第48話:不動ヶ原の戦い
学校祭最終日、体育祭。
そこにあるのは、クラスの意地をかけた本気の戦いでした。
負傷した手を抱え、楓はメインイベントの騎馬戦――『不動ヶ原の戦い』へ。
屈強な先輩たちと共に、泥まみれの決戦が始まります。
第48話、どうぞお楽しみください。
学校祭三日目、体育祭が始まる。
両手の腫れはだいぶ引いている。
左手はまだ少し痛むがプロテクターのおかげで、激しい接触がない限りは大丈夫だろう。
あらためて説明を入れておこう。
不動高校の学校祭には、非常にシビアな「順位」がつく。
それは単なる思い出作りではなく、組ごとの意地をかけた本気の戦いだ。
A組は白翔隊、B組は黄翔隊、C組は黒翔隊、そして俺たちD組は赤翔隊。
一年生から三年生まで、クラスを越えて同じ色の組が一体となって総合優勝を争う。
体育祭の競技結果はもちろん、文化祭の合唱やステージ発表、さらには模擬店の評価まで、ありとあらゆるものがポイント化される。
だから、どの学年も一瞬たりとも気が抜けない。
俺たちD組は現在3位。赤翔隊も逆転優勝を狙って、朝から異様なまでの士気が上がっていた。
午前中、俺の出番はまだない.テントの影から仲間の戦いを見守る。
「皆ちゃん、はやい……!」
1500メートル走。赤翔隊(D組)の陸上部のエース・皆ちゃんが、他を寄せ付けない圧倒的な速度で走り抜き、ぶっちぎりの一位でゴールした。さすがの実力だ。
棒引きでは、同じ赤翔隊(D組)の軍師ムツが作戦を練っていた。
得点が高い大きな棒をあえて捨て、小さい棒を一斉に確保。その隙に手薄になった太い棒を二手に分かれて確実に奪い返す。
点数計算を完璧に行い、運動量を最小限に抑えた冷徹な勝利。あいつには長い帽子を被らせて、羽の扇を持たせてやりたい。
女の子のパン食い競争が始まった。
なりふり構わずパンに集中し、口を大きく開けてジャンプする女子生徒たちの姿を見て、横で低く唸る声がした。
「吉川、お前それ、ちゃんと応援しているんだろうな?」
「当たり前だ。どの翔隊も素晴らしい。甲乙つけがたい躍動美だな」
そこの一年生も吉川と意気投合している。……ミツルか。あいつも将来、立派な変態になりそうで心配だ。
二人三脚のレーンには、さっちゃんとハルちゃんが登場した。
初日のムービーの影響もあって、二人の人気は絶大だ。
もうずっと例のリボンを付けさせられているが、グラウンドの風に揺れるそれはやっぱりよく似合っていて可愛い。
……ん? なんだか、二人の気迫が違う気がする。
隣のレーンでこっちに手を振っているのは、一年生で同じ赤翔隊の愛美だ。
「楓くん! 応援してね!」
俺が手を振り返した、その瞬間。
隣のコースにいた黒翔隊のさっちゃんとハルちゃんの周囲の空気が、パキパキと凍りついた。俺の脳内スカウターが激しく危険を示している。あの目は……本物の鬼神だ。
スタートの合図が鳴る!
