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第54話:不格好なヒーローたち

 体育祭当日。

 お祭りムードの裏側で、静かに火花を散らす女子二人の「共闘」が始まります。

 

 ポッと出の一年生には負けられない、積み重ねてきた意地。

 そして後半、ボロボロになりながら戦う男たちの姿に、彼女たちが何を感じるのか。

 熱い一日を、ぜひ一緒に駆け抜けてください!


 パンパンパン、と乾いたピストルの音がグラウンドに響く。

 秋の高く澄んだ青空の下、不動高校の体育祭が幕を開けた。


 けれど、私たちの心はちっとも晴れてはいない。

 昨日の夜、さつきからかかってきた電話の内容が、耳の奥で何度もリフレインしている。


『葵、あんた先に帰ったから知らないでしょうけど……見ちゃったんだから! あの小悪魔、校門裏で楓を捕まえて「明日、朝ママが車で迎えに行くって、良かったね!」なんて、しれっと言ってたのよ!』


 家族ぐるみの付き合いという、自分たちが踏み込めない『大人の特権』。

 今朝、校門で見たあの光景。車から楓と一緒に、当然のような顔で降りてきた愛美さんの姿。

 私たちの知らない楓の「朝」を独占したあの子への憤りは、二人で誓った「休戦協定」をより強固なものにしていた。


(……愛美さん。悪いけど、ここは『幼馴染』という言葉だけで入れる場所じゃないの)

(ポッと出の一年生に、ウチらの積み重ねてきた歴史を塗りつぶされてたまるもんですか)


 葵の静かな怒りと、さつきの激しい闘志。

 二人の感情が火花を散らす中、二人三脚の召集がかかった。

 私たちはC組・黒翔隊。楓と愛美さんはD組・赤翔隊。


「楓くん! こっち見ててね! 応援して!」


 隣のレーンから飛ぶ、愛美さんの弾んだ声。

 楓がそれに応えて手を振り返した瞬間、私たちの脳内スカウターが同時に激しい危険信号を鳴らした。


 ピキッ――。


 葵の目がかつてないほど鋭く据わり、さつきの額に青筋が浮かぶ。

 パン! とスタートの合図。


 一歩目。右、左。

 声なんて出さない。紐で結ばれた足を通して、昨夜電話で誓い合った執念がダイレクトに伝わってくる。

 ただ、楓が見ている前で、あの女を圧倒的な実力の差で引き離す。それだけ。

 

 私たちは黒い風になった。

 葵の「凛とした強さ」と、さつきの「爆発的な熱量」が一つになり、地面を削るような速度でゴールを駆け抜ける。

 ぶっちぎりの一位。


 息を切らしながら、私たちは真っ先に楓の方を向いた。

 あいつが「すげー!」と目を輝かせて駆け寄ってくる。


「おめでとう! 二人とも、今の走り、めちゃくちゃカッコよかったよ!」


 ……私たちって、本当に単純なんだろうな。

 その言葉だけで、胸の奥のドロドロしたものが少しだけ報われてしまう。

 私たちは一瞬だけ顔を見合わせ、満足そうに笑顔でハイタッチを交わした。

 

(とりあえず、第一戦は私たちの勝ちだね、さつき)

(ええ。でも葵、あの子まだ諦めてないみたいよ)


 案の定、愛美さんが悔しそうに近づいてくる。

「先輩たち、必死すぎて怖かったですぅ」

「必死なのは、それだけ守りたいものがあるからだよ。愛美さんには、まだわからないかもしれないけどね」


 葵が静かに言い放つと、楓が愛美さんの昼食の誘いを「作戦会議があるから」とあっさり断った。

 よし、まずは正解。でも、本当の見せ場はここからだった。



 グラウンドに砂煙が舞う。午後の幕開けは、女子の翔隊対抗ダンスだ。

 黒翔隊のセンターに立つのは、私たち――葵とさつき。

 お揃いの黒いダンス衣装に袖を通すと、自然と背筋が伸びる。


(楓、見てなさいよ。昨日見せた『主役』に、ウチがどれだけ相応しいか、その目に焼き付けてあげるから!)


