第40話:スポットライトの境界線
ついに始まった学校祭!
クラス発表の目玉であるショートムービー上映会で、楓は二人のヒロイン・さつきと葵の圧倒的な輝きを目の当たりにします。
動画の中で、そして現実のフラッシュの中で輝く彼女たち。
それを見守る楓の胸に去来するのは、誇らしさと、そして言葉にできない「境界線」への寂しさでした。
しかし、彼の手には母が作ってくれた秘密兵器が。
光の中へ飛び込むための準備は、着々と進んでいきます。
今日は待ちに待った学校祭の初日だ。
初日は体育館を貸し切って、全校生徒が集まるクラス発表が行われる。
今年からメインプログラムとなったのは、各クラスが趣向を凝らして制作した「ショートムービー」の上映会だ。
会場の照明が落とされると、巨大なスクリーンに次々と映像が映し出されていく。
日常の何気ない一コマを面白おかしく切り取ったコメディもあれば、本格的な脚本で勝負してくるオリジナルストーリー、さらには誰もが知る有名CMのパロディなど、どのクラスも一筋縄ではいかない力作揃いだった。
一年生のミツルのクラスは、なんとミツル本人が主演か。
……うーん、なんというか、どこか絶妙に残念な感じが漂っている。
ミツルは中学の頃、学校祭のムービー制作で主演を張ってかなり注目されたという経験があるらしい。
本人もそれを自負しているようだが、高校生レベルの動画作成の経験がある者とそうでない者の差は、こういう大きな場では残酷なほどに現れるものだ。
やはり二、三年生ともなると、過去の学校祭で積み上げてきた「魅せ方」の年季が違う。
演技の自然さや編集のテンポも格段に上がっていて、会場からは大きな笑い声や歓声が上がっていた。
いよいよ、俺たちのクラスの番が回ってきた。
コンセプトは「青春のバトン」。
それぞれの部活や特技、得意なものを持ち寄り、一つの流れとして繋いでいくプロモーションビデオのような動画だ。
夏の疾走感溢れる青春ソングをバックに、野球部のピッチャーが渾身の力で投げたボールを、バスケ部のエースである野村が、まるでパスを受けるような鮮やかな動作でキャッチし、そのままシュート。
さらにそのリバウンドをサッカー部のムツが足で繋いでいく。
俺は、夕暮れの部室で一心不乱にドラムを叩いているシーンで登場した。
クラスの編集担当が相当腕を上げたおかげで、ただ叩いているだけのカットも、何やら物語性を感じさせる「胸熱」なムービーに仕上がっている。
上映が終わると、会場からはパラパラと温かい拍手が起きた。反応は決して悪くない。
クラスの一員として、まあまあの貢献はできたんじゃないだろうか。
昼休み。
人混みをかき分けて、さっちゃんとハルちゃんが俺のところへやってきた。
「りん、動画カッコよかったよ」
はにかみながらそう言ってくれる二人に、少しだけ鼻が高くなるのを感じる。
けれど二人はすぐに、意味深に視線を交わすと「午後の私を見てね」と、少しだけ悪戯っぽく微笑んで去っていった。
午後の部、最後の上映プログラム。
ついにハルちゃんとさっちゃんのクラスの番がやってきた。
タイトルが表示された瞬間、会場がどよめいた。
内容は、今まさに大流行している有名アニメのオープニングパロディだ。
画面が切り替わった瞬間、俺の目は釘付けになった。
透き通るような白い肌に、艶やかな黒髪ショートが鮮烈に映えるハルちゃん。
対照的に、健康的な小麦色の肌と、波打つ茶髪のロングヘアが眩しく躍動するさっちゃん。
二人は遠目にも分かりやすく、ハルちゃんは髪に大きな「青いリボン」を、さっちゃんは情熱的な「赤いリボン」を揺らしている。
一人ずつ街を歩く情緒的なシーンから、画面を二分割して背中合わせで立つ二人のカット。
モデルのようにスレンダーなハルちゃんと、制服の上からでもはっきりと分かるほどスタイル抜群なさっちゃん。
強風が吹く中で、ライバルのように鋭く、けれど深い信頼を感じさせる視線で向かい合う二人の演技は、もはや素人の文化祭作品とは思えないほどの圧倒的な完成度を誇っていた。
やがて周りの仲間たちを巻き込んだキレのあるダンスパートが入り、最後は二人が仲良く寄り添ってカメラに微笑みかけ、エンドロールへ。
