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第42話:名前を呼ぶ声、鉄板のリズム

 学校祭二日目、開幕!

 昨夜の狂気じみた特訓で満身創痍の楓でしたが、クラスの出し物「焼きそば」の鉄板を前に、竜胆家の血が騒ぎます。

 

 普段は目立たないように振る舞う彼が、その手際一つでクラスの空気を変えていくことに。

 さらに、これまで距離を感じていたクラスメイトたちとの関係にも、ある「変化」が訪れます。

 

 そんな彼の元へやってきたハルちゃんとさっちゃん。

 賑やかな朝の風景の中に、密かな想いが交錯する第42話、どうぞお楽しみください!


 学校祭二日目。



 朝の空気は、祭りの高揚感と秋特有の少しの肌寒さが入り混じっていた。

 正直に言って、眠気はとっくに限界を超えている。

 一晩中、防音設備……というか、周囲に民家がないのをいいことに、自室でレンを相手に猛特訓を強行したのだから、当然の結果だ。

 

 レンに至っては、登校するなり「英語が……呪文に見える……」と呟いて机に突っ伏している。

 だが、俺にはまだ、止まっている暇はなかった。



 クラスの調理用前着をきつく締め、中庭に設置された巨大な鉄板の前に立つ。

 ガスに火をつけ、鉄板がじわじわと熱を帯びてくるのを感じると、不思議と意識が研ぎ澄まされてくる。

 

 うちの本業は農家だ。

 物心がつく前から土に触れ、直売所に卸す野菜の選別を手伝わされてきた。

 両親が多忙な時期の飯作りは日常茶飯事であり、食材に関しては、裏の畑から最高に鮮度のいいものを直接もぎってくるのが当たり前の環境だ。

 「食」に関しても、俺は竜胆家の血を引く職人の端くれなのだ。



「……よし、それじゃあ焼き始めようか」



 具材を適当に広げようとしたクラスメイトに、俺はできるだけ穏やかに声をかけた。

 この場には女子もいるし、クラスの中心にいるような華やかな連中もいる。

 普段から目立たないように振る舞っている俺が、大口を叩いて指揮を執るなんて柄じゃない。

 

 ただ、せっかく出すからには、美味しいものを食べてほしい。その一心で、俺は自然とコテを握る手に力を込めた。



 竜胆家流の焼きそばには、目立たないこだわりが詰まっている。

 

 まず着手すべきは、麺だ。

 袋から出した蒸し麺をいきなり野菜と混ぜ合わせたりはしない。

 多めの油を引き、強火の鉄板で麺だけを広げる。

 水分を飛ばしながら、両面がカリカリのキツネ色になるまで焼き付けるのだ。

 これが後で特製ソースを吸い込んだ時に、べちゃつかない最高の弾力と食感を生む。



 黄金色に焼き上がった麺を一度鉄板の端へよけ、空いた中央で豚肉とたっぷりのキャベツを踊らせる。

 野菜から自然な甘い水分が染み出し、肉の脂と溶け合った瞬間を見計らって、麺を再び中央へ戻した。



 ここで登場するのが、秘伝の合わせ調味料だ。

 市販の粉末ソースだけでは、この鉄板の熱量には勝てない。

 俺が昨夜の合間に仕込んだのは、粉末ソースをベースに、厳選した醤油、とんかつソース、隠し味に自家製野菜のペーストを少量の水で溶いた特製液である。



 ――ジューッ!!



 鉄板から爆発的な湯気と共に、暴力的なまでに食欲をそそる香ばしさが立ち上った。

 醤油の焦げる香りとソースの甘酸っぱい酸味が混ざり合い、校庭の空気を一変させる。



「うわ……何この匂い! りんちゃん、手際良すぎだよ!」

「りゅーたん、どこかでバイトでもしてたの? めちゃくちゃ美味しそう!」



 驚いた声を上げたのは、クラスの女子たちだった。

 「竜胆」という硬い名字ではなく、親しみを込めたあだ名で呼ばれることに、俺は少しだけ耳のあたりが熱くなるのを感じながら、左右のコテを軽快に鳴らした。

 普段なら萎縮してしまうような眩しい女子たちに、こうして自然に受け入れられていることが、今は素直に嬉しい。



「……りん、悪い。ここ、どうすればいい?」

 

 少し前まで俺の存在すら認識していなかったような男子グループの連中も、俺の作業を食い入るように見つめ、自然と指示を仰いでくる。

 

「あ、野菜はもう少し火が通ってから麺と合わせて。焦げそうなら端によけて大丈夫だよ」



「おう、わかった! 頼りにしてるぜ、りん!」



 彼らが笑顔で頷くのを見て、俺は小さく息をついた。

 自分の持っている知識が、誰かの役に立ち、認められていく。

 派手な会話なんてできなくても、この鉄板の前なら、俺もこのクラスの一員として胸を張っていられるような気がした。

 