 さつきは太陽の光を吸い込むように、情熱的にステップを踏む。指先まで神経を尖らせたその躍動感には、楓への激しい独占欲と、彼と同じ場所で輝き、並び立ちたいという切実な願いが込められていた。


(りんが、私を見てる。……この瞬間だけは、誰にも譲りたくないんだよ)


 葵は凛とした静謐さを纏い、しなやかに舞う。かつて放課後の音楽室で交わした言葉。二人で流した涙。積み重ねてきた記憶のすべてを乗せて、彼女は楓の視線を一点に繋ぎ止めていた。


 私たちのステップが、周囲の熱狂を強引に飲み込んでいく。

 観客の視線も、そして何より楓の瞳も、今は私たちだけのもの。

 一年生の愛美さんのことなんて、今の楓の意識には一ミリも残っていないはず。……ざまあみなさい、なんて毒づく余裕すらないほど、私たちは踊りに全てをぶつけていた。



 けれど、午後のグラウンドは、男たちの不器用な熱気がすべてを塗り替えていった。

 メインイベント、『不動ヶ原の戦い』。

 騎馬戦のフィールドに、赤翔隊の巨大な影が現れる。


「……何、あの人たち。人間なの?」

「ばん馬先輩……。山城先輩に金剛先輩。……りん、あんな人たちを支えるの? 手もまだ治ってないのに……」


 岩のような巨体の二人、山城先輩と金剛先輩。そして、その上に乗る華奢で小柄な霞先輩。

 楓の細い肩が、重戦車のような先輩たちの左翼を必死に支えている。

 包帯が巻かれたままの手。昨日の今日なのに、あいつの顔には「迷い」が一切なかった。


 決勝戦。赤の大将を救うため、楓たちの騎馬が全速力で突撃する。

 激しい接触。土煙が舞い、鈍い衝撃音が空気に響く。


 そこで私たちは見た。

 楓の負傷した手を守るため、山城先輩がその巨大な身体を盾にして敵の衝撃を真正面から受け止めるのを。

 金剛先輩のジャージに、じわりと不吉な赤が滲んでいくのを。


 それを見た瞬間、胸がギュッと締め付けられた。

 すごく痛いはずなのに、涙を流す楓に先輩達は笑って声をかけている。

 周りのために自己犠牲ができちゃう人達。


(あいつと同じだ。あの先輩たちも、楓と同じ……救いようのない『馬鹿』なんだよ。あの時の楓と一緒、自分が一番辛いのに笑って自己犠牲をする。そんな先輩のために泣ける楓は、やっぱかっこいい)


 りんが、泣いている。

 自分の痛みにはあんなに無関心なのに、誰かの傷には、あんなにボロボロになって涙を流す。

 ……私の時と一緒だ。あの時も、この人は自分のことなんてそっちのけで、私のために泣いてくれた。


(……でも。どうしてだろう。そんなボロボロで、不格好な姿が……世界で一番、かっこよく見えちゃうんだよね)


 合理性も、美しさも、損得勘定も。

 そんなものを全部踏み越えて、ただ「守りたい」という一点に命を賭ける男たちの熱量。

 午前中に私たちがダンスでぶつけた情熱の、さらに先にある「剥き出しの魂」。

 それがあまりに眩しくて、葵もさつきも、自分の想いの深さを再確認せずにはいられなかった。


 「我――3年D組の守護神!!」


 グラウンド中に響き渡る、三人の名乗り。

 崩れゆく騎馬を跳躍台にして、華奢な身体の霞先輩が青空へ向かって高く舞う。

 それは、昨日楓が見せたあの情熱そのものだった。


 「赤翔隊の、勝利!!」


 勝利に沸く狂乱の中で、膝をつき、身体を壊しながらも立ち上がってグータッチをする先輩たち。

 それを誇らしげに、涙を流しながら見上げる楓。

 馬鹿な男たち。本当に、見ていて呆れるくらいに暑苦しくて、最低で、最高に惹きつけられてしまう。


 葵とさつきは、どちらからともなく、ギュッと互いの手を握りしめていた。

 男たちの熱量に圧倒され、少しだけ敗北感を覚えながら、それでも。


「……葵。やっぱり、りんの隣は、誰にも譲れないね」

「当たり前でしょ。あんな熱いところ見せられたら、もう、一生ついていくしかないじゃない」


 愛美さんが遠くで、唇を噛み締めながら楓を見つめている。

 でも、今の楓の目には、共に戦った先輩たちの姿しか映っていない。

 

 ……良かったね、楓。

 あんた、最高の主役になれたじゃない。

 

 泥だらけで、汗まみれで、誰よりもボロボロな。

 私たちだけの、大好きなドラマー。


「さあ、葵。最後は後夜祭よ」

「うん。……勝負は、ここからだね。誰にも、邪魔させないんだから」


 夕暮れのグラウンド。

 勝利に沸く喧騒の中で、二人は次の戦いに向けて、静かに、でも最高に熱い闘志をその瞳に宿していた。


 最後までお読みいただきありがとうございます!

 

 不格好でも、誰かのためにボロボロになれる。

 そんな男たちの「バカなかっこよさ」が、少しでも皆さんに伝わっていれば嬉しいです。

 楓の涙の理由は、彼女たちにとっては一生忘れられない「惚れ直しポイント」になったかもしれませんね。

 

 さて、激動の体育祭も終わり、いよいよ物語は「後夜祭」へと移ります。

 夕闇の中で、三人の想いはどう交錯するのか――。

 

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