第59話:神社祭(前編)
学校祭が終わり、物語は夏の夜の「神社祭」へ。
今回は、楓のルーツにも少しだけ触れる回となります。
お祭りを楽しむ高校生たちの裏側で、
さつきが狙うのは、まさかの「外堀」から?
浴衣姿のヒロインたちと、楓の実家の賑やかな食卓を
どうぞお楽しみください。
今日は待ちに待った神社祭。
宵宮があるため、吹奏楽局の部活動もお休みだ。
今日の竜胆家は、少し特殊な動きをする。
普段は田んぼ道の奥にある自宅にいるけれど、お祭りの期間は街中にある母方のじいちゃんの家に家族が集まることになっている。
親が着替えなどをじいちゃんの家に運んでくれているので、俺は学校から直接そこへ行き、着替えてからお祭り会場へ繰り出せるというわけだ。
放課後、教室で仲間たちに声をかける。
「皆ちゃん、ムツ、吉川。今日のお祭りどうする?」
「ごめん、俺は彼女と約束しててさ」
学年の人気者、皆ちゃんが申し訳なさそうに手を合わせる。
リア充め。爆発しなくてもいいから、せいぜい楽しんでこいよ。
「じゃあ、ムツは?」
「いいよ。特に行く当てもないしね」
軍師・ムツは冷静に頷く。
「おい、俺にも聞けよ!」
お調子者の吉川が割り込んできた。
「わかったわかった。じゃあ、俺はじいちゃんの家で飯食ってから行くから、七時くらいでいいか?」
「いいよ」
「おーけー!」
まあ、地元の祭りだ。
待ち合わせなんてしなくても、歩いていればどうせ誰かしらと鉢合わせるんだけどな。
帰る準備をして廊下に出ると、そこにはさっちゃんとハルちゃんが待っていた。
「楓、お祭り行くんでしょ? 一緒に回ろうよ」
「ムツと吉川も一緒だけど、いいのか?」
「吉川……あのホラ吹き?」
さっちゃんが露骨に眉をひそめる。
「はは、まあ悪ふざけがすぎるけど、あいつなりに場を盛り上げようとしてるんだよ。悪いやつじゃないからさ」
「まあ、楓がそう言うならいいけど……」
「俺は七時くらいに会場に行く予定だ。今日はじいちゃんの家にいるから」
「おじいちゃんの家って、どの辺なの?」
ハルちゃんが小首を傾げて聞いてくる。
「ひばり公園の近くだよ」
「あ、ウチの家の近くだ! だったら楓のこと迎えに行くよ」
さっちゃんがパッと顔を輝かせる。
「くっ……私の家、遠いよぉ……」
ハルちゃんが悔しそうに唸った。
「じゃあ、ハルちゃんは会場で合流しようか」
「うん、そうする!」
なんだか二人でこづき合っている。
最近の二人は、喧嘩をしているのか仲が良いのか判別しづらいけれど、賑やかなのは良いことだ。
早速、じいちゃんの家に行って着替えを済ませる。
今日は従兄弟たちも集まっていて、親戚一同での賑やかな晩餐だ。
ここで、ばあちゃん特製のご飯が登場する。
おひつの中に錦糸卵を目一杯敷き詰め、その上に鮭のほぐし身。
さらに「しその実」という緑色の漬物を散らし、最後にとびこを宝石のように散りばめた、特製のチラシ寿司だ。
これが俺の大好物で、これを見ると「祭りが来たな」という実感が湧く。
箸をつけようとしたその時、スマホが震えた。
さっちゃんからだ。
「もしもし、どうしたの?」
『楓ー、なんか家の前に黄色のバイク止まってたから、おじいちゃんの家ここなのかなって思って』
「えっ、家の前にいるの?」
『多分、そうだと思うんだけど』
慌てて玄関を開けると、そこにはピンクの帯に金魚の柄が入った浴衣姿のさっちゃんが立っていた。
いつもはきっちりまとめている髪も、今日はお祭りに合わせて華やかに結ってある。
「可愛い……」
思わず声が漏れてしまった。
「……ありがと」
さっちゃんがふいっと目を逸らす。
夕暮れの光のせいか、それとも照れているのか。
いつもと違う彼女の姿に、心臓が跳ねた。
そんな様子を玄関先で見ていたばあちゃんが、中から声を張り上げる。
「楓、友達いるなら上がってもらいなさい! 今日はお祭りだもの、一緒にご飯食べてけばいいしょ!」
というわけで、吹奏楽局副局長・井上さつき、竜胆家の宴会に緊急参戦である。
「お邪魔しても、良いんですか?」
「いいよいいよ、遠慮するなよ」
俺の身内はみんなおおらかだ。
さっちゃんは恐縮しながらも、親戚たちの輪の中に混ざった。
「これ、美味しい! 初めて食べました」
ばあちゃんのチラシ寿司を頬張り、さっちゃんが目を丸くする。
「本当、美味しいよね。でもこれ、郷土料理ってわけでもないんだろ?」
「楓からしたら、ひいばあちゃんが秋田出身の出身で、その郷土料理をお祝い用にアレンジしたんだよ」
