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第44話:日陰の花は諦めない

 学校祭二日目、午後のメインステージ。

 楓は吹奏楽局の局長として、ステージ袖で出番を待っていました。

 

 今回の主役は、期待の一年生ドラマー・ミツル。

 左手に不安を抱える楓は、彼を信じてリズムのすべてを託します。

 

 しかし、大観衆の緊張感がステージを飲み込み、想定外のトラブルが発生。

 崩壊しかける演奏、凍りつくメンバー。

 その絶体絶命の瞬間、袖で控えていた「日陰の局長」が静かに動き出します。

 

 第44話。楓の真の実力と、仲間を想う覚悟がステージを照らします。


 昼時。

 吹奏楽局のステージ発表を控え、俺はお化け屋敷の余韻(主にハルちゃんへの失言)を振り払うように部室へと向かった。


 扉を開けると、そこには相変わらずの光景が広がっていた。


「さあ、みんな! 好きなの食べていいよ。焼きそばにたこ焼き、チョコバナナもあるよ!」


 一年生のミツルが山のような模擬店の食べ物を買い込み、女子局員たちに配りまくっている。相変わらずの王子様っぷりだ。


「竜胆先輩! 見ましたよ、昨日の映像。さつき先輩とハル先輩、めちゃくちゃ可愛かったですね!」


 ミツルがニヤニヤしながら話しかけてくる。俺はそっけなく返した。


「……お前、自分の練習はいいのかよ。そんな暇あるならイメトレしっかりしとけ。曲順、頭に入ってんだろうな?」

「厳しいなぁ、もう!」


 そんなやり取りをしていると、女子局員の一人が不安そうに「局長、今日のお客さんの数、すごいですけど大丈夫でしょうか……」と話しかけてきた。


「大丈夫だよ、みんな練習通りやればいいから。何かあったら俺が責任取るし、安心して楽しんでおいで」


 俺が努めて優しく微笑んで返すと、彼女は安心したように「はい、頑張ります!」と顔を輝かせた。


 吹奏楽のドラムは、左手が万全ではない俺に代わり、一年生のミツルが全曲叩くことになっている。

 そして、同期のさっちゃんとハルちゃんも、愛用のサックスとフルートを手にステージへと向かっていった。


 


 吹奏楽本番。

 ステージ袖で見守る俺の視線の先には、真剣な表情でフルートを構えるハルちゃんと、アルトサックスを抱えるさっちゃんの姿があった。


 だが、俺のすぐ隣にいるミツルの手が、ガタガタと震えている。


「いいか、前だけ見てろ。俺がすぐ横にいてやる。万が一何かあっても俺が全部フォローするから、お前は思い切り叩いてこい」


 演奏開始。

 ミツルは必死に食らいついていたが、中盤、緊張のせいかグリップが甘くなった。


 ――カランッ!!


 乾いた音と共に、ミツルの右手のスティックがステージ袖へと虚しく飛んでいった。


「あ……っ!」


 ミツルが凍りつく。ドラムの音が消え、優雅な旋律を奏でていたハルちゃんや、力強く吹いていたさっちゃんの表情に動揺が走る。

 バンドのテンポが崩れ、崩壊しかけたその瞬間。


 俺は袖から一歩踏み出し、右手一本でミツルのセットに割り込んだ。


 右手だけでスネアのバックビートを叩き込み、手首の返しだけでハイハットの端を細かく突いてリズムを繋ぎ止める。

 ミツルがパニックで両手を止めてしまう中、俺は奴の肩を鋭い視線で射抜いた。


(ミツル! 足は止めるな! バスドラだけ踏み続けろ、その間に替えを持て!)


 俺が右手一本でリズムの骨組みを支えている間に、ミツルはハッと我に返り、ホルダーから予備のスティックを必死に引き抜いた。


 フルートを吹くハルちゃんが驚きに目を見開き、サックスを構えたさっちゃんも、俺の右手捌きを凝視しているのが分かった。


「「「!!!」」」


 一瞬の空白も作らせない、場慣れしたリカバー。

 ミツルが両手でリズムに復帰したのを確認し、俺は鮮やかに身を引いた。


 


 無事に演奏が終わり、舞台裏でミツルが真っ先に謝りに来た。


「すみません、竜胆先輩……! 俺、あんなヘマを……」

「気にするなよ。客も演出だと思って喜んでたし、むしろ盛り上がっただろ?」


 俺はミツルの肩を軽く小突く。

「最後まで叩ききったのはお前だ、よくやったな。申し訳ないと思うなら、もっとレベルアップして、後輩をフォローしてやれるようになれ」


「……はい! ありがとうございます!」


 楽器を片付け終えた局員たちが、次々と俺の周りに集まってきた。


「局長、さっきのすごかったです!」

「局長、これからバンドのライブですよね? みんなで見に行きますから!」

「手、無理しないでくださいね。さっきので痛めてませんか?」


 後輩たちの温かい言葉に、俺は少し照れくさくなりながら微笑んだ。

 打楽器は日陰の存在、さらに俺はそのフォロー。

 そんな俺たちのことを見てくれる人がいるだけで嬉しい。


「ありがとう。左手は使わないようにしてたから大丈夫だよ。みんな、頑張ってくるね」


 そう言って局員たちと拳を合わせる。

 少し離れたところで楽器をケースにしまっていたさっちゃんとハルちゃんが、こちらを複雑そうな、でもどこか誇らしげな目で見ている。


 人よりはドラムができる自覚はある。

 けれど、それが偉いなんて思わない。

 どんなに練習を重ねても報われないことがあると知っているから。


 だからこそ、聞いてくれる人がいるなら、今の自分にできる最高のパフォーマンスを届けたい。

 できる可能性があるのに、やらないのは嫌なんだ。


 左手の準備は、もうできている。


 さあ、次は俺の番だ。

 俺たちのバンドで会場を盛り上げてやるんだ。

 最後までお読みいただきありがとうございます!


 吹奏楽局の局長として、そして一人のドラマーとしての楓くんの「凄み」が描かれた第44話。

 普段は自分を「日陰」と称する彼ですが、仲間を救うために見せた右手一本のリカバーは、後輩たちの心に深く刻まれたはずです。

 

 ハルちゃんやさっちゃんも、改めて楓くんの持つ「音」の力に圧倒された様子。

 

 そしていよいよ、次話からは本作最大の山場の一つ、楓くん自身のバンドによるライブステージが幕を開けます。


 第45話、物語は最高潮へと加速します。

 どうぞお楽しみに!


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