第27話:相談相手を間違えた
レクレーションのジンギスカン・パーティも無事に終わり(?)、日常に戻った吹奏楽局。
しかし、そんな平穏を切り裂くように、親友の皆ちゃんから「重大な相談」を持ちかけられます。
青春の香りが漂う展開に、我らが主人公・楓はどう立ち向かうのか。
そして、相談相手に選んだ「あの人」の機嫌は……?
ジンギスカン・レクレーションという一大イベントが終わり、学校にはまたいつもの騒がしい日常が戻ってきた。
放課後の部活動、迫り来る小テスト、そして蒸し暑い教室。
しかし、今日の俺の隣には、明らかに「いつもと違う」オーラを放っている男がいた。
親友の、皆ちゃんだ。
普段の彼は、陸上部で鍛え上げた爽やかなスポーツマンらしく、何事にも動じない落ち着きがある。だが、今日の彼はどうだ。
教科書を開く手は小刻みに震え、視線はあらぬ方向を彷徨っている。気合が入っているというよりは、今にも爆発しそうなほど極度に緊張しているように見えた。
俺はたまらず、休み時間に声をかけた。
「皆ちゃん、なんかあったか? さっきから数学の教科書、逆さまだぞ」
「……りん。ちょっと、聞いてくれるか?」
皆ちゃんは意を決したように、俺を人気の少ない渡り廊下へと連れ出した。
そこで打ち明けられたのは、まさに青天の霹靂とも言える告白だった。
「……好きな人に、告白しようと思ってるんだ」
ほう、と俺は内心で指を鳴らした。
皆ちゃんの好きな人。それは同じ運動部界隈で噂になっている、テニス部の女の子だ。
高校に入ってからずっと気になっていて、大会の合間や委員会の集まりで少しずつ話すようにはなったらしい。だが、そこから先は、慎重な彼らしくなかなか踏み込めずにいたのだという。
「でも、ずっと心に決めてた人だから。中途半端なまま、夏を終えたくないんだ」
真っ直ぐな目でそう言う皆ちゃん。
なるほど、この後のカレンダーをめくれば、学校祭に神社の例大祭、そして海や花火大会と、恋人たちのためのイベントが目白押しだ。
「そっかー。確かに、付き合ってからイベントを迎えた方が、楽しみ方も何倍にも増えるしね。賢明な判断だと思うよ」
「……陸上部の大きな大会も一段落したからな。自分の中では、今が最高の区切りなんだ。でも、いざとなると言葉が出てこなくて。……こんな話、りんぐらいにしかできなくてな」
「まあ、吉川に話せば十倍に脚色されて校内放送レベルまで広まるだろうし、ムツに話しても『あー、いいんじゃないっすか』で終わりそうだしね。消去法で俺か」
親友のよしみだ。俺も、この「日陰」自覚のある自分なりに、真面目に恋愛相談に乗ることにした。
だが、男二人が頭を突き合わせたところで、脳筋的な答えしか出ないのは目に見えている。
「なあ皆ちゃん。こういうのはさ、一度女の子に意見を聞いてみた方がいいんじゃないか?」
「……やっぱりそう思うか? 実は、俺も結構気持ちがブレててさ」
「えー、皆ちゃんでもそんなに迷うんだ」
「そりゃ迷いまくるよ。陸上のスタート前より緊張してる。今日言おう、今日こそ言おうって何度も思ったけど、そのたびに胸が苦しくて……。頼む、誰か『女子側の本音』がわかる奴に聞いてみてくれないか?」
親友の切実な願いだ。断れるはずもない。
「わかった、わかった。じゃあ、ちょっとリサーチしてくるわ。期待せずに待ってて」
昼休み。
俺は一縷の望みをかけて、隣のクラスの教室を覗きに行った。
そこに、副局長としていつも頼りにしているさっちゃんの姿が見えた。
彼女なら、恋愛経験も豊富そうだし(偏見だが)、的確なアドバイスをくれるはずだ。
そう思って声をかけようとした――その瞬間。
「……あれ? りん。うちのクラスに来るなんて珍しいね」
ふわりと、聞き慣れた声が鼓膜を震わせた。
視線を下げると、そこにはハルちゃんが立っていた。
彼女は少し首を傾げ、大きな瞳でじっと俺の顔を覗き込んできた。いわゆる「上目遣い」というやつだ。
(……っ。思わずドキッとしてしまったが、待て。落ち着け俺。昨日のレクレーションでの、あの氷点下の殺気を忘れたのか?)
