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第55話:冷たい手の誓い

学校祭、最終日の夜。

喧騒が去った後のグラウンドで、三人が見たもの。

そして、その夜に交わされた「二人だけ」の約束についてのお話です。

女子二人の視点からお届けします。


 キャンプファイヤーの炎が夜の闇を赤く染め、フォークダンスの音楽が流れ出す。

 それは学校祭の終わりを告げる、優しく、どこか切ない調べだった。



(……やっと回ってきた。あいつ、さっきまで一年生に囲まれて鼻の下伸ばしてたくせに)



 ウチは、自分の順番になり楓と手が重なった瞬間、わざと意地悪で少し不機嫌そうな顔をして見せた。

 戸惑う楓の、触れ合った手のひらの熱を、必死に記憶に刻もうとする。


 今のウチには、この一瞬の「接触」だけで、胸がいっぱいになるほど幸せだったから。

 でも――この手、次の人に渡したくないな。



(火の光のせいかな。……りんが、いつもよりずっと大人びて見える)



 次に順番が回ってきた葵は、はにかみながら言葉を交わす。

「サンキュー。ハルちゃんたちのダンスも、一番カッコよかったよ。ずっと見てた」


 その言葉だけで、愛美さんへの嫉妬も、ダンスの疲れもすべて消えていく気がした。

 いつまでもこの時間が続けばいいな。

 この「好き」という温かい気持ちのまま、ずっと三人でいられたらいいのに――。



 けれど、そんな純粋な願いは、その直後の光景によって打ち砕かれることになる。



 後片付けの最中、私たちは体育館付近の暗がりで「見てはいけないもの」を見てしまった。

 そこには、さっきまでグラウンドでヒーローだった皆ちゃんと、テニス部の彼女。


 二人は暗がりに身を隠すようにして、静かに寄り添い、キスを交わしていた。



(……あんなの、知らない)



 葵は、隣でりんが息を呑む気配を感じていた。

 皆ちゃんの、あんなに誰かを大切そうに抱きしめる腕。


 もし、りんがあんな瞳で誰かを見つめる日が来たら。

 その視線の先にいるのが、自分ではなかったら。

 そう考えただけで、葵の足は微かに震えた。



(……ああ、そうか。あいつ、もうあんな風に誰かを想える『男』なんだわ)



 さつきもまた、衝撃に打たれていた。



 ドォォォォォン!!



 沈黙を切り裂くように、夜空に大きな花火が上がった。

 最後を飾る枝垂れ柳が、黄金色の光を降らせながら夜空を塗りつぶしていく。


 その強烈な光の中に浮かび上がる、楓の横顔。

 さっきの「男と女」の姿を見た後では、その端正な輪郭さえも、どこか自分たちの手の届かない場所へ行ってしまいそうなほど遠く、大人びて見えた。



(ねえ、楓……。あんたは今、何を考えてるの? 皆ちゃんたちを見て、あんたも『あんな風になりたい』なんて思ったの?)



 ウチは、花火を見上げる楓を、盗み見るように見つめていた。

 誰にも見せたくない。この人を、あんな風に誰か一人のものになんてさせたくない。


 けれど、胸の奥で暴れる独占欲は、同時に「ウチがその一人になりたい」という強烈な飢えに変わってしまう。



(怖いよ。……りんが誰かを一生懸命に想う時、その隣に私がいない未来なんて、想像したくない)