なんと驚いたことに、この後半部分はカメラを一切止めずに一発撮りをしたのだという。
「スゲー……これは今年の一位、確定だろ」
周囲の男子生徒からも、ため息混じりの感嘆の声が漏れる。
さっちゃんとハルちゃん。
まさに「ダブルヒロイン」と呼ぶにふさわしいその輝きに、俺の心臓はさっきから不規則に、うるさいくらいに跳ねていた。
二人とも、めちゃくちゃ可愛い。
特にハルちゃん。ああいう目立つことは苦手だって言ってたのに……。
あんなに堂々と、一生懸命頑張ったんだな。
初日のプログラムがすべて終了し、体育館に自由な空気が流れる。
ふと見ると、体育館の片隅には、既にさっちゃんとハルちゃんの周りに大きな人だかりができていた。
二人はクラスの連中にせがまれたのか、映像と同じ色違いのリボンを無理やり髪に付けさせられ、即席のゲリラ写真撮影会が始まっている。
次々に向けられるスマホのカメラとフラッシュ。
その光を浴びて、困ったように、けれどどこか嬉しそうに笑う二人。
ふっふっふ。見たか全校生徒。
我が吹奏楽局の看板娘たちは、これほどまでに美人で可愛いんだぞ。
俺は遠巻きにその様子を眺めながら、心の中で腕を組み、自慢の仲間を誇らしく思っていた。
……けれど。
その高揚感の影で、冷たい澱のような感覚が、ゆっくりと胸の奥に沈んでいく。
少しだけ、寂しいかな。
何が、と自問しても明確な言葉にはならない。
ただ、スポットライトの真ん中に立ち、周囲を光で支配している二人が、あまりに眩しすぎたんだ。
彼女たちは、物語を彩る「ヒロイン」だ。
それに引き換え、俺はステージの端、一番暗い場所で黙々とリズムを刻むだけの人間。
二人を心から応援したい気持ちに嘘はないし、あんなに輝いている姿を見られたのは、友人として本当に嬉しい。
なのに、遠い。
まるで、手の届かないずっとずっと遠くの、キラキラした異世界に行ってしまったような錯覚に陥る。
日陰にいる自分と、光の中にいる二人。
その間に、決して越えられない「境界線」が、今日という日に、はっきりと引かれたように見えてしまった。
いや、今はそんな女々しいことを考えている場合じゃない。
俺には、俺にしかできないやるべきことがあるはずだ。
さあ、バンドの練習に行くぞ。
人垣で見えてはいないだろうけれど、俺は二人のいる方へ、せめてもの強がりとして軽く一度だけ手を振ってから、静かに体育館を後にした。
今日は吹奏楽局としての全体練習はない。
局長である俺の権限で部室を開放し、バンドメンバーで集まることにした。
母さん特製の「秘密兵器プロテクター」を取り出して見せると、リーダーのレンもミヤも驚きの声を上げた。
「うおっ、お前の母さん、マジでスゲーな! 職人かよ!」
レンが感心したように、革と衝撃吸収材で組まれたプロテクターの感触を確かめる。
ミヤが何か茶化そうとして口を開きかけたが、余計なことを言いそうだったので、俺は全力で気配を消してスルーした。
実際に装着してスティックを握り、演奏を試してみる。
手首の可動域に若干の制限はあるものの、あの鋭い痛みはほとんど感じない。
これなら叩ける。
ドラムソロの激しい動きは多少鈍くなるが、十分に合格点と言える範囲だ。
これならいける。
あとは、レンが本番のマイクパフォーマンスで会場をどれだけ熱くしてくれるかだ。
準備はすべて整った。
あとは明日の本番、あのライトの下に飛び出すだけだ!
最後までお読みいただきありがとうございます!
学校祭マジックといいますか、普段見慣れているはずの友人が、ステージやスクリーンの上で別人のように輝いて見えるあの感覚……。楓くんの感じた切なさは、青春ならではの痛みかもしれません。
さっちゃんとハルちゃんのダブルヒロイン、想像するだけで華やかですね!
さて、初日の興奮が冷めやらぬ夜。
自宅に戻った楓のもとには、昼間あんなに眩しく輝いていた二人からのメッセージが届きます。
「境界線」を感じていた楓の心が、彼女たちの言葉を受けてどう変化し、どんな決心をするのか……。
どうぞお楽しみに!




