第50話:赤と青の盟約
学校祭、開幕。
これまで楓の視点で描かれてきた騒がしくも熱い日々。
ですが、その裏側で、二人の少女は何を思い、どんな準備を重ねてきたのでしょうか。
赤いリボンのさつき。
青いリボンのハルちゃん。
「楓を光の舞台へ」という一つの目的のために手を取り合った彼女たちの、秘めたる闘志と、レンズ越しの本音。
ここから数話、女子視点の「もう一つの学校祭」が始まります。
学校祭を三日後に控えた放課後。
午後の光が差し込む視聴覚室で、私たちは何度も何度も、同じステップを繰り返していた。
「……ねえ、葵(あおい/ハルちゃん)。今のカット、もう少し視線鋭くした方がよくない?」
鏡の前で髪を結い直しながら、さつきが言った。
今回のショートムービーは、有名アニメのパロディ。
さつきは赤いリボン、葵は青いリボン。
対照的な二人がライバルとして描かれる構成だ。
「え、鋭く……? こうかな?」
葵が慣れない手つきで、キリッとした表情を作ってみせる。
「そうそう! 葵は肌が白いから、その顔するとすごく雰囲気出るわよ」
「さつきこそ……。小麦色の肌にその赤いリボン、本当にかっこよくて。私、隣に並ぶの、ちょっと緊張しちゃう」
「何言ってんの。葵のスレンダーなスタイル、画面映え凄いわよ」
二人は笑い合った。
実は、二人とも確信はないけれど、なんとなく気づき始めていた。
お互いに「楓」のことが気になっているのだと。
けれど、さつきには中学で振られた過去があり、葵は野村への告白のことがあったばかり。
今はまだ、その気持ちに名前を付けるのが怖かった。
ただ一つ、二人で共感できることがあった。
『楓を、他の誰にも渡したくない』
「ねえ、さつき。この背中合わせのシーンさ。撮影してる楓くんが、思わずカメラを止めるの忘れるくらい、びっくりさせてやろうよ」
葵が少し悪戯っぽく微笑む。
「いいわね。あいつ、いつも自分のこと『日陰の人間』だなんて卑下してるでしょ? ウチらが、あいつの度肝を抜いてやるのよ」
この時、二人はまだ知らない。
自分たちがレンズの向こう側の楓に送る「本気の視線」が、どれほど周りを圧倒し、もはや素人作品の域を超えたものになろうとしているのかを。
そして、協力してこのムービーを成功させたいという「戦友」のような絆の裏で、いつか必ずやってくる「ライバル」としての未来を、二人は無意識に感じ取っていた。
明日に迫った学校祭の熱気が、窓の外の静まり返った夜の空気にも混じっている気がした。
【さつきの部屋】
ウチはベッドに寝転がりながら、楓にLINEを飛ばした。
『十時に焼きそば食べに行くね!』
返信はすぐに来た。あいつもお化け屋敷に来るらしい。……ここからが本番だ。
『だーれーとー?』
指が勝手に動いていた。わざと一文字ずつ区切って、圧をかける。
明日、ウチとお化け屋敷の当番が一緒なのは、葵だ。
ウチらが「お化け役」で中にいる時に、楓がもし他の女を連れて入ってきたりしたら……。
想像するだけで、お化け屋敷の仕掛けを全部あいつにぶつけてやりたくなる。
『いや、まだ決めてないけど』
その言葉に、少しだけ胸をなでおろす。誰かを誘っているわけじゃないみたい。
「……当たり前でしょ。あいつ、自分のこと日陰者だって思ってるんだから」
独り言を呟いて、最後は強気に『見逃したら承知しないわよ!』と送って画面を閉じた。
ウチと葵、二人で作り上げた最高に可愛い姿。
あいつが誰よりも先に、ウチらに目を奪われるように。
牽制は、もう始まっている。
【葵の部屋】
さつきとのLINEを終えた頃だろうか。私は机に向かい、りんへメッセージを送った。
『腕、大丈夫?』
りんはいつも無理をする。
バンドのために怪我を隠してでもステージに立とうとする彼が、心配で、でも少しかっこよくて。
『無理しないで欲しいな……』
送った後、彼から「さつきもそこにいる」という返信が届いた。
その瞬間、胸の奥がチリッと痛んだ。
私と話しているのに、どうして他の女の子の名前を出すの。
それも、明日ずっと一緒にいるさつきの名前を。
『はい、減点』
冗談めかして送ったけれど、半分は本気だった。
泣きあったあの日、二人だけの秘密を共有したと思っていたのに。
「……本当、そういうとこ……」
溜息をついて、最後の一文を打ち込む。
『りんには見てほしいな』
さつきは、きっと自分に自信を持って堂々と振る舞うだろう。
私は目立つのも、自分を出すのも苦手だけど……。
でも、あの日泣き顔を見せ合ったりんには、練習した私の「女の子」の部分を、誰よりも見てほしかった。
【二人のスマホに届く通知】
楓とのやり取りが終わった直後、二人のスマホにはお互いからのLINEが届いていた。
『準備お疲れ様。明日、頑張ろうね!』
二人は同じ言葉を返し合う。お互いがお化け役として「共犯」になる明日。
協力して成功させたいのは本当だ。
けれど、画面を見つめる二人の瞳には、明日の上映会で、そしてお化け屋敷で、どちらが楓の心をより強く揺さぶるかという、静かな闘志が宿っていた。
上映が始まった。
暗転した体育館の中で、私たちの三日間の成果がスクリーンに映し出される。
【さつきの視点】
(見てる……? 楓、ちゃんと見てる?)