 ドラムのリズムを刻むように、無駄のない動きで仕上げにかかる。



「竜胆家特製、焼きそばだよ。……はい、お待たせしました」



 パックに詰め終わるや否や、匂いにつられて吸い寄せられてきた客たちの列が、一気に動き出す。

 焼き手としての忙しさに没頭していると、喧騒の向こうから「すごーい、本当にお店の人みたい」という、鈴の鳴るような澄んだ声が届いた。



 ふと顔を上げると、そこにはハルちゃんとさっちゃんが並んで立っていた。

 今日も昨日と同じ、ハルちゃんは鮮やかな青いリボンを、さっちゃんは情熱的な赤いリボンを、さらさらとした髪に揺らしている。



「お疲れさま。二人とも、並んでくれたんだね」



 鉄板の熱気と戦う俺を見て、ハルちゃんが少しだけ頬を染めながら身を乗り出してきた。



「これ、りんが作ってるんだよね? すごくいい匂い……。遠くにいても、りんが焼いてる匂いだって分かったよ」



「ありがとう。こだわり抜いた特製なんだ。……ほら、二人とも。サービス、具を多めにしておいたよ。熱いから気をつけてね」



 出来立て熱々のパックを二人に手渡す。

 ハルちゃんは割り箸を割ると、フーフーと丁寧に冷ましてから一口頬張った。

 そして、幸せそうに目を細めてポツリと呟く。



「おいしい……。りん、これならいつでもお嫁に行けるね」



「……男子に向かって言う言葉じゃないと思うけど、嬉しいよ。ありがとう」



 俺が微笑みながら答えると、ハルちゃんは急に俯き加減になり、最後の方は自分でも聞き取れないほど微かな声で付け加えた。



「……じゃあ、私のお婿に来てくれる?」



「ん? 何か言ったかな、ハルちゃん。鉄板の音がうるさくて聞こえなかったんだ。ごめんね」



「ふぇっ!? ……な、なんでもないの! 独り言! ほら、さっちゃんも食べてみて!」



 顔を真っ赤にして、一生懸命に自分の口へ焼きそばを運ぶハルちゃん。

 その横で、さっちゃんは一口食べた瞬間の姿勢のまま、彫像のように固まっていた。



「……おいしい。おいしすぎる。……というか、楓。あんた、いつの間にこんなハイスペックなスキル身につけたのよ」



「農家の息子だからね。自分で作らないといけない場面なんていくらでもあるんだよ」



 さっちゃんは愕然とした表情で、自分の指先と、俺の鮮やかなコテ捌きを見比べている。



「嘘でしょ……。ウチなんて、この前目玉焼き作ろうとしてフライパンからキャンプファイヤーみたいな火が出たのに。女子力の格差がエグすぎるんだけど。これじゃ、いつか楓に手料理振る舞って驚かせようとした私の野望が、夢のまた夢じゃん……」



 ガックリと目に見えて肩を落とすさっちゃん。

 どうやら彼女の料理の腕前は、文字通りの「破壊神」レベルらしい。



「そんなに落ち込まないでよ。もし良かったら、今度基本から教えてあげるから」



「本当!? 約束だよ! やったー、楓先生って呼んじゃう!」



 さっちゃんは一瞬で立ち直ると、ハルちゃんと肩を並べ、幸せそうに焼きそばを頬張りながら去っていった。

 

 遠ざかっていく彼女たちの後ろ姿を見送りながら、俺は再びコテを握り、鉄板に向き合う。

 二人の笑顔を見たおかげで、泥のように重かった眠気が少しだけ吹き飛んだ気がした。



 だが、本当の「戦い」はここからだ。

 午前中の当番を終えたら、次はハルちゃんとさっちゃんが待っている「お化け屋敷」に行かなければならない。



 ……昨日のムービー上映会に続き、少し心臓に悪い時間が始まりそうだ。

 最後までお読みいただきありがとうございます!


 今回は、楓くんがクラスの中で「自分にできること」を見つけ、周囲に認められる過程を描きました。

 クラスメイトたちが呼ぶあだ名の一つひとつが、彼の自己肯定感を少しずつ高めていく、温かな朝のエピソードです。


 ハルちゃんのお婿さん発言や、さつきちゃんの衝撃的な料理センス(?)など、ヒロインたちとの距離感も少しずつ変化し始めています。

 

 次回、物語はいよいよ「お化け屋敷」へ突入します。

 暗闇という密室の中で、楓たちがどのような時間を過ごすのか。

 どうぞお楽しみに!


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