第57話:三人のぶらり旅
学校祭の熱気が冷めやらぬ、代休の日。
紛失したドラムスティックを求めて、汽車の終着駅にある大きな街へ。
ガタゴトと揺られ、少し背伸びをした路地裏へ。
昨日とは違う、三人の賑やかで少しドキドキする日常をお届けします。
学校祭翌日は休み。
レンの家に泊まりだったので、朝、家にかえる。
さて、今日はお買い物に行かないと。
バンドの時にカッコつけて投げたスティックが、行方不明なのだ。
今、予備でスティックはある。
けど、マーチング用の超極太と、びっくりするほど重い金属スティック、それに子ども用の超ちっちゃいスティック……。
クセがつよい!
「楓、スティックなら自分で作ればいいべ」
親父殿の一言。
確かに家の工具を使えば作れるか。サンダーもあるし、グラインダーもあるし、いけるか?
いや、俺の使ってるスティックの素材はヒッコリー。くるみの木か……。
ないな。
「ってか、父さん作るの無理だから!」
「父さん昔見てたアニメの主人公は、自分のゴルフクラブを木から削って作ってプロになってたぞ?」
「父さんそれアニメの話でしょ?」
「ちょっと行ってくるわ」
俺はスティックにもこだわりがあって、大きな街の楽器屋さんに行かないと売ってないのよ。
汽車に乗って大きな街へ。
ポイント、北海道民は電車と呼ばない。
なぜなら電車がないからさ。
北海道を走るのはディーゼル車なのだ。
駅まで行くかー。
ん? 電話だ。さっちゃんだ。
「もしもしー」
『りんー』
ハルちゃんの声だ。
??? バグったか?
『私だよーウチだよー』
あー、二人でいるのか。
「仲良しだねー」
『ウフフ』
笑っていやがる。
「どうしたのー」
『葵が声聞きたいって言うから』
『こら、さつきもでしょ!』
うーん、仲良し。
これから俺がお出かけすることを説明すると。
『じゃあ私も行く』
『えっ、ウチも!』
ってことで、三人で行くことに。
駅まで原付で行って、そこから汽車に揺られていく。
二人と駅で合流。私服姿もかわいいなぁ。
さっちゃんもハルちゃんも短めのスカート。
目が行かないように気をつけないと。
見てごらん、これから乗る汽車。
貸し切りみたいだろ。うそみたいだろ。
宗谷本線なんだぜ。これで……。
ここは宗谷本線。
旭川から稚内を繋ぐ北の大動脈。
一両編成、乗客なし。三人のぶらり旅の始まり。
テンション上がって、普段は買わない燻製卵なんて買ってしまいました。
座席は対面。二席二席の対面。
はい座る場所揉めない。
隣はさっちゃんでした。
三人で食べながら風景を楽しむ。
やばい、本当に楽しい。一時間ほどの旅。
目的地に着いて、お昼なのでごはん。
女の子一緒で、何食べに行ったら良いんだろ?
おしゃれなところなんかしらんのよ?
「りん、好きなところ連れてって」
「ウチもそれが良い!」
「ラーメンでいいっすか?」
「いいよー」
「魚介スープOKですか?」
「大丈夫!」
大通りを折れ、俺は二人を連れて小道へ入る。
そこは、時代から取り残されたような長屋が並ぶ飲食店街だ。
昼間だというのに薄暗く、錆びた看板や煤けた壁が迷路のように続く。
「えっ? こんなところ知らない。焼き鳥? 飲み屋さん?」
「んー、このラーメン屋さん……大丈夫なの?」
「うん。騙されたと思って食べて」
暖簾をくぐるなり、鼻をつく独特の焦がしラードの香りが二人を襲う。
無骨な店内の雰囲気に圧倒されながら、出てきた一杯を前に二人が動き出した。
さつきが、おもむろに手首に巻いていたゴムで長い髪を後ろにまとめる。
うなじから零れる数本の髪が、妙に色っぽい。
「よし、受けて立とうじゃない」
一方のハルちゃんは、ショートの髪を少し気にするようにして、指先で器用に右耳へとかける。
透き通るような耳が露わになり、真剣な眼差しでスープを見つめる。
ズズッ、と麺を啜る二人。
「……あ、美味しい」
「なにこれ、癖になる味……!」
ふうふうと息を吹きかけ、頬を少し赤くして夢中で食べる女子二人。
さっちゃんが熱さにハフハフと言いながら、まとめた髪を揺らしている。
ハルちゃんがレンゲでスープを飲み、唇を少し濡らして微笑む。
……だめだ。
女の子が必死にラーメン食べてる姿って、なんでこんなに男を狂わせるんだ。
「美味しかったー!」
「すごい店知ってるね。この隠れ家感、ちょっと大人になった気分」
「父さんが若い頃食べに行ってたんだってさ」
「へぇー。センスいいわね、お父様」
