第39話:春日葵は気付いてしまう(後編)
ハルちゃん視点、完結編。
野村くんへの告白、そして初めての失恋。
平気を装い、いつもの自分を演じようとするハルちゃんでしたが、西日の差し込む個室で楓が見せた涙が、彼女の頑なな心を解かしていきます。
「幸せになってほしい」
その言葉に込められた楓の「キモい」ほどの優しさに触れたとき、ハルちゃんがようやく気付いた自分の本当の気持ちを描きます。
――運命の日。
私は、わざとりんを呼び出してしまった。
告白する前に、そのことを彼に報告した。
……止めて欲しかったのかな。
いいえ、私は野村くんが好きなんだ。
そう自分に言い聞かせ、言い聞かせ……私は自分の心を麻痺させていた。
これが私のケジメ。
野村くんへの「好き」は、どこか正解があるような、安心できるものだった。
でも、りんに対して抱き始めていたこの正体不明の感情は、今の関係を壊してしまいそうで、ただ怖かった。
だから私は、逃げるために「恋」をしようとしていたんだ。
約束の時間、野村くんが来た。
「野村くん。私、宿泊研修で助けてもらった日から、ずっと気になっていました。好きです。付き合ってください」
初めての告白。
台本を読み上げるみたいに、スラスラと言葉が出てきた。
もっと胸が苦しくなるかと思ったのに、拍子抜けするほど「熱」がない。
さっき、りんに告げた時の方が、よっぽど心臓が壊れそうだったなんて、おかしいよね。
「春日、ごめん。俺には、好きな人がいるんだ」
「……そっか」
振られた瞬間も、胸が痛むより先に「あ、終わったんだ」と他人事のように思う自分がいた。悲しいはずなのに、どこかでホッとしている。
そんな私の空っぽな心を見透かすように、野村くんは真っ直ぐに私を見つめた。
「春日さ。俺が言うのもなんだけど……お前が本当に好きな人って、俺じゃないと思うんだ。お前らを見てたら、そう思ったよ」
「……え?」
「お互い、本当に大切にしてるよな。このことがあったからって、二人でギクシャクすんなよ」
野村くんの言葉が、胸に深く突き刺さる。
二人をずっと見ていた野村くんには、私の誤魔化しなんて通用しなかったんだ。
それから数日後。
定期演奏会の準備で、二人きりになった企画用の個室。
窓から差し込む西日が、琥珀色に部屋を染めていた。
「りん、あの時はありがとうね」
「ああ、気にすんな」
「野村くんからは聞いてるよね?」
「いや、なにも」
……野村くん。何も言わずにいてくれたんだね。
私のカッコ悪い、嘘みたいな失恋を守ってくれたんだ。
「そっか……。私、振られちゃった。告白なんてはじめてだったんだ。あれって、すっごく怖いね」
「……」
「でも、告白できてよかった。スッキリした」
そう言って、私はまた嘘をついた。
いつもの「幼馴染」の仮面を被るために、用意していたお礼のクッキーを差し出す。
「本当にありがとう。……勘違いはするなよ?」
いつものように、少し意地悪な上目遣いで隠そうとした私に、りんは声を震わせて言った。
「俺に……気を使う……なよ……。つらいのは、ハルちゃんだろ……?」
視界が、急に歪んだ。
自分の失恋なのに。傷ついたのは私のはずなのに。
なんで、君がそんなに顔をくしゃくしゃにして泣いているの?
「なんで……りんが泣いてるの?」
「ハルちゃんは、自分の方が大変なのに、俺の心配までして……。本当に良い人だから、幸せになってほしくて……っ」
――ああ、ずるいよ。
そんな顔されたら、もう誤魔化せないじゃない。
君が泣くから。
君が、自分のことみたいに私の幸せを願って泣いてくれるから。
私は、心の奥に閉じ込めていた記憶を、全部認めるしかなくなった。
小学生の頃のカルタ大会。手が悴んで動かない私に、自分の使い捨てカイロを押し付けてくれた、あの手。そのせいで君は負けて、私が勝ったんだよね。
秋の寒い夜。自分の上着を私に貸して、震えながら自転車を漕いでいた、あの背中。
登山で怪我をした私を、「重い」って文句を言いながら背負ってくれた、あの温もり。
私はあの時、交代した野村くんの背中に「白馬の王子様」を重ねてしまった。
でも、ボロボロになりながら、誰よりも先に私を助けようとしてくれていたのは、いつだって君だったのに。
全部、全部、恋だったんだ。
「幸せにって……お父さんじゃないんだから……」
声が震える。涙が溢れて止まらない。
私は最低だ。こんなに真っ直ぐな光が隣にあったのに、わざと目を逸らして、別の場所で「恋」を探して逃げていただけだったなんて。
「俺、キモいな」
「そうだね……。うん、キモいね」
違うよ、りん。
本当にキモいのは、君のこの涙を見なければ、自分の心にさえ嘘をつき続けようとしていた私の方だよ。
「……でも、りん。ありがとう」
夕日に染まる個室。
もらったクッキーは、少しだけ、しょっぱい味がした。
泣き顔を見せ合う、世界で一番不格好な私たち。
あの日、私は決めたんだ。
これからは、自分の気持ちに嘘はつかない。
私は、もう逃げない。
だけど、この言葉だけは、まだ喉の奥にしまっておくね。
今伝えたら、きっと今の君をさらに困らせてしまうから。
私は、りんが――。
最後までお読みいただきありがとうございます!
第13話で描かれたあの夕暮れのシーンを、今度はハルちゃんの視点からお届けしました。
楓くんがなぜ泣いたのか。そしてその涙が、ハルちゃんにとってどれほど救いになり、同時に残酷なほど「自分の恋」を自覚させるものだったのか……。
しょっぱいクッキーの味とともに、二人の逃げられない絆が確定した瞬間でした。
これにて回想録は終了です。
次回、物語は学校祭当日のステージへ!
どうぞお楽しみに!




