第49話:終わりを彩る花火
学校祭最終日、体育祭。
そこにあるのは、クラスの意地をかけた本気の戦いでした。
負傷した手を抱え、楓はメインイベントの騎馬戦――『不動ヶ原の戦い』へ。
屈強な先輩たちと共に、泥まみれの決戦が始まります。
第49話、どうぞお楽しみください。
体育祭は、最終種目「選抜リレー」で最高の盛り上がりを見せた。
その直前に行われた、各翔隊の点数が大きく左右される「女子ダンス審査」も圧巻だった。
黒翔隊としてステージに立ったさっちゃんとハルちゃんは、練習の成果を存分に発揮していた。
二人が並んで踊る姿は、文化祭の合唱とはまた違う、力強さと華やかさに溢れている。
髪を弾ませて激しく、かつ一糸乱れぬ動きを見せる二人に、観客席からは男女問わず黄色い声援が飛んでいた。
正直、遠くから見ていても見惚れてしまうほどに輝いていた。
あんなに楽しそうに笑って踊る二人を見ていると、この学校祭がどれほど彼女たちにとって大切だったかが伝わってくる。
興奮冷めやらぬまま始まった選抜リレー。
赤翔隊(D組)のアンカーは、陸上部のエース・皆ちゃんだ。同級生ながら、その走りは圧倒的だった。
先行する white 翔隊(A組)をコーナーで鮮やかに捉え、直線で一気に突き放す。
その爆走に、グラウンドは地鳴りのような「皆ちゃんコール」の渦に包まれた。
そして、ついに総合順位の発表。
「……第1位、赤翔隊!」
その瞬間、俺たちは爆発した。三位からの大逆転優勝だ。
俺とクラスの連中は、泥だらけになって戦い抜いた金剛先輩や山城先輩の元へ駆け寄り、感謝を込めて二人を担ぎ上げた。
「先輩、最高でした!」
「お前ら、よくやったなあ!」
重戦車のような先輩たちの重みを肩に感じながら、皆ちゃんと固い握手を交わす。
シビアな戦いを制した男たちの顔は、夕日に照らされて最高に誇らしげだった。
日が落ち、キャンプファイヤーに火が灯る。
フォークダンスが始まる直前、信じられないことが起きた。
「あの、昨日のバンド凄かったです! 一緒に踊ってもらえませんか?」
一年生の女の子たちが、俺やミヤ、レンの周りに集まってきたのだ。
正直、めちゃくちゃ嬉しい。
だが、ふと目を向けると、さっちゃんとハルちゃんの周りには、他クラスの先輩たちが何人も集まって勧誘していた。
「……ちっ」
思わず舌打ちが出そうになる。
この二人を他のみんなに見られたくないような、変な独占欲が湧いてきて、正直面白くない。
音楽が始まり、人の輪が回り出す。
「逆転優勝おめでとう! 凄かったね。先輩たちを担いでるりん、かっこよかったよ」
最初に回ってきたハルちゃんが、はにかみながら言った。
火に照らされた顔がいつもより赤く見える。
「サンキュー。ハルちゃんたちのダンスも,一番カッコよかったよ。ずっと見てた」
次に手が重なったのはさっちゃんだ。
「……あんまり鼻の下伸ばさないでよね。さっき、一年生に囲まれてたでしょ」
「えっ、見てたの?」
「……別に。視界に入っただけ。ほら、次行くわよ」
少し不機嫌そうな顔に、俺なんか調子に乗ってたかもと反省。
そして愛美。
「楓くん! 優勝しちゃったね。今夜はママの車で、お祝いしながら帰ろ?」
わざと指を絡めてくるが、昨日から置き去りの原付がある。
「悪い。今日は原付乗って帰るわ。この後みんなで打ち上げなんだ」
フォークダンスが終わり、後片付けのために体育館付近の暗がりへ移動した俺とさっちゃん、ハルちゃんの三人は、そこで「見てはいけないもの」を見てしまった。
さっきまでのヒーロー、皆ちゃんだ。
相手は女子テニス部の子。
二人は暗がりに身を隠すようにして、静かに寄り添い、キスを交わしていた。
普段の明るい皆ちゃんとは違う、一人の「男」としての姿。
俺たちは息を呑み、声を出すこともできずにただ固まっていた。
……ドォォォォォン!!
