第28話:バンドやろうぜ!
吹奏楽局としての活動に加え、今年は有志バンドでの出場も決まった。
忙しくなる学校祭シーズンを前に、まずはメンバーとの練習が始まる。
日常の中に少しずつ、祭りの気配が混ざり始める。
不動高校の学校祭は、近隣の高校と比べても少し特殊な形態をとっている。
普通なら時期をずらして開催するはずの「体育祭」と「文化祭」を、一つの大きな行事としてまとめて行うのだ。
授業時間を確保するためという、大人の事情丸出しの理由により、これらは合わせて三日間で開催されるのが恒例だった。
一日目は、クラスごとのステージ発表。各クラスが演劇やダンスを披露し、内輪の熱気が最高潮に達する。
二日目は、模擬店などの一般開放。外部の客も入り、お祭り騒ぎになる。
そして三日目は、体育祭。そして夜には全校生徒によるフォークダンスと、夜空を彩る打ち上げ花火が待っている。
俺が一番忙しくなるのは、間違いなく二日目だろう。
吹奏楽局としての発表と、有志による「バンド演奏」という二つのステージがあるからだ。
吹奏楽の方はいい。いかにも学校祭らしく、最新のポップスや人気のアニソンをメインに据え、華やかに盛り上げる。局長としての仕事は山積みだが、流れは決まっている。
問題は、有志バンドの方だ。
通常、うちの学校のバンドステージは三年生がメインで、二年生が入り込む隙間なんてほとんどない。
だが俺は、吹奏楽局の局長であり、なおかつこの学校では希少種である「ドラムが叩ける人材」ということで、運よく一枠もぎ取ることができたのだ。
メンバーは俺を含めて三人。
ベースボーカルは、幼馴染のレン。
ギターは、ミヤだ。
レンとは小学校の頃からの腐れ縁で、俺の家のドラムとあいつのギターで、放課後になれば一緒に音を出して遊んできた仲だ。
あいつは身長も高くてがっしりした体格をしており、本職はバスケ部。男女問わず友達は多く、いつも誰かに囲まれている、いわゆる「陽キャ」の部類に属している。
だが……。悲しいかな、あいつは「モテる」かと言われると、これがまた微妙なのだ。
クラスに必ず一人か二人はいる、圧倒的カリスマを持つ一軍の頂点には届かない。いつだって「三番手くらいに名前が上がる、話しやすい良い奴」止まり。その一歩引いたポジションが、あいつの定位置だった。
本当はギタリストなのだが、ベースをやる人間がいなかったので、今回は自らベースボーカルをやってくれるということで兼任してもらっている。
一方、ギターのミヤは帰宅部だ。
細身ながら、無駄な脂肪のない引き締まった筋肉がついているタイプ。見た目は無口でクールな、いかにも「アーティスト」然としたイケメンなのだが……。
残念なことに、口を開けば基本的には下品な下ネタか、深夜アニメの話しかしない。
しかし、そのギターの腕前だけは、冗談抜きで本物だった。
イングヴェイ・マルムスティーンという、速弾きの権化のようなギタリストを神と崇めており、どんなに複雑で激しいフレーズでも、表情一つ変えずに淡々と、かつ完璧に弾きこなしてしまう。
指先の動きが速すぎて、時々残像が見えるレベルだ。正直、こいつは天才だと思う。
練習場所は、もっぱら俺の家だ。
自分の部屋に生ドラムセットを鎮座させているので、わざわざスタジオを借りる必要もない。そこで三人、放課後の時間を潰している。
田舎の特権というか、竜胆家の立地は最強だ。
一番近い隣家でも五百メートルは離れているので、防音設備なんてなくても騒音問題とは無縁だ。山に反響する爆音を聞いているのは、せいぜいキツネかカラスくらいだろう。
そもそも、うちは家族全員が音楽を愛する「音の鳴り止まない家系」だ。
物置やリビングにはアコーディオン、ギター、謎のオルガン、果ては和楽器なんかが平然と転がっている。
昔から家族が代わる代わる何かを鳴らしている環境なので、楽器の音に対しては異常なほど寛大だ。
なので、俺たちがアンプを最大にしてロックをかき鳴らしていても、隣の部屋でばあちゃんが「いい子守唄だ」と言わんばかりに普通に昼寝できてしまう。それが竜胆家の日常であり、平和の象徴だった。