二人は声を出すこともなく、阿吽の呼吸で尋常じゃない速さで駆け抜けていく。
ゴール後、俺はわざわざ敵陣である黒翔隊のテントへ行き、「おめでとう。二人とも、カッコよかったよ」と声をかけた。
二人は一瞬だけ顔を見合わせ、満足そうに笑顔でハイタッチしてくれた.よし、正解だったようだ。
午後の競技に向けて、応援合戦がはじまる。
和太鼓の重低音に合わせて、複雑なフォーメーションを組む。
後ろではパネルパフォーマンスが鮮やかに流れ、見るものを飽きさせない。
そして、応援合戦の熱が冷めやらぬグラウンドで、女子の翔隊対抗ダンスが始まった。
黒翔隊のセンターに立ったのは、さっちゃんとハルちゃんだ。
お揃いの黒いダンス衣装を翻して二人が現れた瞬間、空気がビリリと震えた。
「……すげえ」
思わず、言葉が漏れた。
さっちゃんのダンスは、まるで太陽そのものだ。弾けるような躍動感と、指先まで神経を尖らせた情熱的なステップ。昨日、俺がドラムで見せた「主役」の座を、今度は自分が奪い取ると言わんばかりの激しい輝きを放っている。
一方で、ハルちゃんの舞いはどこまでも凛としていて、しなやかだ。静かな湖面のような透明感がありながら、その瞳には決して逸らさせないという強い意志が宿っている。
対照的な二人の輝きが重なり合い、火花を散らすようなデュエット。
それは、同じ吹奏楽部として、そして親友として積み重ねてきた二人にしか出せない圧倒的なオーラだった。
横にいた愛美が、何かを言いかけて口を噤むのが見えた。
今のグラウンドは、間違いなくあの二人が支配している。
俺はただ、瞬きするのも忘れて、自分たちのすぐ隣にいたはずの「仲間」が見せる、見たこともないほど大人びた表情に目を奪われていた。
余韻に浸る間もなく、午後は男の戦う体育祭へと移行する。
大玉転がしでは玉を転がしてゴールを目指すが、相手側へ人を送り込んでの物理的な妨害も可能だ。
うちのチームはどうする?
こくしょうたいおおだまに
よしかわくんがついた!
こくしょうたいおおだまの
ごういんなころがし!
かならず とめる!!
でた!!
よしかわくんのおうごんのみぎうで
ああっ!!
よしかわくん ふっとんだ〜!
……なんだこの実況。どこのサッカーゲームだよ。
うん、見ていて清々しいほどの大敗だ。吉川は泥まみれになりながらも、満足げに親指を立てていた。
続く棒倒し。ここでも軍師ムツが冴え渡る采配を見せる。
通常、棒倒しの防御は高く登るのが定石だが、ムツはいた。彼は文化部員を中心とした数組の「陣」を作り上げた。
三人が一組となり、互いの肩をがっちりと深く組み合わせて、低い重心でどっしりと構える。
この「三人の結束」が複数集まり、棒を囲むようにして幾重もの壁を作るのだ。
これには、たとえ屈強な柔道部やレスリング部が突撃してきても、一人を投げることはできても「三人が固まった質量」を投げることはできない。抑え込もうにも、三人が連動して踏ん張るため、文化部員であってもビクともしないのだ。
ムツが采配する数組の陣は、まさに「動かざる山」だった。
敵がこの鉄壁の防御に足止めされている隙に、赤翔隊の陸上部員たちが走り込み、仲間の組んだ両手を踏み台にして、まるでレンジャーのように一気に棒の上部へ舞い上がった。見事な知略の勝利だった。
いよいよ、メインイベント。
騎馬戦――通称『不動ヶ原の戦い』だ。
ルールは単純。大将のハチマキが取られるか、制限時間終了時に生き残っている騎馬の「残機数」で勝敗が決まる。
俺が組むのは、人間ばん馬の金剛先輩、山城先輩、それから騎手の霞先輩。俺は右前脚として、重戦車のような先輩たちの左翼を必死に支える。
霞先輩の指示は的確だ。
「いいぞ楓、そのまま踏ん張れ! 右から来るぞ、軸をずらすな!」
金剛先輩と山城先輩がパワフルな突進で、敵の騎馬を次々と粉砕していく。
順調に勝ち進み、ついに決勝戦。
フィールドには赤の大将である俺たちと、白翔隊(A組)の大将、そして白の護衛二騎が残っていた。
このままでは時間切れになっても残機数で負ける。赤の大将が一か八かの一騎打ちを仕掛けようとしたその時、白の護衛二騎が大将を背後から仕留めようと牙を剥いた。三対一という包囲網だ。
「……無粋だね」
霞先輩が低くつぶやいた。