「お父様? そんなかっこいいもんじゃないよ」
じゃあ楽器屋さん行こうか。
「俺、選ぶの真剣になっちゃうから、いろんなところ見てきて良いよ」
ここからは真剣です。今回は二組選びます。
スティックを一組ずつバラ売りしてくれるこの店で、俺は一本一本、床の上で転がして曲がりがないかを確認し、重さを左右で完璧に揃えていく。
ふと視線を感じて顔を上げると、二人が俺をじっと見つめていた。
「……うわっ! ……びっくりした。二人ともどうしたの?」
「ふふ、真剣な顔。普段はあんなに抜けてるのにね」
「うん、ギャップ萌えってやつ? 悪くないわよ」
「こらこら、バカにするでない」
お買い物終了。次は二人の番だ。
「二人は何か見たいものは?」
「じゃあ服見にいく!」
ここからは、俺を置いてきぼりにしたファッションショーの始まり。
さっちゃんが淡いパステルのニットを持って、試着室からひょこっと顔を出す。
「ねえ楓、この色どう? ウチ、強そうに見えない?」
「……いや、普通に可愛いだろ。っていうか、お前が淡い色着るの反則」
「え、なに。もう一回言って?」
今度はハルちゃんが、少しボーイッシュなジャケットを羽織って出てくる。
「りんくん、これ……どうかな。ちょっと背伸びしすぎ?」
「いや、似合ってる。ハルちゃんはスタイルいいから、そういうの映えるわ」
「……ホントに? 嬉しい」
どの色が好き? どっちが好き?
次々に着替えて現れる二人を前に、俺の心拍数は上がりっぱなしだ。
女の子の着替えを待つ時間の、あの独特のソワソワ感。
(あーどれも可愛い。二人とも可愛い。なんか俺、贅沢すぎてバチが当たりそうだ。俺が石油王だったら全部買ってやるのに……)
うーん、楽しかった。
帰りはハルちゃんが俺の隣。
あれれ、疲れちゃったのかな。向かいでさっちゃんが寝ちゃった。
不意に、右肩に重みを感じた。
ハルちゃんも寝てしまったのか、俺の肩に頭を預けている。
(……やばい)
ハルちゃんから、シャンプーと日向が混ざったような、すごくいい匂いがする。
学校祭が終わったばかりで、二人とも限界だったんだろう。
普通に考えて、このシチュエーション。
惚れてまうやろー。
いかんいかん、向かいにはさっちゃんも……って、さっちゃん、足! 足ー!
寝返りを打ったのか、短いスカートから、眩しいほどの太ももが……。
他に乗客はいない。だが、俺一人の理性が崩壊寸前だ。
必死に窓の外に視線を逸らす。
夕焼けに照らされる山の端。肩でムニャムニャ言うハルちゃん。
車窓に流れるまだ実も付かない緑の稲が、オレンジ色にかがやいて。
窓の反射には、寝顔の二人と、……やっぱりさっちゃんの足が映り込んでいる。
……どれも愛おしい。……いや、俺は本物の変態か!!
「着いたよ」
爽やかな笑顔を装って二人を起こす。
「ごめん、寝ちゃってた……」
「疲れ溜まってたんだよ。付き合ってくれてありがとね」
「明日からまた学校だね。二人とも気をつけて帰るんだよ」
「りんも気をつけてね」
「楓、また事故らないようにね!」
バイクに乗って帰っていく。
「葵! あんたわざとやってたでしょ?」
『なんの話かしら? ふゅー』
「こーら! わざとらしい口笛吹いてー!」
『さつきもわざと足開いてたでしょ! この変態!』
「なんのことかしら? ウチはそんなはしたないことしませんっ」
『さつき、パンツ見えてたわよ……』
「マジデ……?」
『だから、りんは窓の外を必死に見てたんでしょ?』
「あ……消えたい。今日、可愛いの履いてたっけ……」
『いやそこではないよ?』
そんなことはつゆ知らず。
俺は煩悩と闘いながら、原付のハンドルを固く握りしめ、冷たい夜風で頭を冷やすのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
学校祭の喧騒が終わり、今回は三人での少し特別な休日。
北海道の「汽車」に揺られてのぶらり旅をお届けしました。
楽器屋さんでの真剣な楓と、ラーメンをハフハフ食べる女子二人。
そんな日常の何気ない瞬間に、思わずドキッとしてしまうのは、
やはり彼らが「一人の男の子」であり「女の子」だからなのでしょう。
帰りの車内での攻防戦(?)は、書いている側も少しニヤけてしまいました。
楓の理性、本当によく頑張ったと思います。
次回、そんな平和な三人の空気に、あの「譲れない少女」がどう関わってくるのか。
引き続き、彼らの恋の行方を見守っていただければ幸いです。