 私は込み上げる気持ちと共に、潤んで滲む眩しすぎる花火を、見上げていた。

 光が強ければ強いほど、その後に来る闇が深くなるように、三人の関係が終わってしまうことへの恐怖が、じわりと胸を侵食していく。


 不安、焦り、怖い、いろんな気持ちで身体が震えちゃう。



 儚く消えていく光の粒。

 最後に打ち上がった一番大きな花火が消えた後、残ったのは耳を劈くような静寂と、熱く焦れるような空気だけだった。



 走り去る楓の原付の音が見えなくなるまで、私たちは動けなかった。

 祭りの終わりの、少し冷たくなった夜風がスカートを揺らす。



「……ねえ、葵。今日、ウチ泊まってきなよ」



 さつきがぽつりと呟いた。

 葵は少し驚いたように顔を上げたが、すぐにさつきの瞳にある「一人になりたくない」という色を見つけて、小さく頷いた。



「……うん。帰りたくない、かも」



 さつきの家に着くと、玄関を開けるなり「お疲れさまー!」と元気な声が響いた。さつきの母だ。



「あら! フルートの葵ちゃんよね? 吹奏楽のお友達がウチに来るなんて、久しぶりじゃない! さつき、もっと早く言ってくれればいいのに」



「いいのよ、急に決まったんだから。お母さん、葵が気を使うでしょ」



 さつきが照れ隠しにぶっきらぼうに言うと、葵は慌てて丁寧に頭を下げた。



「夜分にすみません、お邪魔します。……あの、さつきのダンス、本当にかっこよくて」



「もう、葵ちゃんたらいい子ねぇ! ほらほら、お腹空いてるでしょ。お祝いにハンバーグ焼いといたから、冷めないうちに食べなさい!」



 居間のテーブルには、たっぷりのデミグラスソースがかかったハンバーグ。

 お母さんは二人の隣に座って、嬉しそうに話し始めた。



「今日のダンス、私も動画で見たわよ! さつきも葵ちゃんも、あんなにキラキラしちゃって。……そういえば、楓くんも凄かったわね。昨日のバンド演奏、お母さん見に行ったけど、ドラムも凄かったし、懐かしい曲も聞けて楽しかったわ」



「……あいつは、ドラムだけは上手いからね」



 さつきは箸を動かしながら、小さく笑った。



「でも……かっこよかったよね」



 葵がそっと付け加えると、お母さんは「あらあら、やっぱり?」とニヤニヤしながら二人を見つめる。



「花火、今年もあったんでしょ?」



「うん、3人で見てたよ」



「青春ねぇ。そんなに仲がいいなら、来年も3人で花火見れるといいわね」



 お母さんの何気ない、温かい言葉。

 いつもなら「あたり前じゃん」と笑い飛ばせたはずのその言葉が、今の二人の胸には、鋭い棘のようにチクリと刺さった。



 食事を終え、風呂を済ませた私たちは、さつきの部屋にいた。

 並べた布団の中で、消灯したあとも二人は天井を見つめ続けていた。



「……ねえ、葵。起きてる?」



「……うん。あの光景が、頭から離れなくて」



 さつきが寝返りを打ち、暗闇の中で私を見つめた。



「ウチら……今まで、今のままが一番だって思ってたわよね。三人で笑って、誰が一番楓に近いか競って。……でも、あんな風に、誰か一人のためだけに触れ合う姿を見せられたら……なんだか、すごく不安になっちゃった」



「……そうだね。りんを大切に思ってるし、今のこの関係が大好きだけど……あんな風に、いつか誰かを選ぶ日が、りんに来るんだよね」



 葵の声が微かに震える。



「……もし、その時。選ばれるのが私じゃなかったら。……私、笑って『おめでとう』なんて言える自信、ないよ」



 ウチは黙って、布団の中で葵の手を強く握りしめた。

 その手も、自分と同じように冷たく震えていた。



「……ウチもよ。葵、あんたはライバルだけど……あんな不安な気持ちを分かってくれるのは、世界中でたった一人、あんただけだと思うの」



 二人は暗闇の中で、互いの手の冷たさを分かち合っていた。

 同じ人を想い、同じ未来を恐れ、それでも今はこの関係を守りたいと願う同志。



「……さつき」



「なあに?」



「……来年の花火は、また三人で見れるかな」



「……きっと、大丈夫よ。でも……」



 さつきは少しだけ声を詰まらせて、続けた。



「……いつかは。いつか、選ばなきゃいけない日が来るのよね。……その時まで、精一杯、楓の隣に相応しい自分になりましょう」



「……うん。いつか、後悔しないように」



 二人は「友人」としての絆と、「恋」という名の痛みを抱えながら、夜が明けるまであの花火の残響を胸に抱いていた。



 ただ、この夜を境に、二人の「休戦協定」は、より切実で、より深い覚悟を伴うものへと変わっていった。

【大切なお知らせ】


いつも『カエル道』ならびに『コンプレックス』を応援いただき、本当にありがとうございます!


皆様の温かい応援のおかげでここまで毎日更新を続けてこれましたが、2月より、物語をより深く、丁寧に描き切るために更新ペースを【毎週水曜・日曜】の週2回に変更させていただくことにしました。


毎日楽しみにしてくださっていた皆様には申し訳ありませんが、その分、一話一話にさらなる熱量を込めてお届けします。


2月最初の更新は、2月1日(日)を予定しています。

※『コンプレックス』も同様のスケジュールとなります。


これからも、楓たちの歩みをゆっくりと見守っていただければ幸いです!

今後ともよろしくお願いいたします。




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