第6話:三十年の時を経て運命の出会い
ついに手に入れた「最強の移動スキル」、原付!
三十年の眠りから覚めた奇跡の相棒と共に、楓の青春が加速します。
楓の青春はいよいよ黄金色の輝きを放ち始める……はずでした。
……しかし、ここは試される大地、北海道。
新装開店した楓の通学ライフの行方は――。
ついに、この日がやってきた。
教育委員会と学校からの厳しい審査(といっても通学距離の証明だが)をクリアし、正式に「原付通学」の許可が下りたのだ。
十四キロの泥道を歩き、筋肉痛の呪いに悶絶したあの日から、俺は虎視眈々とこの瞬間を狙っていた。
もうテンションは爆上がりです!
「システム・オールグリーン! リンドウ・カエデ、いきます!」
「コレダ、発進!」
駐輪場で朝日を浴びて輝いているのは、一九九六年式のスズキ・コレダスポーツ50。
クラシックな趣とレトロなスポーツモデルを融合させた、知る人ぞ知る名車だ。
カラーリングは、北海道の広い青空によく映えるド派手なイエロー。
三十年近く前に発売されたバイクだが、驚くべきことに、俺が手に入れたのは正真正銘の「新車」なのだ。
このマシーンは、地元でお世話になっている農機具メーカー『鈴木商会』さんの倉庫に、三十年近く眠っていた奇跡の一台なのだ。
鈴木商会さんは、バイクから自転車、果ては巨大な除雪機まで、農家の生活を支えるものなら何でも扱ってくれる、この地域のインフラそのものだ。
会長である「かなりのヨボヨボじいちゃん」とは、家族ぐるみの長い付き合いだ。
思えば中学時代、俺が愛用していたママチャリ『あけみ』も、会長の手による特別製だった。
『あけみ』――誰もその名を知らない、俺だけが呼ぶ我が相棒の真名だ。
会長が「楓くんの家は道が悪いから」と、ノリノリでマウンテンバイク用のブロックタイヤを取り付けてくれた改造チャリ。
あけみは、タイヤを二回も履き潰すという伝説を農道に刻み込んだ、最強の戦友だった。
そして今回のコレダスポーツ。
三十年もの間、誰の手に渡ることもなく、暗い倉庫の隅で俺の登場をじっと待っていてくれたんだ。
会長は「楓くんのところなら、五万でいいよ」と言って、ゴムのパーツ類をすべて新品に交換し、今回もまた、当然のようにオフロード用のゴツゴツしたタイヤを装着してくれた。
「会長、これ、パーツ代とタイヤ代だけで赤字なんじゃ……」
そんな言葉を飲み込み、俺はありがたく相棒を迎え入れた。
まさに、これこそが「運命の出会い」。
……まさか一生に一度の運命を、女子ではなくバイクで使い切ってしまったんじゃないよね?
さわやかな朝日を浴びて、コレダスポーツが軽快に走り出す。
法定速度の時速三十キロ。数字で見ればゆっくりだが、あの絶望的な十四キロの道のりが、驚くほどの速さで後ろへと流れていく。
「凄い、『あけみ』の五倍以上のエネルギーゲインだ!」
「これ、最高じゃないか? 俺の青春、ついに始まったんじゃね?」
そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました。
「……寒いっ! 死ぬほど寒い!!」
春の北海道の洗礼が、容赦なく俺を襲う。
おしゃれを意識してはめた毛糸の手袋は、時速三十キロの風をザルの中の水の如くスースーと通す。
さらに、見た目重視で選んだシールド無しのゴーグル付きヘルメット。ゴーグルはただの飾りでしかなく、冷たい空気が直接目に突き刺さる。
顔面が痛い。目が開けられない。
「おしゃれは我慢」なんて言葉を作った奴を、今すぐこのバイクの後ろに乗せて農道を爆走してやりたい。
翌日、プライドをあっさり捨てました。
五つ上の兄が郵便局の配達で使っている、ガチ仕様の防寒手袋を拝借。
さらに、兄が昔使っていたフルフェイスのヘルメットを引っ張り出してきた。
これで防寒は完璧だ。
見た目はレトロ感など微塵もない、チグハグで怪しいバイカーになってしまったが、命には代えられない。
これでバス停への全力疾走からも、あの十四キロの徒歩地獄からも解放されたのだ。
しかし、喜び勇んで登校し、学校の駐輪場でバイクを降りた瞬間、事件は起こった。
クラスのイケメン、皆ちゃんが珍しそうに近づいてきた。
「お、そのバイクかっこいいね。コレダ? うらやましいわ……ん? ……」
皆ちゃんは、褒め言葉の途中でピタリと足を止めた。
そして、小さな声で、気遣うように俺にささやいた。
「……なあ、りん。なんか、その……匂わないか?」
「え? 匂い?」
実はヘルメットがちょっとね、と話し始めたところに、デリカシーの欠片もない悪友・吉川が割り込んでくる。
吉川は、遠慮なく俺の頭を指さして大声で笑った。
「うわっ、りん! お前、頭めちゃくちゃカビ臭いぞ!!」
――沈黙。
周囲の視線が俺の頭に集まる。
皆ちゃんは、俺を傷つけないように言葉を選んでくれた。その優しさが、今は逆に身に染みる。
だが、吉川。
……てめーはダメだ。
友情の配慮というものが一ミリも足りていない。
「……吉川。そんなに気になるなら、お前が確かめてみろよ」
「は? 何を――ぶふぉっ!?」
俺は電光石火の速さで、兄貴譲りのカビ臭いフルフェイスヘルメットを吉川の頭に強制装着させた。
密閉空間に凝縮された、三十年……いや、兄の青春の残り香という名のカビの芳香。
吉川は「うわあああ! 目が、目がぁ!」と、大佐のような叫び声を上げながら駐輪場でのたうち回った。
運命の出会いから、カビ臭い騒動へ。
俺のバイクライフは、おしゃれなロードムービーではなく、やっぱりコメディ映画として幕を開けちゃうんだよなぁ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
愛車コレダスポーツとの出会い。
本当ならここから美少女を後ろに乗せる展開を期待したいところですが、
現実はカビ臭いヘルメットと、のたうち回る悪友でした。
「おしゃれは我慢」にも限度がある、北海道の春の厳しさ……。
「コレダ懐かしい!」「カビ臭いヘルメットの恐怖わかるw」といった感想や、
評価をいただけると、吉川の鼻の粘膜も少しは救われるかもしれません!