沈黙を切り裂くように、夜空に大きな花火が上がった。
「……ねえ、りん」
ハルちゃんが、消え入りそうな声で口を開いた。
「皆ちゃん,すごかったね。……なんだか、すごく遠くに見えちゃう。同じ二年生なのに、急に大人になったみたい」
「……そうね」
さっちゃんが、花火の光に目を細めながら応える。
「あんな風に、誰かを一生懸命に想っている顔、初めて見たわ」
「そんなまじまじと見たのかよ。……でも、好きになるって、ああやって誰かを大事にしたいって、離したくないって思うことなんだろうな」
俺が絞り出すように言うと、ハルちゃんが少しだけ俺の袖を掴んだ。
「ねえ。私たちも……あんな風に、誰かに夢中になる日が来るのかな」
「……きっといつかは、そういう日が来るのかもな」
「来年の花火は、また三人で見れるのかな」
さっちゃんがぽつりと呟く。
「来年も三人、か……。私たちも、少しずつ変わっていってしまうかもしれないもんね」
「……ずっと、変わらないかもよ」
俺の口からこぼれた言葉は、自分でも驚くほど頼りなかった。
直後、最後の花火が打ち上がる。
枝垂れ柳が夜空を彩り、グランドを明るく照らしながら、儚く消えていく。
光の中に浮かび上がる、二人。
潤んだ瞳で花火を見上げるハルちゃんと、どこか寂しそうな横顔のさっちゃん。
皆ちゃんの衝撃を共有した三人の間に、これまでとは違う、熱く焦れるような空気が溜まっていくのが分かった。
学校祭も終わり、俺は原付に跨った。
今まで見たこともないほど強い瞳で俺をじっと見送るさっちゃんとハルちゃんに手を振り、レンの家に向かう。
レンの家では、ミヤ、そして軍師ムツも合流して打ち上げが始まった。
レン母さんが準備してくれたホットプレートに箱入りバターをまるでリップクリームのように出し、たっぷりとバターを塗り溶かし、野菜や豚肉を焼く。
これぞ北海道の鉄板焼き!
ざく切りキャベツに輪切りの玉ねぎ、薄切りのじゃがいもに舞茸。
そして脂身少ない薄切り豚ロース。
これらがバターをまとって、ジュウジュウと旨そうな音と香りが部屋を隅々まで蹂躙する。
これはもう食べるまでもなく、うまいに決まっている。食べるけど。
「おいレン、早く肉ひっくり返せよ! 焦げるべや」
「わかってるって、ミヤはうるさいなあ。ほら、ムツも遠慮しないで食えよ。お前、体細いんだからさ」
「おう、いただくね。うまそうだけど、カロリーもすごそうだね。なんか、友達同士で泊まりで鉄板焼きって悪いことしてるみたいで楽しい!」
ムツがニコニコしながら肉を口に運ぶ。
「うめぇ……! 体育祭のあとのこれは、体に染みる〜」
「マジうめぇわ。そういえばさ、さっきのフォークダンス、お前らどうだったよ?」
ミヤがニヤニヤしながら肉をつつく。
「俺、一年生の女子三人から『ライブ最高でした!』って言われてさ。一緒に踊ってくださいって行列できてたんだぜ? ギターやっててマジで良かったわ」
「はは、ミヤもかよ。俺もだよ。なんか『ドラム叩いてる時と雰囲気違いますね』とか言われて、ちょっと照れたわ」
「楓はりん呼びされてるし、ハルちゃんたちともずっと一緒だし、実質勝ち組だべ」
一通り腹が膨れてくると、話題は自然と昨日のバンドライブのことになった。
「なあ楓、昨日のライブ、結局どうだったん? 俺らは無我夢中だったけどよ」
レンがコップを片手に聞いてくる。
「かなり良かったと思うぞ。正直3年生より上手かったんでない? 選曲の偏り酷いけど」
「ほんと、昨日のライブ最高だったよな。俺、ギター弾きながら鳥肌立ったわ」
ミヤが笑うと、それまで明るく肉をつついていたムツが、ひょいと顔を上げた。
「……3人のライブ、俺も見てたけどさ」
ムツはいつもの軽い調子で、けれど少しだけ真面目なトーンで続けた。
「正直、すっごく羨ましかったんだよね。あんなに熱くなれるのっていいなぁって。僕もそっち側、やってみたくなっちゃった」
あの効率重視のムツが、自分からそんなことを言うなんて意外だった。
「え、ムツやりたいの?」
「興味あるよ。楽しそうだし」
「じゃあさ、とりあえずベースでもやってみるか? 俺、今回ベースいないから代わりにやったけど、本業ギターだし教えてやれるしな」
レンが軽いノリで提案する。
「いいね,それ! じゃあ今度教えてよ」
ムツはニコッと笑った。
正式な加入云々ではなく、打ち上げのノリで決まる「次」の約束。
それがなんだか嬉しかった。
「しっかしさぁ、あのステージに立てて良かったな。アンコールが来たってことはさ、俺たちの音楽がちゃんと届いてたってことだもんな」
俺の言葉に、皆が少しだけ真面目な顔をして頷いた。
そんな中、お化け屋敷の出し物の話から、ミヤが何気なく言った。
「そういやあのお化け屋敷ってよぉ……元ネタはキャンプ場の管理棟で行方不明になった女の子の話だべ? 不謹慎な話だから祟られないといいな、ははっ」
その言葉に、俺とムツは箸を止めた。
顔を見合わせ、無言になる。
あの時、俺たちが「あの場所」で見てしまった記憶が、祭りの終わりの夜に冷たく這い寄ってきた。
第49話、最後までお読みいただきありがとうございました。
激闘の末に掴んだ勝利。
共に傷つき、共に戦い抜いた男たちにしかわからない熱い涙が、グラウンドに刻まれました。
楓たちの学校祭はひとまずフィナーレを迎えましたが、ステージで輝いていたあの子たちの目には、泥だらけの楓や夜空の花火はどう映っていたのでしょうか。
次回、第50話。
女子視点で描かれる、もう一つの物語。
タイトルは『赤と青の盟約』。
節目のエピソード、どうぞお楽しみに。