スクリーンに映る自分は、驚くほど自信に満ちて見えた。
でも、実際は違う。
自信満々に振る舞っているのは、そうしていないと、客席のどこかにいる楓の視線に耐えられないからだ。
(あんたに「可愛い」って思わせたい。中学の時のウチとは違うんだって、分からせてやりたいの)
上映が終わると、怒涛のような歓声が上がった。ウチらの作戦は大成功だった。
【葵の視点】
(……恥ずかしい。でも、逃げたくない)
目立つのが苦手な私が、あんなに大胆に笑って、踊って……。
練習中、何度も心が折れそうになった。
でも、そのたびに、泣き合ったあの日のりんの顔が浮かんだ。
(りんには、今の私を見てほしい。頑張ったんだよって、伝えたいの)
体育館が明るくなると同時に、私たちはあっという間に人垣に飲み込まれてしまった。
【撮影会の喧騒の中で】
クラスの連中にリボンを付け直され、次々に向けられるスマートフォンのレンズ。
「さっちゃん、こっち向いて!」「ハルちゃん、最高だったよ!」
そんな声が飛び交う中で、二人の瞳は、人だかりの隙間からたった一人の人物を探していた。
さつき:
(楓……どこ? なんで近くに来てくれないのよ。あんたに、直接感想を聞きたいのに……!)
一瞬、遠くの方で、人混みに背を向けて歩き出す見慣れた背中が見えた。
(え、行っちゃうの? 嘘でしょ……)
その背中が、一瞬だけ止まって、軽く手を振った。
まるで行き先が違う「遠い世界の人」にするような、遠慮がちな振り方だった。
(待ってよ、楓……そんな顔で笑わないでよ)
葵:
(りん……。あ、目が合った、かも……)
でも、りんはすぐに視線を逸らして、寂しそうに微笑んで去っていった。
(どうして? 褒めてくれると思ったのに……。すごく、距離がある気がする)
みんなが「可愛い」と絶賛してくれる。
けれど、一番欲しかったりんの言葉だけが、光の中にいる私たちには届かない。
「成功……したんだよね、さつき」
「……ええ。大成功よ。全校の人気者、確定ね」
リボンを揺らしながら、私たちは嘘の笑顔で写真に応じ続けた。
人気者になって、距離が近づくと思っていた。
なのに、皮肉なことに、輝けば輝くほど、私たちは「日陰の人間」を自称するあの人を遠ざけてしまっている。
その夜、私たちはそれぞれの部屋で、やり場のない焦燥感を抱えながらスマートフォンを握りしめることになる。
第50話、最後までお読みいただきありがとうございました。
人気者になればなるほど、自分たちの輝きが増せば増すほど、自称「日陰者」である楓との距離が遠のいていく……。
成功の喜びと同時に訪れた、切ない焦燥感。
お互いにライバルであることを予感しながらも、共謀者として振る舞う二人の少女。
次回、物語はさらに加速し、あの「お化け屋敷」でのハプニングや、体育館を揺らしたライブの裏側に迫ります。
彼女たちの「本気の視線」が、楓にどう届くのか。
引き続き、お楽しみいただければ幸いです。