「大将の後方を守るぞ。突撃だ!」
スピードを落としたら間に合わない。このまま全速力で体当たりを敢行する。
激しい衝撃が全身を走った。だが、その瞬間に先輩たちが絶妙に角度を変え、俺の負傷した手を庇ってくれた。
その代償として、二人のジャージの膝下から、じわりと赤い色が滲み出していた。
「先輩……! 足、怪我してるじゃないですか!」
俺の声が震えた。ジャージの上からでもわかる。相当深い傷だ。本来なら、立ち上がることすら苦痛なはずなのに。
俺の腕を守るため、二人は自分の身を盾にしたのだ。
「……問題ない。気にするな」
金剛先輩は短く答えるが、その顔は痛みに耐えて歪んでいる。
「山城、いけるか」
「……ああ。まだ、踏ん張れる」
山城先輩も荒い呼吸を整えながら、決して折れない意志を瞳に宿していた。
二人とも、自分のことよりも俺を気づかっている。
俺のせいで、俺の手を守るために、こんなに傷ついて。
視界が熱くなって、鼻の奥がツンとした。
情けなくて、ありがたくて、涙が止まらない。
でも、ここで泣いて終わるわけにはいかない。
この人たちを、絶対に勝たせてやりたい。俺にできるのは、この傷だらけの足を、誰よりも力強く支えることだけだ。
「三人とも、最後に突撃をかけたいけれど、いいかな?」
霞先輩が穏やかに、けれど覚悟を込めて言った。
「大将を相打ちで潰す。僕のことは落として構わない」
「いいね。最後は華々しく散るのが英雄という感じで、たまらんわ」
金剛先輩がニヤリと笑い、俺の肩をそっと叩いた。
「りん、すまないな。こんな無茶に付き合わせてしまって」
「……いえ。とっても、熱くなれて……嬉しいですよ。絶対に、勝ちましょう!」
視界が歪んで、拭っても拭っても熱いものが頬を伝う。
自分の不甲斐なさと、それ以上に、ボロボロになりながらも俺を、俺の腕を守ってくれた先輩たちの優しさが痛いほどに胸に刺さっていた。
嗚咽を噛み殺すせいで、声は情けないほどに震えていたけれど、俺の心にはこれまでで一番強い火が灯っていた。
俺を気づかう二人のジャージの、その痛々しい赤黒い染み。
それを見た瞬間、俺の中で「勝ちたい」という願いは、狂おしいほどの「執念」に変わった。
この人たちを、絶対に最高のまま終わらせてやる。
先輩達はそんな俺に優しく微笑んだあと、腹の底から全校生徒に響き渡るような名乗りを上げた。
「「我――3年D組の守護神、金剛! 山城!
赤翔隊の敵を討ち滅ぼすものなり!!」」
最高速度で敵陣へ突っ込む。
まず一騎を釣り出し、直前で大将側へ急旋回を仕掛けた。
敵大将の側面への突撃かと思われた、その瞬間。敵の大将騎馬が、金剛先輩の負傷した足を強く蹴り飛ばした。
悲鳴のような音が聞こえた気がした。
バランスを失い、前から崩れ落ちそうになる俺たちの騎馬。
敵大将の目の前で、絶望的な体勢になった。
だが、霞先輩は諦めていなかった。この「崩れ」すら、彼は利用しようとした。
「上に飛ばせ!」
霞先輩の叫びに、俺と山城先輩が残った全筋力を爆発させて彼を高く放り投げた。崩壊する騎馬を最後の跳躍台にして、霞先輩が空へ舞う。
「我――3年D組の守護神、霞。赤翔隊の敵を討ち滅ぼすものなり!!」
秋の青空を背景に、霞先輩の手が敵大将のハチマキを鮮やかに掠め取った。
落下する霞先輩を、膝をつきながらも立ち上がった金剛先輩を含む三人で、がっしりとキャッチする。
「赤翔隊の、勝利!!」
審判の絶叫と共に、地鳴りのような歓声が上がる。
その狂乱の中で、俺たちは肩を組み合い、誰にも見られないように涙を流した。
怪我の痛みも、これまでの苦労も。この勝利の味と、頬を伝う熱い涙の意味は、この四人にしかわからない。
「何ですか、その決め台詞! 三人で決めていたんですか!?」
「かっこよすぎですよ。俺たちの代でも絶対使わせてもらいます!」
駆け寄ってくる仲間たちの前で、俺たちは泥と汗にまみれた顔で笑い合った。
激しかったけれど、最高に熱くなれた一日だった。
長文、最後までお読みいただきありがとうございました。
激闘の末に掴んだ勝利。
共に傷つき、共に戦い抜いた四人にしかわからない熱い涙が、グラウンドに刻まれました。
学校祭もいよいよフィナーレ。
物語は次なる展開へ。
次回、第49話もお楽しみに。




