもある春日葵に声をかけた。
葵は少しだけ視線を泳がせてから、小さく頷く。
「……うん。宵宮、行きたいと思ってるけど……。一緒に誘おうか」
「うん、そうだね」
内心では「楓と二人きり」というシチュエーションを夢見ていないわけじゃないんだけど。
でも、あからさまな抜け駆けをする勇気も、今の私にはまだムリー。
それに、楓は少し変わった気がする。
一年生の女の子に告白された時から、彼は「真剣に好きな人」について考えるって言ってたから、ウチが意識しちゃっている。
それが誰なのかを考えると、胸の奥がチクりと痛んで、どうしても臆病になっちゃう。
私たちは教室の入り口で、楓を待ち伏せした。
「楓、お祭り行くんでしょ? 一緒に回ろうよ」
できるだけ自然に、でも期待を込めて誘ってみる。
楓の返事は「ムツと吉川も一緒だけど、いいのか?」だって。
……吉川にムツ。うん、いつものメンバーなのね。予想はついちゃう。
大人数のほうが誘いやすいし、なにより「誰か」と二人きりにさせるより遥かにいいし。
そんなことを考えていた矢先、勝利の女神が私に微笑んだ。
楓が、お祭りの期間はじいちゃんの家に泊まっていると言い出したの。
「ひばり公園の近くだよ」
その言葉を聞いた瞬間、私の脳内には地図が展開された。……ひばり公園!
ウチの家のすぐ近くだ!
「あ、ウチの家の近くだ! だったら楓のこと迎えに行くよ」
思わず声が弾んだ。葵の「私の家、遠いよぉ……」という悔しそうな呟きが聞こえる。
ごめんね、葵。でもこれは地理的な勝利なんだよ。
真顔で小突いてくる葵を、私はニヤニヤしながら小突き返した。
今夜、私は一歩リードさせてもらうからね。
家に戻った私は、戦場に赴く武士のような心持ちでクローゼットを開けた。
やっぱり、お祭りといえば浴衣だ。
「お母さーん! 浴衣、どっちがいいかな!」
広げたのは、金魚の絵柄が入った可愛らしいものと、シンプルな青い花柄。
鏡の前で合わせていると、お母さんが部屋を覗き込んでニヤリと笑った。
「楓くんと行くなら、金魚の方がいいと思うわよ。ピンクの帯を合わせれば、女の子らしくて可愛いじゃない。ほら、青い方は大人びてるし、葵ちゃんが着てきそうでしょ?」
……妖怪サトリか、ウチのお母さんは。
なぜ楓と行くことがバレているのか。そして、葵が青系の浴衣を選びそうだという予測まで完璧に的中させている。
「じゃあ、お母さん、お願い!」
着付けをしてもらいながら、鏡に映る自分を見る。
よし、準備は万全だ。待ってなさいよ、竜胆楓。
少しだけ……いや、かなり気合が入りすぎたかもしれない。
おじいちゃんの家の前に着いたのは、約束よりだいぶ早い五時だった。
ひばり公園の横を通り過ぎる時、ふと足が止まる。
ここはウチが小さい頃、泥んこになって遊び回っていた場所だ。
楓のおじいちゃんの家がすぐ近くだっていうなら、もしかして……。
(ひょっとしてウチら、小さい頃にここで会ってたのかも……?)
砂場で山を作っていたあの子や、ブランコを必死にこいでいたあの子。
その中に、まだ出会う前の楓がいたんじゃないか。
そんな想像をしたら、なんだか急に運命的なものを感じて、顔が熱くなっちゃった。
もしそうなら、今こうして浴衣を着て彼の家に向かっていることも、ずっと前から決まっていたことのように思えてきちゃう。
少し近所を散歩して時間を潰そうかと思ったけれど、道端に止まっている見慣れた黄色いバイクが目に飛び込んできた。
あ、楓のバイク。……じゃあ、ここがおじいちゃんの家なんだ。
胸が高鳴る。
早すぎるのはわかっているけれど、玄関の前でウロウロしているのも不審者みたいだ。
ウチは意を決して、楓のスマホを鳴らした。
『楓ー、なんか家の前に黄色のバイク止まってたから……』
震える声で状況を伝える。
電話の向こうで楓が驚いているのがわかった。
「えっ、家の前にいるの?」
……来る。ガチャリ、とドアが開く音がした。
襟元は乱れていないか。背筋を伸ばし、最高の笑顔を作ろうとした、その時.
「可愛い……」
開口一番。楓が呆然としたようにそう呟いた。
……ずきゅーん!
ウチの心臓に、楓の不意打ちが突き刺さる。
お母さん、ありがとう。この浴衣、大正解だよ。
「……ありがと」
顔が熱くなるのを隠すように、ウチは視線を逸らした。
けれど、幸運はそれだけで終わらなかった。
中からおばあちゃんの威勢の良い声が飛んできたのだ。
「楓、友達がいるなら上がってもらいなさい!」
え? ええっ!?
そのまま、ウチは竜胆家の宴会に緊急参戦することになった。
竜胆家に親戚の皆様方の中に単騎突入。
最初は緊張でガチガチだったけれど、竜胆家の人たちはみんな温かくて、ウチを家族のように輪の中に迎えてくれた。
「これ、美味しい! 初めて食べました」
出されたチラシ寿司を一口食べて、ウチは衝撃を受けた。
楓の好物だというこの料理。
錦糸卵と鮭、とびこが宝石のように散らされたこの味を、いつかウチも作れるようになりたい。
この味を継承すれば、それはもう、竜胆家のお嫁さん候補として最有力なんじゃないだろうか。
「あの、おばあちゃん、作り方教えてください!」
ウチは真剣に食い下がった。
おばあちゃんは「いいよいいよ」と笑いながら、秋田の郷土料理をアレンジしたという秘伝のレシピを教えてくれた。
ウチはスマホのメモ帳を高速で叩く。錦糸卵のコツ、しその実の塩梅。忘れないように。
さらに、床の間に飾られたばんえい馬の写真に目を留めると、おじいちゃんの独壇場が始まった。
じいちゃんが馬を育て、叔父さんが馬主で理事。
そんなすごい家系だったなんて知らなかった。
「すごいですね……. ウチ、本物は見たことないから、一度見てみたいです」
「そうか! だったら今度、楓と一緒に遊びにおいで」
おじいちゃんの言葉に続いて、馬主である叔父さんもガハハと笑いながら付け加えてくれた。
「競馬場も行ったことないか。帯広になるけど、楓と一緒に来たなら、厩舎や馬主席も案内してあげるよ。特別な体験ができるぞ」
厩舎に馬主席……! そんなの、普通の女子高生が経験できることじゃない。
……勝った。
おじいちゃんと叔父さんの公認をいただいた。
これなら、ただの「リード」なんてレベルじゃない。ゴールが見えてきたんじゃないの?
前編をお読みいただきありがとうございます。
家族や親戚の温かい空気感っていいですよね。
物語は後半へ続きます!