「……ふぅ。よし、今のところ悪くないな」
一曲合わせ終えて、俺は手に馴染んだスティックをクルリと回した。
演奏のクオリティ自体は、客観的に見てもかなり高いレベルでまとまっている自負がある。
ミヤの超絶ギターに、レンの安定したベースと伸びやかな歌声。そして、兄ちゃんに叩き込まれた俺の正確(という名の恐怖による産物)なビート。
だが、演奏面以外で、俺には大きな不安要素があった。
「なぁレン。今練習した曲の紹介のとこさ……本番ではもうちょっと、こう、気の利いたMCとかできないのか?」
俺の問いかけに、それまでマイクに向かっていたレンが、ガバッと勢いよく首を振った。
「無理。絶対無理。俺、人前で話すのは本当に緊張するんだ。さっきの練習でも、頭が真っ白になって何言ってるか分からなかったわ」
そう。レンという男は、あんなにガタイが良くてバスケ部の試合では目立っているくせに、進行やマイクパフォーマンスといったアドリブがからっきしダメなのだ。
練習中の曲紹介でさえ、「えー、次は……その、アレです。かっこいい曲です」と小学生並みの語彙力になる始末。このシャイな部分が、あいつを「万年三番手」に留めている一因かもしれない。
(……これ、当日どうするんだよ。演奏は激しくてクールなのに、MCだけグダグダか?)
横を見ると、ミヤは俺たちの会話なんてどこ吹く風。
自分のギターの弦を愛おしそうに磨きながら、「あー、ここのスウィープ奏法、エロいわー」と悦に入っている。
こいつはこいつで、「自分が満足できればそれでいい」というスタンスなので、観客の盛り上がりやステージの進行なんて微塵も気にしていない。
「なあ、選曲もさ。やっぱりもうちょっと、女子が『キャー!』って言うような流行りの曲を入れた方がいいんじゃないか?」
俺が提案すると、ミヤが初めて顔を上げ、氷のような視線を寄越した。
「りん、お前……軟弱なこと言うなや。この難解なフレーズを弾き倒す快感、分かんねぇーのか? 流行りの曲なんて、速弾き要素が足りなくて退屈だべや」
「いや、ステージは俺たちの自己満足の場所じゃないだろ……」
「俺は、俺のギターに酔いしれる奴が一人でもいればそれでいい。他はゴミだ」
ダメだ、こいつ。ギターに関しては一歩も譲る気がない。
レンは緊張で喋れない。ミヤは職人すぎて客を無視。
これに加えて、俺たちのマニアックすぎる選曲。
演奏自体はめちゃくちゃ上手いんだけど、どう考えても「モテそう」なキラキラした雰囲気が漂ってこないのだ。
むしろ、一部の楽器オタク男子だけが目を輝かせて最前列に陣取る光景が、今から容易に想像できる。
俺だって男子だ。下心がないと言えば嘘になる。
バンドをやっていれば、いつの時代もモテるはずじゃなかったのか。
放課後の音楽室で女子に囲まれたり、ライブ後に「かっこよかったです!」って連絡先を渡されたりする、あの王道の展開はどこへ行った。
レンだって、もしここでバシッとMCを決めて最高の演奏をすれば、「三番手」から一気に主役に躍り出ることだってできるはずなのに。
「……頼むから、ちゃんとバンドやろうぜ。モテるための、本当のバンドをさ……」
俺の切実な願いは、再び鳴り響いたミヤの超高速スウィープ奏法の爆音にかき消された。
学校祭まで、あとわずか。
俺たちのバンドが、不動高校にどのような衝撃(あるいは失笑)を与えるのか、俺にはまだ、神のみぞ知る未来に思えてならなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
バンドを組めばモテるという幻想、誰しも一度は抱くものですよね。
演奏はプロ級、中身は残念。そんな三人の練習風景をお届けしました。
次回、さらに慌ただしさを増す準備期間。
吹奏楽局とバンド、楓の二足のわらじ生活はどうなるのか。
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