ばあちゃんが誇らしげに言うと、さっちゃんは真剣な顔で「あの、作り方教えてください!」と食いついた。
隣で母さんが、自分も会話に混ざりたそうにソワソワしている。……母さん、落ち着けよ。
ふと、さっちゃんが床の間に飾られた写真に目を止めた。
「これ……ばんえい馬の写真ですよね?」
「お、よくわかるな。ワシが育てた馬だぞ」
じいちゃんが嬉しそうに身を乗り出す。
「おじいちゃんが、馬を育ててたんですか?」
「ああ。今はそこにいる息子、楓の叔父に任せているが、昔からばんえい競馬の生産をしてたんだわ」
そこからは、じいちゃんと叔父さんの独壇場だった。
叔父さんは母さんの兄で、ばんえい競馬の常務理事を務めている。
馬の生産から馬主までこなす、本物のプロだ。
今は帯広にしかないけれど、一昔前までは全道各地にばんえい競馬場があったという話を、さっちゃんは熱心に聞き入っていた。
「すごいですね……。ウチ、本物は見たことないから、一度見てみたいです」
「そうか! だったら今度、楓と一緒に遊びにおいで」
さっちゃん、完全に俺の身内に気に入られてるな。
お腹もいっぱいになり、ようやくお祭り会場へ向かう。
二人で出店が並ぶ通りを歩きながら、俺は少し申し訳なくなって声をかけた。
「突然、親戚の集まりに巻き込んじゃってごめんね」
「ううん。ウチもご飯ご馳走になっちゃって、なんか悪いな」
「じいちゃんも叔父さんも、さっちゃんが話し相手になってくれて喜んでたよ。特に馬の話なんて、誰もあんなに真剣に聞かないからさ」
「すごいね、馬主なんて。ちょっと感動しちゃった」
さっちゃんは少しだけ俺との距離を詰めて、独り言のように呟いた。
(…… 将来、楓も馬主に……? )
よく聞き取れないが、ばんえいに興味を持ったのはよく分かった。
神社祭の会場は、二車線の道路を封鎖して両側に出店が並ぶ、この街でも珍しい大規模なものだ。
入り口付近で待っていたのは、ムツ、吉川。そして――。
「あ……」
そこにいたのは、紺色の帯に、青と水色の水玉があしらわれた浴衣姿のハルちゃんだった。
「きれいだ……」
本日二度目の、心の声漏洩。
「……ありがと」
俯きながら、しおらしくお礼を言うハルちゃん。
さっきまでのさっちゃんとはまた違う、静かな華やかさがあって、これまた可愛い。
五人で歩き出す。
ハルちゃんが、さっちゃんをジロリと見た。
「さつき、迎えに行ったんでしょ?」
「うん。おじいちゃんの家に結構早くに着いたからさ。一緒にご飯食べさせてもらってから来たんだ」
「えっ! ご飯ご馳走になったの?」
ハルちゃんの顔が、見る間に強張っていく。
「うん。上がって食べなさいって言われて……竜胆家の皆さんと一緒に」
「……りん。私も、行きたかったよ。私だけ除け者なのかよ、って話だよ……ニコッ」
久しぶりに見た。全く笑っていない、氷のような「ニコッ」。
可愛い。可愛いんだけど、めちゃくちゃ怖いです。
「見て見て、いちごかき氷食べて舌が赤くなっちゃった!」
吉川が空気を読まずに舌を見せてくる。
「ちょっと気持ち悪いんだけど」
ハルちゃんがバッサリと切り捨てる。
「りん……なんか俺さ、女の子といるのに全然楽しくない……」
「泣くな、吉川。ハルちゃんの機嫌が悪いだけなんだ。よしよし」
人混みの中、しばらく歩いていると。
不意に、少しだけ俺たちから遅れるハルちゃんの姿が目に入った。
人波に押されるようにして、ふらりと足を止める。
その視線は出店に向いているわけではなく、自分の足元を、どこか不安げに見つめていた。
「……ハルちゃん?」
声をかけると、彼女は一瞬だけビクッと肩を揺らし、すぐに無理やり作ったような笑顔をこちらに向けた。
けれど、その歩みはどこかぎこちなく、俺の胸の中に小さな違和感が残った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
作中に登場した「ばんえい競馬」や「ばあちゃんのチラシ寿司」のエピソード。
実は、私の実体験や家族の背景をかなり色濃く反映させています。
北海道の力強い文化と、どこか懐かしい食卓の空気感が伝わっていれば幸いです。
さて、家族に気に入られて「完璧なリード」を確信したさつき。
それに対して、静かに火花を散らす葵。
ラストで少し様子がおかしかった彼女ですが、一体何が……。
次回、後編へ続きます!
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