第33話:職人技
学校祭、いよいよ明日に開幕。
クラスや部活の準備に追われる中、楓を悩ませるヒロイン二人からのLIME……。
そして完治しない左腕を救うべく、竜胆家の「ガチ勢」たちが動き出します。
母さんの驚くべき職人技と、祭りの前の慌ただしい夜をお届けします。
いよいよ、明日から学校祭が始まる。
自分の部屋で明日の準備をしていると、スマートフォンの通知が鳴った。
LIMEだ。さっちゃんからだった。
『学校祭、明日からだね! 二日目、楓は何時から焼きそばの店番なの?』
『俺は十時からだよ。午後から吹奏楽の発表があるから。さっちゃんは?』
『ウチは十一時からお化け屋敷の当番だから、十時に焼きそば食べに行くね!』
『サンキュ。俺もお化け屋敷、見に行こうかな』
『だーれーとー?』
『いや、まだ決めてないけど』
『ふーん。まあいいや。明日から頑張ろーね!』
『あ、そうだ。明日の初日はクラスのショートムービー上映会、ちゃんと見に来てよね。ウチがメインで出てるんだから、見逃したら承知しないわよ!』
『わかった、見に行くよ』
……なんだろう。今の「だーれーとー?」の圧は。
中学からの付き合いで気心が知れているはずだが、時折見せるこの鋭い踏み込みには、未だに慣れることができない。
首を傾げていると、間髪入れずに今度はハルちゃんからメッセージが届いた。
『腕、大丈夫?』
『うん。……うーん、正直微妙かな』
『バンドはやるんでしょ?』
『うん、どうにかしてやるよ』
『無理しないで欲しいな……』
『まあコンクールはまだ先だし。ここは少し無理してでも楽しむよ』
『もうっ、悪化したらどうするの!』
『心配してくれてありがとう。そうだ、俺、昼前にお化け屋敷行くけど、ハルちゃんはどうしてる?』
『絶賛お化け中(笑)』
『ははっ、楽しみ。見に行くわ。さっちゃんもそこにいるって言ってたし、二人に会えるの楽しみだな』
送信して数秒。画面に表示された言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
『はい、減点』
『え?』
『「一緒に泣きあった大切な女の子」とのお話中に、他の女の子の名前を出しました。ないわー』
『……申し訳ありません』
『本当、そういうとこ……。あ、明日のショートムービー、私も少し出てるから。目立つの苦手だから恥ずかしいんだけど……りんには見てほしいな』
『ハルちゃんも? わかった、楽しみにしてる』
『また明日ね』
『うん、また明日』
ふぅ……。
なんだか嵐が去ったような気分だ。
学校祭が始まる前から、俺の心はすでに翻弄され、妙な疲労感に包まれていた。
俺は自分の部屋でドラムセットを見つめた。
どうしたらこの腕で叩けるだろうか。
本番までもう時間はないし、捻挫が劇的に治る兆しもない。
練習パッドを軽く叩いてみるが、やはり左手首に振動が響いた瞬間、顔が歪むほどの痛みが走る。
テーピングでガチガチに固めるしかないか。いや、あいにくテーピングなんて気の利いたものは家にはない。
何かないか。
俺は一縷の望みをかけて納屋へ行き、使えるものがないかあちこち探し回った。埃を被った段ボールの山や、古い農具の隙間を漁っていると、背後から足音が近づいてきた。
「なんだ、探し物か?」
父さんだった。
「いや、手首が痛いから、何か固定できるものがないかなと思って」
「手首の固定か。……鉄板加工してテープで巻きつけるか?」
「いや、それはちょっと……」
「あー、いいもんあるぞ」
父さんが納屋の奥のバッグから引っ張り出してきたのは、まさにスーパーアイテムだった。
ボウリング用のリスタイ(プロテクター)だ。
「これ、右利き用だから、母さんに頼んで左用に直してもらえ」
ボウリング。それは竜胆家が唯一、家族全員でする球技である。
父、母、兄、それぞれがマイボールとマイシューズを持ち、常にハイレベルなスコアを競い合うガチ勢一族なのだ。
俺は藁にもすがる思いで、そのお古のプロテクターを居間に運び込んだ。
「母さん! これ、左手用に改造してほしいんだけど!」
だが、案の定、明日の準備や家事をこなしていた母さんの逆鱗に触れた。
「……これ、頼めって言ったの父さんかい?」
母さんの声のトーンが一段階低くなり、背中に冷たい汗が流れる。
「あ、いや……まあ、そうなんだけど……」
「そんな簡単にできるわけないでしょ! 母さんだって家のことやってるんだから、無理に決まってるでしょ! だいたいあの人はいつもそうやって、自分にできないことを安請け合いして――ッ!!」
母さんの怒りの矛先が、完全に父さんへとロックオンされた。
ふとリビングの奥を見ると、提案した張本人の父さんは、母さんと目を逸らしたまま「あー……俺、風呂入ってくるわー」と、教科書通りの逃亡を決め込んでいるところだった。
「あ、俺も……寝るわ」
この場に居続けるのは命の危険を感じる。俺はそそくさと自室へ逃げ帰り、せめて湿布を貼り直して眠りについた。
ところが。
翌朝、テーブルの上にそれが置いてあった。
良質な鹿の皮で丁寧に縫い合わされた、左手用の特注プロテクターが。
手首の角度をしっかりと固定しつつも、指先の繊細な動きを邪魔しない絶妙な作りだ。よく見ると、端の方にはローマ字で俺の名前の刻印まである。
「……これ」
「時間がなかったから、そんなもんしか作れなかったんだからね! 文句言わずに使いなさい!」
母さんは朝から忙しそうに家事をしながら、そっぽを向いて言い放った。
昨夜はあんなに怒っていたのに。父さんに毒づきながらも、寝る間も惜しんで母さんはこれを作ってくれたのだ。
母さん……。
「ありがとう。大事に使うわ」
それにしても。
クオリティ高!!
鹿の皮を縫い合わせて刻印まで入れるって、母さんは一体何の職人なんだ。
竜胆家の血筋に流れる、こだわりだしたら止まらない「ガチ」な気質を、最強の装備越しに思い知らされた。
これならいける。このプロテクターがあれば、俺は叩ける。
母さんの職人技を左腕に纏い、俺は波乱が予感される学校祭初日の朝へと踏み出した。
最後までお読みいただきありがとうございます!
中学からの付き合いであるさっちゃん、そしてハルちゃん。
二人のやり取りの温度差に翻弄される楓ですが、一番の衝撃は母さんのレザークラフト技術だったかもしれません。
「ボウリング・ガチ勢」の竜胆家、恐るべしです。
最強のプロテクターを手に、いよいよ楓は学校祭のステージへ向かいますが……。
次回、物語の視点は少しだけ過去、そして「彼女」へと移ります。
中学からの腐れ縁。楓のすぐ隣にいた彼女だけが見ていた景色とは。
第34話:井上さつきは知ってる
どうぞお楽しみに!
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