さっちゃんの隣にはハルちゃんがいる。
今ここでさっちゃんだけを呼び出せば、ハルちゃんの「無表情な追及」が始まるのは明白だ。それは避けたい。
「あ、えーっと……。ハルちゃん、ちょっといいかな。相談があるんだ」
「私に? さっき、さつきを呼ぼうとしてたみたいだけど。……ふーん。今『じゃあ、ハルちゃんでいいや』って顔したよね。失礼だなー、もう」
図星を突かれて冷や汗が出る。
不機嫌そうに唇を尖らせるハルちゃんをなんとか廊下の隅へ連れ出し、俺は小声で事情を話した。
もちろん、皆ちゃんの名前は伏せつつ、「ある男友達が、テニス部の女子に告白しようとしている」という体で。
女の子としては、シチュエーションを凝った方がいいのか。それとも、善は急げで今すぐ言うべきなのか。
「うーん。そうねぇ……」
ハルちゃんは指先を顎に当て、真剣に考え込み始めた。
窓から差し込む陽光が彼女の横顔を照らし、その一瞬だけは、レクレーションの時の「能面」のような怖さは消えていた。
「相手の女の子に少しでもその気があれば、早いほうがいいと思う。余計な小細工なんてしないで、真っ直ぐ伝えたほうが誠実だしね」
お、意外とまともな回答だ、と感心したのも束の間。
ハルちゃんは急にトーンを落とし、釘を刺すような鋭い視線を俺に向けた。
「でもね。そうでなければ……雰囲気とか勢いだけで押し切るのは最悪。今は自分の気持ちばかりが先走ってるんじゃないかな? もっと、相手の女の子の気持ちを考えてあげてほしいな」
「相手の気持ち、か……」
「そう。急に距離を詰められても、戸惑っちゃうことだってあるんだから。心の準備ができていないところに土足で踏み込まれるのは、女子からしたら恐怖でしかないよ」
ハルちゃんの言葉には、なんだか妙な実感がこもっている気がした。
納得して深く頷く俺に、彼女はさらに一歩、距離を詰めてくる。
少しだけ寂しそうな、それでいて俺の心の奥底を測るような、湿り気を帯びた視線。
「……そういうの、無意識にやってる人っているよね。自分では『良かれと思って』やってるのかもしれないけど、気づかないうちに誰かを振り回して、自分だけケロッとしてる、みたいな」
「……? それ、皆……じゃなくて、その友達の話か?」
「……別に。りんには関係ない話」
ハルちゃんはぷいっと顔を背けると、一瞬で「温度」を失った、完璧な営業スマイルをこちらに向けた。
「とにかく! まだ告白の傷が癒えていない私の前で、ジンギスカン食べながら楽しそうにイチャイチャして。仕舞いには『どうやったら告白上手くいくか』の相談だって? ……私が聞きたいわ!! って話だよ、ニコッ」
……ひぃ。
ニコッ、が全然笑顔じゃない。
むしろ、背後に黒いオーラが見える。その笑顔の裏側にある「絶望」に近い感情が伝わってきて、俺は直立不動になるしかなかった。
「……大変申し訳ありません。以後、慎みます」
「わかればよろしい! じゃあ、私はお弁当の時間だから。バイバイ、りん」
ハルちゃんは嵐のように去っていった。
っていうか、皆ちゃんの相談なのに、なんで俺がここまで怒られなきゃいけないんだ?
俺の心臓は、恐怖でバクバクと音を立てていた。
放課後。俺は死ぬ思いで手に入れたアドバイスを皆ちゃんに報告した。
「……というわけで、自分のことばかりにならないで、相手のペースや気持ちを一番に考えてほしい、だってさ」
「相手のペース……。そうか。俺、焦りすぎてたかもしれない。ありがとう、りん! もう一度、じっくり考えてみるよ」
皆ちゃんは憑き物が落ちたようなスッキリとした顔で帰宅していった。
俺の「怒られ損」も、これで報われるというものだ。
そして翌日。
昼休みに、皆ちゃんが俺の席まで飛んできた。その顔は、昨日とは打って変わって、春の陽だまりのような輝きに満ちている。
「りん、報告があるんだ!」
「おお、どうだった?」
「……付き合うことになったよ! テニス部の彼女!」
「ええっ、早くない!? 昨日の今日だぞ!?」
詳しく聞けば、放課後の校舎裏で呼び出したところ、なんと相手の女の子も皆ちゃんのことがずっと気になっていたらしい。
「相手の気持ちを考えて……」と慎重に切り出した皆ちゃんの誠実さが、彼女のハートを射抜いたのだとか。
結果、話はトントン拍子に進み、見事カップル成立となったわけだ。
「本当、りんのアドバイスのおかげだよ。ありがとう!」
幸せいっぱいの笑顔で去っていく親友の背中を見送りながら、俺は一人、教室の片隅で呆然としていた。
……あれ?
皆ちゃんのポテンシャルなら、俺の相談がなくても成功してたんじゃないか?
結局、俺はハルちゃんに「無自覚に人を振り回すな」だの「ジンギスカンでイチャイチャするな」だのと理不尽に説教され、恐怖に震えただけのような気がする。
窓の外では、夏の日差しがギラギラと照りつけている。
親友に春が来たというのに、俺の周りだけは、ハルちゃんの放った「零下の余韻」がいつまでも消えずに残っていた。
……俺、本当に必要だったのかな?
切なすぎる夏の予感に、俺はそっと机に突っ伏した。
最後までお読みいただきありがとうございます!
皆ちゃん、おめでとう!
……と言いたいところですが、その裏で一人、理不尽な恐怖に震える楓が不憫でなりません。
ハルちゃんの「ニコッ(笑顔とは言っていない)」の破壊力、伝わりましたでしょうか。
恋が成就する者、そしてなぜか株を下げたり怒られたりする者。
非情な現実を前にした楓の明日はどっちだ。
次回、いよいよ夏休みの足音が聞こえてきます。
局長として、そして一人の男子として、楓に安息の日は訪れるのか。
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